情報掲載日:2024年10月3日
トヨタ財団50周年記念事業特別インタビュー
障がい者の自立支援をする「プロジェクトめむろ」。“誰でもが当たり前に働いて生きていける町”を目指す
取材 ◉ 武藤良太(トヨタ財団プログラムオフィサー)
執筆 ◉ 武田信晃(フリーライター)
北海道芽室町は人口2万人の農業が基幹産業の町で、障がい者雇用に成功した全国屈指の自治体だ。食品トレーで業界最大手のエフピコは障がい者雇用について約40年の長い歴史を持つ。グループ会社のダックス四国(現エフピコダックス)は芽室町の委託を受け、2012年に「プロジェクトめむろ」というプロジェクトがスタートした。「誰でもが当たり前に働いて生きていける町」をスローガンに、障がい者が親なき後も働き続けられる仕組み作りに尽力。2013年からはエフピコの取引先である愛媛県に本社を置く総菜会社を誘致し「就労継続支援A型事業所」である「九神ファームめむろ」の運営を始め、障がい者の雇用機会を創出している。
このプロジェクトに対しトヨタ財団は2014年と2016年に助成を行った。障がい者雇用のロールモデルになっている九神ファームだが、エフピコダックス株式会社代表取締役社長の岩井久美氏に活動の意義と成果を語ってもらった。
助成対象プロジェクト
- プログラム
- 2014年度 国内助成プログラム
- 企画題目
- 「誰でもが当たり前に働いて生きていける町」を目指して ―障がいのある彼らと私たちだからこそ出来ること
- 助成番号
- D14-L-0018
- 助成期間
- 2015年4月~2017年3月
- 活動地
- 北海道
- 企画概要
- 障がい者の多くは自立可能な収入を得ることもなく、働くことで体感できる達成感や自己実現、誰かのためになっているという誇り……。そんな人生の宝物を手にすることなく生涯を積み重ねていきます。人口2万人の芽室町が抱える課題は、企業による障がい者雇用の不足・農業の担い手不足・少子高齢化による労働人口減少・若年層の働き場所の不足等です。就労キャリア教育事業、当事者間で働く力を継承する仕組み、既存の福祉では成しえなかった新しい就労移行システムの構築。これらの達成をもって活気溢れる地域を創ります。
- プログラム
- 2016年度 社会コミュニケーションプログラム
- 企画題目
- 私たちは働いて生きていく。~その土台となる生活支援の“仕組み”の普及に向けて
- 助成番号
- D16-SC-0002
- 助成期間
- 2017年4月~2018年3月
- 企画概要
- 社会コミュニケーションプログラムでは、これまでの就労支援の実績をもとに、全国の働く障がい者の現状調査、調査レポート作成、政策提言を実施する。また平行して障がい者の生活支援のモデル事業を実施し、その成果とあわせて障がい者の自立支援の仕組みを構築し社会に普及させ、「誰でもが働いて生きていける。」と、当たり前に言える社会を創出していく。
プロジェクトめむろの設立
厚生労働省が2024年5月発表した「令和4年(2022年)生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障がい児・者等実態調査)」によると障がい者の総数は約1165万人、障がい者手帳所持者が610万人、障がい者手帳を所持していないものの、障がい福祉サービス等を受けている者は23万人などとなっている。また、同省が2023年12月に公表した「令和5年(2023年)障がい者雇用状況」の集計結果によると民間企業で働いている雇用障がい者は64万人、公的機関(国、都道府県、市町村、教育委員会)は7万3000人と、なかなか就労に就けない現実がある。
九神ファームめむろは、3ヘクタールの土地でポテトサラダやコロッケの原料として使用するポテトなどをまず栽培する。栽培したジャガイモを工場で皮むきとカット、真空パックの包装といった1次処理加工を行い、九神ファームの親会社でもある惣菜製造販売のクックチャム(本社・愛媛)が100%購入している。工場では現在20人の利用者と6人(うち3人は障がいのある支援者)の支援者の計26人で事業を行っている。
