情報掲載日:2024年11月15日
トヨタ財団50周年記念事業特別インタビュー
県境の暮らし課題調査から地域の自治で課題解決する仕組みづくりへ
取材 ◉ 武藤良太・鷲澤なつみ(トヨタ財団プログラムオフィサー)
人口減少と少子高齢化、進学や就職での都市部への人口集中が続く中、日本の各地でスーパーマーケットや病院など暮らしを支える施設の撤退や廃業、学校の統廃合、公共交通機関の減便や廃止などが進んでいる。特に中山間地域で暮らす高齢者は自動車免許を返納するといわゆる買い物難民と呼ばれる状態となり暮らしに不自由を抱えるようになる。そこに通信技術や最新のテクノロジーを導入して解決を目指す動きもあるが、それだけで課題は解決されるのだろうか。
このテーマに取り組むのが岡山県にある「NPO法人みんなの集落研究所」だ。トヨタ財団は同研究所を中心とした中国5県の中間支援組織のプロジェクトチームによる「境界の壁を超える生活のしくみづくりプロジェクト(通称「越境プロジェクト」)に対して助成を行った。プロジェクトの動機とその後、現在の取組について、同研究所の阿部典子首席研究員と三村雅彦研究員、小野賢也研究員に話を聞いた。
助成対象プロジェクト
- プログラム
- 2012年度 国内助成「一般枠」 地域間連携助成
- 企画題目
- 中国地方の中山間地域において、買い物行動を軸に、あらゆる境界の壁を超える生活のしくみづくりプロジェクト
- 助成番号
- D12-LS-0076
- 助成期間
- 2013年4月~2014年3月
- 活動地
- 中国地方
- 企画概要
- 中国地方各地域の中山間支援組織等と連携し、地域のアセスメント調査や住民生活ヒアリング調査により生活環境を把握する。これをもとに、地域の課題について行政区画を超えた生活圏域の日常生活基盤の担い手や利用者、その予備軍を集めて円卓会議を実施。円卓会議のゴールはしくみが動きはじめることとし、具体化できるしくみからスタートする。買い物や農業、買い物と見守りなど組み合わせによる行政区画を超えた地域に根差した小規模多機能なしくみを目指す。このようなしくみモデルを助成期間内に2つ実施し、今後本事業で構築したノウハウを中国地方や全国の類似地域に移転していく。
最も困難を抱えやすい地域はどこか
もしもあなたが今、見晴らしのいい高台に家族で建てた愛着ある自宅に暮らしているとして、そこで年齢を重ね、やがて運転に不安を覚えたので自動車免許を返納したとしたら、暮らしはどう変わるだろうか。気軽に出かけていた買い物も公共交通機関に合わせなくてはならなくなり、その便数も少なくバス停も遠い。買い物したものを運ぶのも大変だ。まして郊外であれば役所も遠く、病院も遠い。もしもの時を考えると不安が募る。こうした状況になる人は今後、ますます増えていくだろう。特にそれが中山間地域であればなおさらだ。
中国地方は中央にはしる中国山脈のお陰で台風等の自然災害も少なく、豊富な水量を得る恵まれた土地だ。一方で山間部や瀬戸内海、日本海には有人離島もあり、岡山県で言えばその面積の75.7%が中山間地域だ。「中山間地域が日本全体の高齢化や人口減が進む20年先よりももっと早く、5年先、10年先には本当に深刻な状況になっていくだろうと、私自身、岡山県の中山間地域に暮らしていて肌で感じていました。その中山間地域でも最も困難を抱えやすいのはどこだと思いますか?」そう言うのは本プロジェクトの中心を担った同研究所の阿部典子首席研究員だ。「代表の石原と議論をする中で、県境地域がその答えの一つなのではないかという考えに至りました。」
県境は中国山脈の山間地にあり、そこは地形的にも急峻で高低差が大きく、また人口減に伴い商店や病院などの生活施設が減り、市町村合併が進む中で役所も遠くなっている。高齢化も著しく多くが30%を超え、50%以上の地域もある。一方で岡山県北の真庭市であれば鳥取県のスーパーや病院に行く方が津山市街地に行くよりも近いなど、生活圏・経済圏は県境を越えているが、行政区が違うために自治体の補助などが受けられない。行政によるコミュニティバスなどには乗れないなどの制約がある。「地形の壁、高齢化の壁、行政の壁という3つの壁(制約条件)を抱える地域であるという仮説を立て、この県境の課題とその解決策を探ることで、他の中山間地域にも応用可能な仕組みづくりができるのではないかと考えていたところ、トヨタ財団で複数地域でのプロジェクトを募集されていたのを見て、応募させていただくことにしました」
民の知恵は常に先を進んでいる
