50周年記念助成プログラム 選後評
選考委員長 羽田 正
トヨタ財団 理事長
財団創立50周年を記念する助成プログラムは、テーマとして「<50年後の人間社会>を展望する」を掲げた。50年後の人間社会はどうあるべきか、そこに向けて現代に生きる私たちは何をなすべきかという問いは、非常に難しいが誰もが真剣に考えねばならない。特に50年後にこの世界でなお活躍しているだろう現代の若者にこの問いを投げかけ、意見や提案を聞いてみることは大いに意味があるだろうと考えてのことである。
私たちのこのような問題意識に応え、9月10日~11月6日という2ヶ月弱の限られた公募期間だったにもかかわらず多くの方々が助成の申請書を提出して下さった。共同研究102件、個人研究129件、計231件の応募を選考するにあたり、外部有識者4名と委員長の羽田の計5名によって選考委員会が組織された。プログラムオフィサーと外部査読者が一次審査を担当し、二次審査に付す申請書の数をあらかじめ一定数に絞った。選考委員5名が二次審査用の申請書を読み込みすべてに評価点とコメントを付した。その後、全員で集まって慎重に審議し、最終的な採択候補として、共同研究4件、個人研究7件の合計11件(総額5,161万円)を選んだ。
選考にあたって特に留意したのは、申請者が50年後の人間社会、あるいはそこに向かう道を明確に、また納得の行く形で提示しているかどうかという点である。現代を理解するための過去と現在の事象の調査研究や今眼前にある課題の解決方法の探索が重要であることは言うまでもないが、それらが主たる目的であるように見えるプロジェクトは、今回の助成候補とはしなかった。また、当然のことではあるが、採否の判断に際しては、計画の新規性、創造性と実現可能性、メンバー構成と予算計画の適切性を考慮した。
申請書に目を通した際の率直な印象は、思っていたほど突飛、あるいは過激なものはなく、常識的で堅実な提案が多いということだった。とはいえ採択された11件の研究の対象や方法は様々でありテーマも多彩である。敢えてグループ化するなら、人間とは何かを問うたり、その身体、能力、生活の新たな可能性を探ったりするプロジェクト群(Droz、高津、松永、華井、大石、竹下)と人の生命や健康に関連するプロジェクト群(Michielsen、向川原、龍岡、濱谷、矢澤)に分けることができそうだ。どちらも50年後の「人間」を考える際に避けて通れない重要なポイントであり、この二点に良質で魅力的な提案が集中したのは当然だろう。ほとんどのプロジェクトにおいて、AIなど最先端のデジタル技術の活用が当然のように組み入れられていることは、現在の研究状況をよく反映しており興味深く感じた。
一方で、一研究者として気になったこともある。それは、「人間社会」のうちの「人間」が多くのプロジェクトのテーマになっているのに対して、個人としての人間のつながりが作り出す「社会」について、その仕組みや構造、役割などの未来像を提示しようとするプロジェクトの数が存外少なかったという点である。自治会や組合、PTA、それに会社や家族、さらには国家などこれまで当然視されていた社会の構成要素の多くが変質し、中には機能不全に陥っているものもある。近代になって現れた「社会」という概念とその実体が今曲がり角に来ていることは明らかである。だとすれば、50年後の人間社会の「社会」の方に焦点を絞った有力な研究提案がもう少しあってもよかったかと思う。
幸い、トヨタ財団の現行の助成プログラム群(国内、研究、国際)は、「つながり」をキーワードとして構成されている。これらのプログラムを活用すれば、人のつながりの総体である社会に様々な角度からアプローチすることができるだろう。今後、50年後とは言わないまでも、未来の社会をデザインしたり、行動によって新しい社会を生み出したりするようなプロジェクトが、これらの助成プログラムに積極的に提案されることを期待したい。
いずれにせよ、採択に至らなかった提案も含め、多くの申請書は、誠実に考えられ、有意義な成果が期待できそうな出来栄えだった。限られた時間の中で高いレベルの申請書を作成し提出して下さった申請者の方々に深い敬意を表したい。
応募件数 | 助成件数 | 採択率 | |
---|---|---|---|
共同研究 | 102 | 4 | 3.9% |
個人研究 | 129 | 7 | 5.4% |
合計 | 231 | 11 | 4.8% |