九神ファーム設立をコーディネートしたエフピコは食品トレーの会社として知られているがリサイクルと障がい者雇用にも力を入れている。障がい者の雇用法定率は2.5%だが、同社は約13%もある。岩井社長は「何より世の中から評価されているのは、戦力化に成功している点です」
2012年、当時の芽室町長だった宮西義憲氏は教育界出身だったこともあり障がい者のある子どもたちに対する取り組みに熱心だった。岩井社長は「ところが1歩、学校から出てしまった時に、働ける場所がないのです。私が芽室に来た時、手帳所得者は600人位いましたが、一般就労はゼロでした」
宮西前町長は現状を何とかしたいということでエフピコにアプローチをかけた。当初エフピコダックスは断っていたが、芽室町は粘り強くアプローチを続けていた。
ある日、岩井社長(当時課長)は正式に断わるために芽室に向かった。初の芽室町の景色は見渡す限りの農地だった。「応対した人に『基幹産業なんですか』と聞いたら『農業です』と。そこから、農業自慢が始まるわけです(笑)。スイートコーンの生産量日本一とか、世帯年収が4000万で『儲かってる農業』など素晴らしい話を聞きました。当方の取引先は、スーパーや飲食など食に関する企業ですが、十勝平野、十勝農業(のポテンシャル)なら何かできるんじゃないかなって思ったのです」と心境に変化が生まれた。
岩井社長は町長に、農業で障がい者雇用をやってみてはどうか?と提案すると「あのような、しんどい仕事は障がい者に無理」と最初から仕事ができると考えてもいないようだった。そこで、「『農業で障がい者雇用を通年でできる仕組みがあれば、その取り組みを本気でサポートするつもりはありますか?』と尋ねたら、『全力でやります』って答えてくれました」
結局、断らずに会社に戻った。会社側も驚いたが、岩井社長にはそれまでの経験から事業化できる計算があった。そのプランの1つにクックチャムがあった。クックチャムの社長が障がい者雇用の価値を理解していたからだ。「JAを巻き込みながらいろいろ調べて、プレゼンテーション用の資料を作りました。「夏はこうなります」、「冬はこうなります」、「ポテトサラダやコロッケに使えます」、「収益はこれだけです」、「損はさせません」、「夢があり、地域貢献もできる仕事を一緒にしたいです」などと、理路整然にかつ熱い思いを加えて説明。その想いが伝わりクックチャムとの提携が実現した。
芽室町との連携も密だった。「まずは、商工課と手を組みました。障がい福祉の仕事は、基本は障がい福祉課が担当しますが、就労のことは詳しくありませんし、企業が求める人材も理解していません。芽室町内に工業団地がありますが、そこを取り仕切るのは商工課でしたから」。さらに商工、農林、地域興し、障がい福祉の4つの課と連携して事業推進を図った。
そして、エフピコ、クックチャム、芽室町、住民の三位一体となって「プロジェクトめむろ」というプロジェクトが2012年に始まった。
食品加工施設、九神ファームめむろ
まずは土地の確保から始めることになるが、住民には、地域活性化に加え、障がい者も働ける場所であるということを丁寧に説明した。「実は、子どもが障がい者という農家さんがいたんです。それで協力してもらえて3ヘクタールの農地の確保ができました」
2013年になると加工施設である九神ファームが事業を開始し、通年雇用を実現させた。9人からのスタートだった。最初は道外企業がある種の遠隔で事業をすることに芽室の農業関係者は疑念を持っていた。「今までも一度も赤字は出していませんが、事業を始めてから、給料を払い続けていると、町のムードが変わってきました」
さらに、一般企業に就職するまでになった人も現れた。成果をだすことで疑念を持っていた町民は応援団に代わった。「全国で1番多く一般就労者を輩出しているA型だと思います。A型は雇用契約を結び、社会保険に適用しているので、一般就労までにつなげるモチベーションは実は低いのです。でも、次に続く障がい者たちに席を譲らなければいけませんし、税金も投入されているので、彼らには『それに対する誠実作業だよね』という事も伝えて、自立を促してきました。結果、農家に行った方、スーパーマーケットで勤めてる方もいます」
このように岩井社長は九神ファームで終身雇用という形を取るつもりはなかった。「障がい児は毎年生まれてくるわけです。いつまでも九神ファームで働くのではなく、ここから外に出て働けるようにするべきで、この場所を空けて常に新しい方を育てる場所にしないといけないという思いがいありました」