このプロジェクトは、本助成申請と同時期に設立されたNPO法人「みんなの集落研究所」が発案と実行の中心を担い、中国5県の中間支援組織と連携して取り組んできた。中国5県の中間支援組織は元々ネットワークを組んでおり、そのつながりで岡山県と鳥取県の境、島根県と広島県の境など県境地域の自治体やそこで活動する地域組織やNPO、企業に話を聞き、各地域の状況を把握していった。「その中で私たちの仮説であった3つの制約条件を越える取り組みをしているのが民間による支援だったのです。」取材の際にも同席くださった稲田代表を中心とする真庭市美甘(まにわし みかも)地区では、高齢者に対して県境を越えた鳥取県の病院までの移動支援を実施しており、その支援は行政の制度改正もうまく取り込みながら今も進化し続けている。
美甘地区による高齢者の移動支援の事例
岡山県真庭市美甘。岡山県北西部に位するこの地域は2024年3月現在、465戸、人口989人、高齢化率は55.42%に上る。高齢者の移動課題については、市役所でも協議会で検討が行われたがタクシー業界との関連から当時は移動支援は実現できなかった。しかし、稲田理事長はそこであきらめず、無償移動サポートの新しいスキームを作った。
たとえば、A氏は車を所有しているが、遠くにある病院まで運転するのは難しい。そこで、運転可能なB氏にA氏の車を運転してもらい、A氏は助手席や後部座席に座り、病院まで送ってもらう。A氏は謝礼やガソリン代などの実費(相場としては1時間1000円ほど)としてB氏に対価を払うが、B氏からはA氏に金銭の要求はしない。運転手側からはお金について働きかけないのだ。
そう、運転者はボランティア精神を発揮して、移動が必要な人に対して無償運送を行ってきた。「国交省から2024年3月に『道路運送法における許可又は登録を要しない運送に関するガイドライン』が出た時にはこれでいける!と思いました」と言う。なぜなら、美甘地区で行っていたことに対して、国からのお墨付きが出たような内容だったからだ。また、月2回、最大8人を乗せるマイクロバスを借りて、大型スーパーがある真庭市の勝山・久世まで買い物ツアーを実施している。1回300円で自宅までバスが迎えに来てくれるが、単なる送迎ではなく、ワイワイ話をしながら目的地に向かうので利用者にとって楽しい時間になるという。
併せて、稲田理事長の携帯番号を同乗者に伝えるそうだ。「私に電話をもらえれば、困り事を解決できますから、何でも相談してくださいと呼びかけています」こうすることで利用者の生活状況や健康状態もある程度把握できる。こうした制度や政策の狭間を埋めるような取り組みが地域では民の知恵で行われている。
また、本プロジェクトで話を聞いた民間の移動販売事業者は県境を越えて営業をしていた。「つまり、3つの壁を超えるのは、地域組織や民間の事業所だったのです。当事者に一番近いからこそ、課題に向き合って取り組んだ結果、官ではできないことができる。その可能性が地域組織にはある。
同時期から支援を行っていた高梁市宇治地区での地域住民組織による中学生以上の住民全員へのアンケートとそこから地域での行事や活動の見直しを行い、地域に必要な取り組みに代えていく一連の流れを伴走させていただく中で、それは確信へと変わりました」と阿部研究員は言う。
地域組織がもつ力を引き出すエンパワメントの支援
高梁市宇治地区は当時人口677人で世帯数は約250戸。高齢化率49%の地域だ。地域づくりが盛んな地域で、農業体験イベントや農村リゾート施設など都市部との交流に取り組んできたが行事運営で疲弊し、中心メンバーも高齢化する中で一度立ち止まって見直す必要があった。そこで住民それぞれのニーズや意思を確認するためのアンケートを、家長だけでなく中学生以上の全住民に対して行い、79.1%という高い回答を得た。その中で、「続けたい行事と自分自身が運営を担える行事とのギャップ」や「高齢者の日常生活支援に対する高いニーズ」、「担い手となる移住者の受入れニーズ」があること。そして何より「みんなで知恵を出し合い行動すれば地域はもっと元気になる」と考えている人がまだ半数以上いるがわかった。
これを受けて、従来の年長者だけでなく、20代・30代・40代・50代・60代の各年代から参加者を募ってプロジェクトチームを立ち上げ、円卓会議方式で対等な立場で話し合い、実際に生活支援の取組などを展開している。阿部研究員はその過程において話し合いのプロセスの組み立て、アンケート検討などの話し合いの場の進行役などを担い、取り組みをファシリテートしていった。この地域の声と意思を大切にする伴走支援が、その後のみんなの集落研究所における地域組織へのかかわり方の基本となった。
今、こうした地域の課題解決に取り組む地域組織を総務省は「地域運営組織(RMO)」と呼んでいる。地域におけるさまざまな課題解決の担い手として注目されており、農水省でも「農村RMO」として農地管理に取り組むRMOに対するモデル事業等に取り組んでいる。移動支援、生活支援、農地管理の他にも、空き家の管理や防災、教育、里山保全、困窮者支援など、全国には地域それぞれの課題や事情に合わせて課題解決に取り組むRMOが存在しており、みんなの集落研究所はその支援に特化した支援組織でありシンクタンクとして先んじて取り組んできた。
