国際助成
contribution
寄稿
著者◉ 坂本龍太(京都大学東南アジア地域研究研究所)
- [助成プログラム]
- 2018年度 国際助成プログラム
- [助成題目]
- アジア農村で暮らす今日的価値の再発見─日本、ミャンマー、ブータンの当事者的相互交流
- [代表者]
- 坂本龍太(京都大学東南アジア地域研究研究所)
農村における高齢者と若者の垣根を越えた交流を目指して
国を跨る課題
過疎、離農、高齢化の課題は、我が国のみならず、他のアジア地域でも顕在化してきている。我々が主な調査地としているブータンでは、全国調査が行われた2017年の時点で総人口に占める65歳以上人口の割合は5.9%と報告されているが、東部ではペマガツェル県9.8%、タシガン県7.4%、タシヤンツェ県7.1%、モンガル県7.1%、サンドゥップ・ジョンカル県6.2%と、インドとの門戸サンドゥップ・ジョンカル県以外の全県で高齢化の基準である7%を上回っており、五年間の人口千人あたりの移住もペマガツェル県 -34、タシガン県 -51、タシヤンツェ県 -50、モンガル県 -52、サンドゥップ・ジョンカル県 -44と県内に移住してくるよりも県外へ出る人口が多くなっている。
そして、我々が連携するタシガン県カリン地区では2017~2018年のカリン地区の登録された農耕地3539.054 エーカー(水田55.858エーカー、畑3483.196エーカー)のうち92.4%(水田81.4%、畑92.5%)にあたる3268.525エーカー(水田45.459エーカー、畑3223.066エーカー)が休耕地となっており、空き家と耕作放棄地が目立つようになっている。
相互交流
我々は共通の課題を抱える人間同士が国境を跨いで直接交流し、当事者意識を育みながら解決策を協働で模索することが重要であり、大学はその核を担いうると考えている。
2019年2月には京都大学国際交流科目「ブータンの農村で考える発展のあり方」と連携しながら、土佐町ウェブマガジン『とさちょうものがたり』の編集長で写真家でもある石川拓也氏をブータンにお連れした。東部にあるブータン王立大学シェラブツェ・カレッジを訪問し、写真や映像記録などを用いた土佐町での取組みを同校の学生に講義いただいた。タシガン県の小学校や診療所を訪問後、西部に戻り、総理大臣を座長とする政策諮問機関である国民総幸福委員会などを訪問した。同年3月にはブータン保健省から2名を招聘し、高齢化、過疎化の進む京都市南丹市美山町の美山診療所などを訪問し、事務長の原龍治氏より診療所の変遷や取組みなどを説明いただき、意見交換を行った。
また、同年7月にはブータンからシェラブツェ・カレッジの大学教職員、バルツァム郡長、NGO関係者、農業関係者、ミャンマーからマウービン大学及び農業関係者を日本に招聘し、南丹市美山町知井地区、守山市速野地区や宮津市上宮津地区、世屋地区、下世屋地区、日置地区、木子地区などの過疎・高齢化集落を訪問し、かやぶきの里、有機農業、造酢などを視察、かやぶきの里、大川の夏休み自由研究室イベントやエコツアー、林道整備、下草刈り作業などを実際に体験いただき、公民館などで意見交換を行った。
同年12月にはマウービン郡保健局などから職員を招き、宮津市保健福祉部や京都市の老人ホームなどを訪問後、国際ワークショップを行った。そして、2020年2月には土佐町及び京都市の高齢者施設の井出正氏、河島久徳氏をブータンのプナカ県リンムカ地区に誕生した高齢僧のための入居施設にお連れし、現地スタッフや保健省との間で意見交換を行った。
育まれた芽と危機
相互交流を通して、さまざまな構想が持ち上がった。具体的には、2019年5月にブータンの国民総幸福指標を参考の一つとして作成された土佐町幸福度調査が行われた。これは石川氏のブータン訪問前から進んでいた話であるが、『とさちょうものがたり』を介して、ブータンでの見聞も発信され、調査の実施に活かされた。
また、ブータンのバルツァム地区から来られ、日置地区で有機農業を目の当たりにしたプンツォ氏は、ブータンでも有機農業を実践しようとHappy Farmers Groupを立ち上げ、共にかやぶきの里の美山民俗資料館を視察したバルツァム地区長ケザン・ダワ氏の協力の下で、我々と一緒にバルツァム地区に民俗資料館を創設しようとしている。そして、日本の高齢者施設の専門家による現地高齢者施設の視察により、移乗用ボード、手すり、非常時にスタッフを呼ぶための呼び鈴の設置などブータンですぐにでも役に立ちうる専門的助言があった。また、日本側からブータン側に対して介護を行う上でのやる気の維持に関して質問があり、介護をすることは業(ཀརྨ 、karma)の観点からとてもしあわせなことであるという答えがあり、井出氏や河島氏から学ぶところが大きいという声があった。
土佐町の高齢者施設にブータンからの研修員を受け入れるという計画も持ち上がった。その矢先に起こったのが、COVID-19の感染拡大とミャンマーの政変である。COVID-19により、我々のチームのミャンマーのカウンターパートのお一人が亡くなられた。京都大学でも海外渡航は原則禁止となり、2020年2月の渡航後、ブータン及びミャンマーとの間で予定していた招聘及び渡航を中断した。ミャンマーでの軍事クーデターの後、カウンターパートの一部との間で連絡が取れなくなってしまった。ミャンマーからの招聘及びミャンマーへの渡航を断念し、現在も活動再開の目途が立っていない状況である。
新しいつながりへ
そんななかでも、ここで育まれた構想を実現するべく、2022年3月1日よりブータン王国を対象国としたJICA草の根パートナー型プロジェクト「東部タシガン県における大学―社会連携による地域づくりに関する人材育成開発支援」を開始することとなった。その目的は、その名の通り、ブータン東部タシガン県において大学と社会の連携活動を行いながら地域づくりを担う人材の育成及び開発を支援することである。日本では地域と大学が連携したさまざまなカリキュラムが実行されているが、ブータンではまだあまり見られないため、三年半という限られたプロジェクト期間ではあるが、シェラブツェ・カレッジと協働で、そのモデルを創るべく地域と大学が連携した実習を行う予定である。
バルツァム地区で農業を営む高齢者へのインタビューからは、バルツァムの土地が都会に比べ市場へのアクセスが悪く、さまざまな設備が貧弱で、イノシシやシカによる獣害がひどく、水不足の問題もあるが、野菜にとっても人間の暮らしにとっても気候は良好であり、この土地で十分にしあわせに暮らしていくことは可能であるという答えや、若者に都会に行ってほしくない、都会に出た若者には戻ってほしい、という思いを抱いているが、あまり干渉するのは良くないので強く言うのはためらっているという答えがあった。
守山市の高齢者からは、ブータンやミャンマー、日本の大学の学生が来て、地元の子どもたちなどとも一緒に踊ったり、食べたり、歌ったりすることで、人間同士の新しいつながり、交流が生まれてくることへの喜びの声も聞かれた。我々にできることは限られているかもしれないが、我々のプロジェクトが、国境を越え、農村において高齢者、若者が垣根を越えて交流するきっかけとなればありがたいことである。
公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.40掲載(加筆web版)
発行日:2022年10月20日