障がい者を採用し、訓練し、卒業して一般就労し、その企業での定着支援しつつ、新しい障がい者を新規採用するという循環する仕組みを構築する必要があると考えていたのだ。「九神ファームを卒業して戦力になれば芽室町の人手不足解消に役立ちます。これだけ小さな町である芽室町で成功すれば、全国どこでも成功できるってことの証明になるのです」
長く障がい者雇用に携わってきた岩井社長は、芽室町の障がい者および障がい者の親族の意識も変えてもらいたかった。「健常な子どもであれば、親が何もしなくても自分で情報を集めたりして、自分からドアを開いていけます。しかし、障がいがある子は受け身なんです。親や教師が与えたものが全てなのです。都市部なら障がい者が働ける事例はあるかもしれませんが、地方はそんな事例すらないので、ちゃんと働けることすらしらないのです」と、障がい者が、自身も社会に役立つ人間であることを知ってもらえたことは大きく、芽室の未来にも希望の光になった。
通勤サポートも行う
地方の障がい者就労で問題となるのが通勤だ。「田舎は車がないと出勤できないのが現実です。仕事はできるけど、車を運転できないから就職できない人が少なくありませんでした。そこでNPOを設立し通勤サポート事業を考え、10社前後ある各勤務地に送り届けたのです」
この通勤支援NPOの委託事業ではなく「地域活動支援センター」という枠組みを作って行っている。前者は議会の承認が必要だが、毎年承認される保証はない。しかし後者は福祉サービス事業になるため継続的にしやすい状況になるからだ。送迎費用は、往復10キロまで1カ月4000円、20キロまで8000円で30キロまで1万2000円だ。地方は交通費としてガソリン代を支給したりするが、そう捉えるとわかりやすい。
「一般就労として働きだしても、いろんなことがあるわけです。例えば、担当してる工場長が変わって風当たりが強くなった…とか。精神的なところから退職につながる可能性があります。通勤サポートのスタッフが通勤中に『困ったことない?悩んでることない?』って聞くのです。孤独にさせないことが大事です。また、毎日、勤務先に行きますから、会社の人から『もう1人雇いたいけど人材いませんか?』ってハローワークよりも早く求人情報が入ってくるんです」とも語る。
また、受入企業に対してはプロジェクトめむろのスタッフがエフピコでやっているような障がい者雇用についてのアドバイスなどもしており、障がい者、プロジェクトめむろ、受入企業の3者だれにとってもメリットがある。
プロジェクトめむろは、九神ファームの工場のほか、「めむろ新嵐山スカイパーク 国民宿舎 新嵐山荘」というところで観光事業も行い、そこで障がい者の雇用も行っていた。「接客をしたり、ベッドメーキングをしたりしました。客をアテンドするのは障がい者で健常者ではありません。また、特別支援学校の修学旅行にターゲットを絞って働きぶりを理解してもらうツアーも組みました。障がい者の子どもたちが、現場で働く障がい者の働きぶりを見て『将来、大人になったらああなるんだ』という夢や希望とかにつながるんじゃないかって 思ったのです」
これが大成功だった。障がい者自身が憧れられる存在になったからだ。「発達障がいで6年間引きこもりだった方が、『働く前と後では何が変わりましたか?』と質問されたとき、『自由な時間は減ったけど、自由に決められることが増えた』って答えたんです」
残念ながら国民宿舎は2023年になくなったが、引きこもりだった子は最終的には障がい者手帳を返還し健常者になっている。「それぐらい働く力って大きいというのを目の当たりにしました」
シーグラスめむろ
プロジェクトめむろの活動の中のもう一つの柱として「シーグラスめむろ教室」という放課後等デイサービス事業をおこなっている。これは学校に就学しているが、支援が必要と認められた発達に心配や不安のある子どもや、精神、知的障がいのある子どもを対象にした支援施設だ。
登録している子どもは約30人。小学校から高校生まで幅広い。1日平均して8人ぐらいがシーグラスにやってくるが、普通の預かり施設とは異なる。「高知にもシーグラス教室があるのですが、障がい者雇用に関わってきたスタッフや芽室の連携企業とのネットワークを使いながら、働いて生きていくためのプログラムを提供しています」
