公益財団法人トヨタ財団

助成対象者からの寄稿

まちの片隅で築く探究の生態系

ラボラトリ文鳥

著者◉ 田辺裕子 (ラボラトリ文鳥)

[助成プログラム]
2020年度 国内助成プログラム[そだてる助成]
[助成題目]
探求と対話の広場 ―木賃で若者と地域が繋がり思考と実践が循環するコミュニティの創出
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[代表者]
山本直(かみいけ木賃文化ネットワーク代表)

まちの片隅で築く探究の生態系

ようこそ、かみいけ木賃文化ネットワークへ

ラボラトリ文鳥

くすのき荘は、公園の一部のようにして建っています。2階のシェア・リビングの窓から見下ろすと、子どもが元気に走り回る様子がよく見え、犬の散歩をしているひと、ウォーキングをしているご老人、ごはんを食べるサラリーマン、いろいろなひとを身近に感じることができます。

すぐ裏に山田荘という木造賃貸アパートがあり、そこで寝泊まりしているひとびとが、ごはんを作りに、あるいは洗濯をしにくすのき荘にやってきて、そのままリビングで遊んでいる小学生と一緒にゲームをしたり、食事中のメンバーに加わって一杯やったりすることもあります。1階にはカフェがあり、さらにその奥にはアトリエブースが並んでいます。ブースごとに個性が爆発していて、ひとつひとつ見て回るだけでもわくわくします。

くすのき荘、山田荘、そしてそれを取り巻く人々の活動に「北村荘/探求→究する家(たんきゅうするいえ)」が加わったのは、2020年のこと。くすのき荘が公園に隣接し車道に面しているのに対して、北村荘は隠れ家のようです。たった10畳ていどのリビングですが、書斎のような雰囲気もあり、天気の悪い夜でも、雨音を聞きながら読書や考えごとをして安らぐことができます。

地域課題:単身者や移住者が抱える「根無し草」の感覚

くすのき荘1階にオープンした喫茶売店メリー。
くすのき荘1階にオープンした喫茶売店メリー。

北村荘を運営しているのは、2020年に活動を開始した〈ラボラトリ文鳥〉という団体で、人文学に関わる数名が中心となっています。わたしたちは、大学の外、生活のなかに活動拠点を持つことで、多様な人々と探究心をシェアできるのではないかと考えていました。そしてキャリアを築き始める20~30代のあいだの不安な気持ち、「根無し草」の感覚を少しでも和らげ、無理しすぎることなく悩みに向き合うためのゆるやかな繋がりを作っていきたいと考えていました。

一方、くすのき荘と山田荘を運営する「かみいけ木賃文化ネットワーク」は、夫婦・山本山田が2016年に始めた活動です。「足りないものは町をつかう」をスローガンに、木賃アパートである山田荘と、シェア・リビングルームであるくすのき荘の両方を活用して生活するスタイルを提案してきました。かつては学生や若者が大家さんや近隣のひとと交流しながら暮らしていたこの地域も、少しずつご近所づきあいが減り、いまでは隣家の様子もよく知らないまま何年も暮らすということもめずらしくありません。

誕生したばかりの〈ラボラトリ文鳥〉は、かみいけ木賃文化ネットワークと出会い、ともに上池袋一帯にかかわる地域社会の課題に取り組み始めます。木造賃貸の多くが遊休化しているなか、そこに若年単身者の居場所を作り、地域住民同士の信頼関係を構築する機会を増やしていくというものです。北村荘を「探求→究する家」と呼んで、安心して自分らしく探究心を育むことを理念に掲げ、プロジェクトが始まりました。

成長:言葉を通して出会い直す場所

くすのき荘のアトリエブース。
くすのき荘のアトリエブース。

この2年間、わたしたちはトライアンドエラーを繰り返しながら成長してきました。まずは、自分の得意なことを生かした企画、ミャンマーの料理を作って世代や立場を超えて食卓を囲んだり、DIYで棚や食器、作業テーブルを作ったりと、数時間で終わるような手軽な内容で、参加者のあいだで相談しながら進められるものを実施しました。大規模で目立つイベントではありませんが、手を動かす企画を通して対話を生む狙いもありました。対話を目的に据えるワークショップと違い、手を動かす企画だと、無理してしゃべらなくて良いし、無理してしゃべらないからこそ、ふと頭に浮かんだことを話題にして聴き手も自然と聴くことができます。

「北村荘/探求→究する家」を特定の活動に絞らなかったことで、大学院にこもっていたら出会うことのなかったたくさんの人々と知り合うことができました。会社を辞めてアロマセラピーの活動をしているかたや、建築事務所で働きながらシェアハウスを運営しているかた、いろんな場所に行って人と人とをつなげるのが上手な理学療法士のかたや、海外から一時帰国しているアーティストなど、「友人」とはまた違う関係を結び、思考を共有してきました。

地域のかたがたとの関係も、時間をかけてだんだんと深まりました。玄関先で会うとキッチンに招いてお手製の豆花をご馳走してくれる台湾出身のご近所さんには「路地にいるカエルは地主だから大切にね」と教わりました。公園で友達になったおばあさんとは、デパートの物産展の盛況ぶりやラジオで知った健康術など、おしゃべりが尽きません。塗装屋のおとうさんは愛犬家で、店先で町じゅうの犬をかわいがっています。

助成金プロジェクトとして、「世代、国籍、立場をこえた人々の信頼関係を構築して、豊かな地域コミュニティを再生することをめざす」と掲げていますが、これは一朝一夕には成し遂げられないことで、日々のあいさつや世間話の繰り返しが、関係性を「醸す」ことを実感しています。

地域に馴染むことで、活動して1年くらいたった頃からじわじわと探究のインスピレーションが湧いてきました。だんだんと、中心的なメンバーのなかでも深いところまで思考や関心を共有できるようになり、共通の関心をわかりやすいキーワードにすることで、より広い範囲のひとにも共有できるようになってきたのです。たとえば、「ルッキズム」というキーワードで集まって、見た目で判断されること/してしまうことについて考えたり、「痛み」をテーマにさまざまな本から抜粋文を持ち寄って一緒に読んだりしました。出産の苦しみの話から激辛ラーメンの快感までさまざまな連想をしながらおしゃべりすると、広がりと深まりの両方が得られます。こうして、一見すると自分たちと関係のないように思えることにも接点を発見し、探究心を刺激し合うことができるようになったのです。

これから:探究の輪を重ねていくには

2年という時間があったことで、焦らずに挑戦し、失敗も成功もじっくり振り返ることができました。上池袋で試行錯誤した経験を活かし、シェアスペースのメンバーたちはそれぞれの職場、会社や学校、また家庭や地域において、探究の輪を活性化させています。それぞれの生き方を尊重しあいながら、安心して好奇心を持ち続けられる場として地域のなかで存在感を持てるよう、これからも活動し続けたいと思います。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.42掲載
発行日:2023年4月17日

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