同プロジェクトや組織の設立から10年を越えて今、思うことはなにか。阿部研究員に聞いた。「みん研(みんなの集落研究所の通称)を作る時に1つ思っていたのは、こういうことを仕事にできる、片手間やボランティアではなく職業として確立することでした。そしてそれを次につなげたいと思ってやってきました。」
地域のためのシンクタンクという仕事
三村研究員と小野研究員はどちらも新卒の就職先としてみん研に入所した。現在30代前半。仕事として地域の支援に取り組んでいる。みん研の業務は、RMOの直接支援だけでなく、行政機関がRMOと協働していくための体制づくり支援やその制度設計の支援、買い物や生活に関するインタビューなどの調査業務、高校生や大学生がRMOの現場で学びを兼ねて活動に参加するための学校の支援、地域おこし協力隊の導入支援、またそれらに関わる研修会の企画運営など多岐に渡る。阿部研究員も当初、「新卒の人材には難しいのでは」と心配したが、彼らは辞めることなく現在まで仕事を続け、むしろ経験を経て地域に頼られる存在と成長している。今年度には新たに高卒入社の調査員も加わった。みんなの集落研究所では、中堅となった彼らが今後、リーダーとなるように組織体制を変えており、当初の願いが一つ叶おうとしている。
「多岐に渡るように見える業務も、すべては地域自治の実現、つまり地域に暮らす人が主体となって地域の課題に取り組むための連なった方策です。ここ数年は、役所内の縦割りを超えた庁内連携の支援にも力を入れています。さまざまな人や組織がそれぞれの立場や強みを活かして地域に関わる環境づくりが必要です。もちろん、若者も」と阿部研究員は言う。「地域参加の取組を続けていく中で、域外の大学に進学するが卒業後は地域に帰ると宣言する高校生も増えてきました」と三村研究員は言う。取り組みの一つ、高校生による学校を越えた実行委員会がRMOの特産品を一緒に販売するマルシェイベント「うまいもん商店街」は今年6回目を迎えた。今年度入社した調査員も元実行委員だ。また小野研究員は「学校が統廃合となり、子どもの声が聞こえなくてさみしいと聞く地域もあります。地域での学校運営や地域主体の学びの場づくりについて考える勉強会なども企画しています」と教えてくれた。これは、今後のみん研における重点テーマの一つだという。
コミュニティとコモンの未来を考える
みん研では常にRMOが次に取り組むべきテーマは何かを考えている。今後の重点テーマについて聞いた。「これから先の変化を踏まえて2点を新たに研究しています。一つが先ほどの教育のこと、もう一つが増えていく空き家や耕作放棄地、放棄山林という不動産を地域の共有財産(コモン)にすることで、暮らす人の未来を見据えた土地活用にしていくことです。入会地や共有林などという形で現在でも地域が所有している事例がありますが、今後さらに人口が減っていく中で、たとえば農地をある程度集約して新規就農する人に任すことで生業として成り立たせて地域に暮らす人を残すことや、民家を改修して独居高齢者が共同で暮らす場所をつくる、里山をバイオマス資源として管理保全するなど、バラバラの個人所有では難しいことを地域のコモンにすることで実現できるのではないかと考えています。それにより、人が少なくなっても暮らし続けられる地域を実現できないかと、代表の石原を中心に調査やモデル的な取組の模索を始めています。」
県境での課題解決は続いていく
最後に「越境プロジェクト」が今にどうつながっているかを聞いた。「プロジェクトの期間中に解決までは実現できませんでしたが、プロジェクトではじまった越境の課題解決には継続的に取り組んでいます。美甘の取組は地域による代表的なものですが、美作市上山では移動を軸にした地域課題解決のプロジェクトをトヨタモビリティ基金さんから助成をいただき実施しました。これも越境プロジェクトの流れと理解しています。上山地区は市町村境に位置しており、越境プロジェクトでの学びから地域の助け合い団体設立や移動販売など民による取り組みに電気自動車などのテクノロジーを交えて展開しました。また、移動販売については事業者の方々との関係ができ、再度、トヨタ財団さんに助成をいただいて移動販売事業者によるネットワークづくりにも取り組みました。そして、主体となった中国5県の中間支援組織によるネットワークも本プロジェクトでさらに強固となり、毎年合同の職員研修を開催するなど知恵の共有と連携が続いています」
日本はこれからさらに人口減と高齢化が進んでいく。地方都市に起きている課題は都市部でも起きてきており、日本一空き家の多い地域は世田谷区という話もある。また気候変動の影響もあり大規模災害も増えていく中で、地域のくらしをどう守るかは通底する課題だ。培ってきたノウハウはさらに全国で必要とされるものになるのではないだろうか。