たとえば、生活面の自立に向けたサポート、仕事体験、買い物学習など子どもたちが社会参加をイメージできるようなプログラムを作っている。また、野菜の栽培・収穫・調理などといった季節に応じた体験プログラムも組んでいる。
今後の目標と夢
岩井社長は「障⇆障継承の港」構想というものを持っている。これは「自立支援特化型放課後等デイサービス」を中心とした複合施設の建設だ。「ここには障がい者が働くレストランがありA型でやります。九神ファームの発展企業ですね。その隣は、障がいのある子供たちが働くことを学び、働くのを目指すための『放課後等デイサービス』施設です」。つまりはシーグラスのような施設を障がい者が実際に働く場所の隣に設置するということだ。「日本の多くの施設が、DVDを見せて、おやつを与えてというようなお預かり型がほとんどです。しかし、私たちの構想は、レストランで働いている障がい者をみて、ここに通ってくる子どもたちに働くモチベーションを持ってもらいたいのです。そのためには2つを併設させることで、働いている大人の障がい者を日常的に見られる空間をつくりつつ、子どもたちが放課後に過ごせる場所が必要だと思います」とその意図を話す。
「もう1つが地域就労ハブです。地域の企業に働きに行っている人たちが孤独にならないようにする相談場所であり、通勤サポートバスがここから発着するようなところです」……つまり、幼少期から一般就労まできめ細かく一貫してサポートできる。ワンストップ施設の建設だ。
障がい者の子どもが生まれると、親は次の子どもを持つという余裕がなくなる可能性があるが、しっかりとした支援をする仕組みがあれば次の子どもを授かりたいと思う親もいるはずだ。この目標が実現すれば、プロジェクトめむろがかかげる「障がいがあろうがなかろうが1人ひとりが、かけがえのない必要なひとになれる場所と仕組み作りを実現させる」ことに確実に近づく。
◯ 「九神ファーム」&「シーグラス」視察記
北海道芽室町は北海道の農業の中心地帯広市の隣にある町だ。芽室町の中心街から車で10分も走れば、同行したトヨタ財団のスタッフ曰く「これぞ北海道ですね。道もまっすぐ」という巨大な畑が視界一面に広がる。2014年と2016年の助成の成果が「九神ファーム」と「シーグラスめむろ」だ。
九神ファーム。手さばきに驚がく
九神ファームの建物に入り、左に進むと大きな窓の向こうに工場がある。視察したときはじゃがいもの皮むきをしていた。衛生服をきているため見た目がわからないが、青い帽子をかぶっているのが障がい者、白の帽子をかぶっているのがスタッフだ。
障がい者の手さばきは、あまりに見事で見とれてしまうほど速い。筆者の包丁さばきとは全く比にならない……。九神ファームで収穫した量では足りないのでJAと協力して新たに得たジャガイモの皮むきもする。
建物内には、皮むきの反対側のところもう1つの工場がある。そこでは皮むきが終わったジャガイモをスライスする場所だった。ここの場所では2人が作業をしていたが、こちらも手際よく作業をしていた。
あちらこちらで工夫をしているシーグラス
学校に就学しているが、支援が必要と認められた発達に心配や不安のある子どもや、精神、知的障がいのある子どもを対象にした支援施設が「シーグラスめむろ教室」で、放課後等デイサービス事業をおこなっている。放課後に障がい者の児童が来るわけだが、子どもたちに楽しみながらも自立していくために必要な支援プログラムを組んでいるのが特徴だ。
内部は広々としていた開放的な空間で、平日は「始まりの会」→「プログラム」→「自由活動」→「掃除」→「帰りの会」というスケジュールだ。
プログラムは、シーグラスが考えに考えた内容のものが行われるが、カギの1つとなる「シーグラス」というきれいな石を施設内通貨としていることだ。プログラムの課題をこなすとシーグラスがもらえる。そして、一定分のシーグラスをためると、自分のしたいことができるというものだ。
つまり、子どもたち対して、プログラムのミッションをこなせばお金がもらえ、そのお金で商品を購入することができるという社会の仕組みを施設内で教えている点だ。
親が迎えにくるまでにDVDを見せて時間をつぶすというようなことはここではしない。