公益財団法人トヨタ財団

助成対象者からの寄稿

持続可能な都市発展モデルを探して─高齢化と都市縮退に直面する日本都市の課題

「たつのこやま」からのニュータウンの眺め。
「たつのこやま」からのニュータウンの眺め。

著者◉ 久保倫子(筑波大学生命環境系)

[助成プログラム]
2019年度 研究助成プログラム
[助成題目]
国際共同研究による持続可能な都市発展モデルの構築─都市発展と縮退受容を両立する都市像の実現を目指して
[代表者]
久保倫子(筑波大学生命環境系)

持続可能な都市発展モデルを探して─高齢化と都市縮退に直面する日本都市の課題

21世紀型都市への移行にともなう都市の変化

コミュニティセンターでの講座
コミュニティセンターでの講座

現代の都市は、グローバル化にともなう都市間競争の激化、都市分断や格差拡大、都市縮退など、新たな局面を迎えている。 Scott(2019)によれば、現代都市が直面するこれらの事象は、都市内機能分化と大量生産・消費、郊外の外延的拡大に特徴づけられた20世紀型都市から、新たな都市形態(21世紀型都市)へ移行する中で顕在化した都市空間の再編成の結果である。21世紀の都市は、都市開発が集中する都心と貧困化・衰退が進む周辺との分断や、新たなガバナンスの台頭を経験しており、 持続的な都市の在り方を模索している。

こうした都市再編は日本にも顕著に現れている。東京圏では、国際競争力を高める自治体の思惑を反映して都心開発を促進する政策がとられる中で、都心居住志向が高まり都心人口が増加に転じた。一方、郊外住宅地の多くでは居住者の高齢化と空き家増加など、都市衰退を顕著に表す現象が顕在化しており、大都市圏内で発展/衰退地区間の分断を経験している。こうした都市分断は、大都市圏と地方圏の間にも顕著であり、シャッター商店街や空き家の集積地区など、空虚な空間が日本の都市を覆いつつある。

空間的再編に直面する日本都市に求められるのは、これらの根本的な課題への対応であり、それには、成長志向から縮退受容という大きな価値観の転換が求められる。これにより、人間居住の場として都市を再構築することが、本研究の創出する未来志向の新たな価値である。つまり、都心の国際競争力を維持しながらも、衰退傾向にある郊外や地方都市では社会的公正を重視し、住民の生活の質を維持できる都市の実現を目指すべきである。そこで日本の事情を踏まえ、北米の成長志向と欧州の縮退受容の取組みを現地研究者とともに調査し、これらの利点を融合して持続的な大都市圏モデルを構築することを当初の目的とした。

コロナ禍での研究計画の変更

調査時の様子。
調査時の様子。

国際共同研究の体制を構築して本研究に取り組み始めたものの、新型コロナウイルスの感染拡大にともなう国境や県境を越えた移動の自粛要請が続き、大幅な研究計画の変更を余儀なくされた。海外協力者とはオンラインで情報共有を図りつつも、「本研究が導きたい新たな価値観を維持したまま、今できることは何か」を問い続けた。国内共同研究者ともオンラインでの議論が中心となり、かつ県境をまたいだデータ収集が困難である中、フィールドワークを主体とする本研究は極めて厳しい決断を迫られた。トヨタ財団の方々にも多大なご心配をおかけすることとなったが、温かく応援してくださり、また研究計画変更にもご理解をいただけた。こうした支えがなければ、我々の研究を進めることは不可能であった。心から感謝するとともに、今後の研究の発展を改めて心に誓った。

こうした葛藤の中で導いた答えは、東京大都市圏の外部郊外における居住環境や住民の生活の質の実態を調査し、21世紀型都市への移行過程で生じた課題をより的確に捉えることであった。幸い、本学の位置する茨城県には、旧住宅公団が開発した竜ヶ崎ニュータウンがあり、市役所および地域住民の方からの温かいご理解・ご協力を得ることができた。そこで、新型コロナウイルスの影響が続く間は、東京圏外部郊外に位置する竜ヶ崎ニュータウンにおける現地調査を進め、落ち着き次第国際共同研究を進める計画として、再出発した。

結論から言えば、研究期間中に海外渡航が困難な状況は改善されず、国際共同研究は研究期間終了後の課題として残された。しかし、竜ヶ崎ニュータウンでの現地調査により、当初想定していた以上に、我々の研究が進展したと評価している。

竜ヶ崎ニュータウンでの研究成果と地域貢献

お陰様で受賞しました!
お陰様で受賞しました!

