公益財団法人トヨタ財団

助成対象者からの寄稿

「私」のまなざし◎マレーシアでイスラム教徒との触れ合いから学んだこと

お店にはカラフルなヒジャブが売られています
お店にはカラフルなヒジャブが売られています

著者◉ 河野文子(京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻国際化推進室)

[助成プログラム]
2019年度特定課題「外国人材の受け入れと日本社会」
[助成題目]
日本の医療が東南アジアのイスラム圏出身者にもより良いものとなる為に─混合研究による双方向コミュニケーション戦略と社会実装
[代表者]
河野文子(京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻国際化推進室)

マレーシアでイスラム教徒との触れ合いから学んだこと

マラヤ大学の学位審査会を終えて
マラヤ大学の学位審査会を終えて

私は2014年に、京都大学とアジアの大学で同時に2つの修士号を取得できるダブルディグリープログラムを使ってマレーシアのマラヤ大学に約1年留学しました。アジアの多くの国に旅行や仕事で行ったことがありましたが、マレーシアには一度も行った事がなかったのですが、なぜか直感的に、そのプログラムにとても興味を持ちました。その半年後には、マレーシアに留学することになりました。

実際にマレーシアに留学してみると、目からうろこなことだらけでした。最初は、人々の外見的な違いが目につきました。熱帯の国で、毎日の気温が35度ぐらいなのに、マレー系の女性はいつも全身が隠れる長袖、長ズボンまたは長いスカートと、頭にはヒジャブというスカーフを身に着けています。暑くないのかな、がまんしていないのかなと、最初はネガティブな見方をしていましたが、カラフルな色のヒジャブを身に着けたイスラム教徒の女性を見る中で、彼女達は宗教で決められたことを守りながらファッションとして楽しんでいるんだなと理解を深めていきました。

大学のイベントでの食事の提供
大学のイベントでの食事の提供

マレーシアの大学では、何かのイベントがある度に参加者に食事が無料で提供されます。コロナ前でしたので大勢でかこんで食事をしながら、いろんなことを話して過ごすのがマレーシア人は好きなようでした。多くの場合、提供される食事はビュッフェスタイルで自分の好きなものをお皿にとって、好きなだけ食べられるシステムが人気です。人気メニューはチキンをスパイスと煮込んだ料理でした。

イスラム教徒が食べて良い食事のことをハラール料理と言います。ハラールは「神に許された」という意味です。ハラール料理とは、イスラム教において許された食事をとることを意味します。イスラム教徒が豚肉とアルコールを摂取しないということは、イスラム教に詳しくない方でも知っているのではないかと思います。豚以外の肉についてもイスラム教徒は、同じイスラム教徒によって精肉処理がされた肉以外は食べてはいけないという厳密な決まりがあります。

イスラム教徒は1日5回のお祈りを欠かしません。大学で、お昼前後の時間帯になると、ふと1人、また1人、それぞれのタイミングで部屋からそっと出ていって、15分ぐらいしたらかえってきます。祈祷室でお祈りをしていたのでした。マレーシアでは大学やショッピングモール、病院など、あらゆる公共の場には、祈祷室があります。家や宗教施設にいる時だけでなく、時間になったら外出先でもお祈りをするという習慣は、日本人の私からしてみれば、なぜそうしないといけないのか不思議に感じる出来事でした。

チキンとスパイスの煮込み料理が人気
チキンとスパイスの煮込み料理が人気

マレーシアでの留学期間はあっという間に過ぎ、私は日本に帰国後、京都大学で博士課程に進学しました。帰国後は、それまでは自分の意識の中にはなかった、日本に住んでいるイスラム教徒の方々の生活に興味を持つようになりました。

私と同じ様に、ダブルディグリープログラムを使ってマレーシアから京大に留学した学生もいたため、彼女に聞くと、イスラム教の教えを守りながら日本に住むのには、多くの困難が伴うことを知りました。そこで、外国人イスラム教徒が日本で具合が悪くなった時に、日本の病院を受診する際には、どのような悩みがあるのかについて、京大の教員になってからの初めての研究課題として実施することにし、トヨタ財団の助成プログラムに応募しました。

イスラム教徒が日本の病院を受診する際に困ることトップ3は、同性の医療者による診察が受けられないこと、入院時の食事としてハラール料理を選べないこと、病院でお祈りを行うことができないことです。イスラム教の厳密な決まりでは、女性は家族以外の異性に手のひら、足と顔以外の体の部分を見せてはならず、それは医師の診察を受ける際にも例外ではありません。日本で病院を受診する際、これを実行するのは多くの場合、難しいです。看護師の多くは女性ですが、医師や検査技師の多くは男性です。比較的若い世代で持病もなく、年に数回、かぜや腹痛などの軽症や健康診断などで病院を受診するのであれば、そこまで厳密に考えなくても良いのではないかと、日本人ならば考えがちです。しかしイスラム教徒にとっては、そうではないのです。

また、ハラール料理にしても同様です。たった数日間の入院生活の中で取る食事がハラールでなくても、その時だけ少しがまんして食べたり、豚肉だけ取り除いて、他の料理は食べればよいのに、と日本人だと考えてしまうかもしれません。しかし、イスラム教徒にとっては、それは神との契約に背くことを意味し、命の危険がない限り、入院時もハラールな食事の摂取を厳格に守り続ける必要があるのです。

お祈りにしても、病院に行かないといけない日ぐらい、例外としてその日、その1回だけ行わなかったとしても、何も変わらないのではないか、と日本人なら思いがちです。しかしイスラム教徒にとっては、日々行っていることを行うことができないこと、宗教上、守らないといけないことが守れないことに対しては、自分に課せられた責任を果たせていないような気持ちになるとのことです。

私はイスラム教徒ではありません。しかし、ご縁があって、マレーシアに約1年間住んで、イスラム教徒の方々と触れ合う機会があり、イスラム教徒の考え方を知ることで、自分の世界が広がりました。

ですから、学業や就労、その家族など、さまざまな理由で日本に来て暮らしている外国人イスラム教徒の方にとって、少しでも不便さをとりのぞいたり、快適に日本で暮らしてもらえるように、情報を発信したり研究として取り組んでいくことで、少しでも恩返しができればと考えています。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.40掲載
発行日:2022年10月20日

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