公益財団法人トヨタ財団

助成対象者からの寄稿

明日をつくる学校図書館

図書イベントでの大型絵本の読み聞かせ
図書イベントでの大型絵本の読み聞かせ

著者◉ 荒井宏明(一般社団法人北海道ブックシェアリング 代表理事)

[助成プログラム]
2019年度 国内助成プログラム[しらべる助成]
[助成題目]
北海道の学校図書館に関する地域包括調査
[代表者]
荒井宏明(一般社団法人北海道ブックシェアリング 代表理事)

明日をつくる学校図書館

格差のない学びの機会を

小学校の学校図書館のヒアリング調査
小学校の学校図書館のヒアリング調査

一般社団法人北海道ブックシェアリング(北海道江別市)は「読書環境を整備して、だれもが豊かな読書機会を享受できる北海道にしよう」を基本理念に2008年、教育と図書の関係者が集まって発足しました。現在、理事5人、常勤職員2人、ボランティア16人で、読み終えた本の再活用による図書施設の支援や、図書や読書に関わるイベント、ワークショップ、クリニック(診断・指導)の開催などを進めています。

設立の背景には[1]公共図書館の設置率の低さ(※1)、[2]無書店自治体の急増(※2)、そして[3]全国ワーストレベルの学校図書館という厳しい現状があります。[1]は自治体の首長や議会などの判断、[2]はマーケット(収益性)に左右されるため、地域間で格差が生じるのはいたしかたない面もあります。

高校の学校図書館の訪問調査
高校の学校図書館の訪問調査

しかし、学校図書館は学校図書館法、そして教育基本法第3条および4条、さらに加えるなら憲法第26条で、格差のない教育の実現のための環境整備が定められています。にもかかわらず、北海道の学校図書館は「蔵書率」が小学校で全国ワースト1位、中学校でワースト8位、「学校司書の配置状況」は小中ともにワースト2位(※3)であり、さらに深刻なのは「図書予算措置率」(毎年、学校図書館で新刊をどれだけ購入するかという予算措置)が全国ワースト2位(※4)という状況です。国が学校図書の購入費として自治体に交付している財源は、実際には半分以下しか予算措置されていません。

そのため図書更新ができずに昭和40~50年代の百科事典や図鑑、統計、地図帳、書籍などを置いたままになっている学校図書館も多く、なかには学校図書館がない学校すらあるのです。

※1.道内公立図書館設置状況(2018年)[https://www.library.pref.hokkaido.jp/web/relation/qji1ds0000000gbv.html]
※2.書店のない自治体(2017年)[https://uub.jp/pdr/m/nobookstore_5.html]
※3.文部科学省「学校図書館の現状に関する調査」(2016年)[http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/dokusho/link/1378073.htm]
※4.学校図書館図書関係予算措置状況調べ(2008年)[http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/04/08041815/001.pdf]

深刻な状況を目の当たりに

児童向けに実施した調べ学習図書の見本展示会
児童向けに実施した調べ学習図書の見本展示会

環境整備のアクションやサポートを始めるには、学校図書館の現場の状況を細やかに把握することが大切です。といっても北海道は広大で、国内の小さな県から順に面積を合計していくと、北海道の面積は21県分に相当するほどです。調査やアドバイスをして回るには、粘り強さも機動力も必要ですし、財源も確保しなければなりません。

幸いなことに本会が起案した事業「北海道の学校図書館に関する地域包括調査」が、公益財団法人トヨタ財団の「2019年度国内助成プログラム(しらべる助成)」に採択され、2020年5月から調査チームが道内各地を訪れています。

図書イベントで実施した絵本バス
図書イベントで実施した絵本バス

1~6年生を合わせた児童数が11人の学校もあれば、数年後には統合によって廃校、という学校もあります。学校図書館に設置すべき本の冊数にはルールがあります。1000人の学校に3万冊あったら、10人の学校は300冊でいい、というわけにはいきません。ひとりの子どもが棚から選べるタイトル数は、できるだけ同じであることが望ましいのです。しかし実際には10人の学校で3万冊をそろえているケースは稀ですし、最後に読まれたのが何年前かわからないような昭和の本や、「ドイツは西と東に分かれています」などあきらかに内容が現状に合っていない本ばかりが並んでいることもしばしばです。

ある学校の校長先生の「(文科省の統計では)北海道の子どもの読書好きは全国平均かそれ以上なのに、読書環境がワーストレベルというのは、単純に大人たちの責任ですよね」という言葉が現状を的確に言い当てていると感じます。

あるべき姿をわかりやすく提示する

なぜか北海道では、読書環境(学校図書館・公共図書館・書店)の立ち遅れている地域が偏在しています。ある地域では、ほとんどの自治体の読書環境が充実しているが、ある地域ではその逆、という状況が珍しくないのです。その理由について、図書や教育の関係者の多くが「その地域内で図書に関わる担当者たちのほとんどが、めまぐるしい情報の更新についていけてないから」さらには「関心そのものを失っているから」といいます。本会が進めている「最新の知見に基づいて、学校図書館のあるべき姿をわかりやすく提示すること」の大切さをあらためて感じました。

自分で調べて、考えて、答えを出し、新たな価値を創りだす─。ひと昔前までは、限られた優秀な生徒だけが実践していた学びのサイクルを、いまはすべての子どもが使いこなさなくてはならない時代になっています。現在、文科省が音頭をとり、先端を行くEUに追いつき追い越そうとしていますが、北海道ではその拠点となる「知識と情報に触れられる場」の環境整備が著しく立ち遅れているのが現状です。

本会は引き続き、粘り強さと機動力にいっそうの磨きをかけ、この広大な大地を駆け回っていきたいと考えています。

ボランティア会の定期活動
ボランティア会の定期活動

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.36掲載
発行日:2021年4月21日

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