竜ヶ崎ニュータウンにおける現地調査とその成果を順に説明する。まず、龍ケ崎市役所および竜ヶ崎ニュータウン内のコミュニティセンターの協力を得て、地域住民の生活実態、居住環境評価、地域コミュニティへの参加度合などに関するインタビュー調査を実施した。大学院生の協力を得て、数地区における客観的な指標に基づく居住環境調査と住民の転出入に関するデータ分析を進めた。

これらの予備調査を経て、2021年5月に、竜ヶ崎ニュータウンに居住する全世帯を対象にしたアンケート調査を実施した。アンケートの配布数は11,719部であり、2,130枚(18・2%)の有効回答を得ることができた。その結果、1970~80年代を中心に住民の転入が進んだ北竜台地区では、東京都に通勤するホワイトカラー職の世帯主と専業主婦からなる世帯が多数を占め、世帯主・配偶者の出身地は関東圏のみならず全国に分布していたほか、独立した子世代の居住地・就業地はともに東京圏を主体としていた。調査時点では、高齢の夫婦もしくは単身で居住する世帯が多い。しかし、その後に開発が進んだ龍ケ岡地区では、龍ケ崎市および近隣市町村からの転入が目立つとともに、夫婦共働きで若くして住宅購入する世帯が目立った。さらに、市内の中心市街地や農村の出身者による住宅購入先としても機能しており、独立した子世代の居住地および勤務地も茨城県南部や常磐線沿線が中心であった。

さらに、2021年の夏からは、中心市街地や農村部に居住する世帯を対象にしたインタビュー調査を行うことで、中心市街地と農村部、ニュータウン地区における将来的な空き家増加のリスクを検証した。

開発当初は「東京圏郊外」としての特性が強かった竜ヶ崎ニュウータウンであるが、開発が進むにつれ「茨城県南地域における住宅開発地」という特性を強めていくこととなった。地域の居住環境や家・家族・福祉の関係性は、時空間の相互関係を経て変化してきた。

研究成果は、竜ヶ崎ニュータウン内のコミュニティセンターでの講座(2021年10月)、龍ケ崎市市民活動センターでのまちづくり講座(2021年11月・2022年4月)を通じて、地域の方と共有した。また、毎日フォーラム2022年2月号に、「住み続けられるまちへ:誰もが尊厳をもって生きられる社会環境の整備」を寄稿した。

学術的な成果としては、地域研究年報44号(2022年3月)への論文掲載、アメリカ地理学会でのセッション開催(2022年2月)、地理空間学会2022年度大会でのシンポジウム開催(2022年6月)を行った。また、トヨタ財団からの助成期間には、令和3年度文部科学大臣表彰若手科学者賞、筑波大学若手教員奨励賞(2021年4月)、IGU(国際地理学連合)Early Career Award 2022、 2022年度日本都市学会特別賞(外国語著作賞)をいただくことができ、研究者として充実した2年間を送ることができた。心から感謝申し上げます。

誰もが安心して暮らし続けられる都市を目指して

新型コロナウイルスの感染拡大の影響を大きく受けたものの、竜ヶ崎ニュータウンにおけるフィールドワークは大きな成果を生み、今後の研究発展への道筋が明確になったように思う。高齢化や都市縮退に直面する日本都市において、持続的で誰もが安心して住み続けられる都市環境の創造は極めて重要な課題である。国際的・学際的な共同研究を深めることで、学問と社会の両面に貢献できる成果を挙げていきたい。

Scott, A.J. (2019) City-regions reconsidered. Environment and Planning A, 51, pp.554-580.

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.41掲載(加筆web版)
発行日:2023年1月24日

ページトップへ