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共感の輪を広げる─日本、東南アジア、そしてオンラインへ

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国際助成
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寄稿
バンコクワークショップ
バンコクワークショップ

著者 ◉ 林 憲吾(東京大学生産技術研究所)

[助成プログラム]
2018年度 国際助成プログラム
[助成題目]
アセアンにおける都市遺産の包括的理解と「事前保全」の実践
[代表者]
林 憲吾(東京大学生産技術研究所)

共感の輪を広げる─日本、東南アジア、そしてオンラインへ

春の兆しも束の間、急に冷え込んだ2021年2月28日の夜。プロジェクトの節目となる二日間のオンラインでの国際会議を終え、私はいまこの原稿に向かっています。modern ASEAN architectureプロジェクト、略してmASEANa(マセアナ)プロジェクトと呼んでいる私たちの活動は、東南アジアの9か国(ベトナム・ミャンマー・インドネシア・カンボジア・タイ・マレーシア・シンガポール・フィリピン・ラオス)の人々と一緒に、各国諸都市に遺る近代建築の価値を見直し、その保全を促進しようというものです。2015年に活動を開始し、2016年から2期にわたって、トヨタ財団国際助成プログラムから支援をいただいています。

毎年、東南アジアの2か国でワークショップをおこない、日本と東南アジアそれぞれで全10回におよぶ国際会議を開催してきました。ワークショップでは、現地と日本の学生、専門家らが一緒になって街を歩き、近代建築のリストを作成します。日本と東南アジアの学生や研究者、実践者が、近代建築の価値を議論し、それぞれが抱える課題をお互いに共有してきました。

雨降って地固まる

第10回マセアナ国際会議は成功裏に終了
第10回マセアナ国際会議は成功裏に終了

もちろん、このプロジェクトにもコロナ禍が影響しました。2020年7月にフィリピン・マニラでワークショップを開催する予定が、渡航もできなければ、街をぞろぞろと歩くことすらできなくなりました。建物は大きく、おいそれと動かせないものです。そのため、建物を知るにはフィールドワークが最適ですが、それが封じられ、活動が完全にストップしました。

そんな状況下で「できることをやる」という熱意が、開催予定国のフィリピンメンバーから次第に湧いてきたことには驚きました。長いコロナ禍にやや意気消沈していた私とは正反対に、フィリピンメンバーの姿勢は猛々しく、心強さを覚えました。他国で見学したワークショップを、いかにオンラインに置き換えるか。さまざまな工夫を凝らした結果、プロの写真家が事前に準備した建築写真などを利用して、学生同士がオンラインで1か月かけてマニラの近代建築を学ぶ教育プログラムを創り上げたのです。しかもオンラインが功を奏して、フィリピン全土から学生が参加することになりました。

冒頭の国際会議も、そんなフィリピンの熱意の賜物です。9か国もの国々と協働するプロジェクトですから、全ての国からメンバーを幾度も会議に招聘することはできません。しかし、今回は、寒空の日本にも、熱帯のフィリピンにも集まれないことで、むしろ東南アジア各地からメンバーが一堂に会しました。視聴者も200人を超え、充実した会議になりました。顔を突き合わせて築いたこれまでの関係が、オンラインで一気に花開いた瞬間でした。コロナという雨は、私たちの地盤を結果的に固めてくれたようです。

なぜ近代建築の保全なのか?

イスティクラル・モスク
インドネシア第1世代の建築家フリードリヒ・シラバンによるイスティクラル・モスク(撮影:Beer Singnoi)

ここで少し私たちの活動の背景を述べます。近代建築とは、産業革命が興った19世紀以降の建物を一般的には指します。鉄やコンクリート、ガラスなど工業製品を多用した、近代以前とは一線を画す建物で、その特徴は現在の建物とも地続きです。つまりそれは、私たちにとって最も身近な過去の建物になるわけです。
しかし、あまりにも身近な過去であるため、歴史的な価値を認識することなく私たちは生活しがちです。ただ、建設から40、50年も経てば、老朽化を理由に建て替えの可能性は高まります。したがって、時間が蓄積した歴史的・文化的価値を議論する前に、気づけば建物が取り壊されていることもしばしばです。

今回のプロジェクトでは、主に20世紀初頭から1980年代の建物に焦点を絞っていますが、この時代は東南アジアの国家建設が進んだ時期でもあります。各国、各都市のアイデンティティの形成に深く関わる建物が数多く出現しました。しかし、経済成長著しい東南アジアでは、それら建物が徐々に失われようとしているのです。

この傾向に対抗するには、日常の風景に埋もれている近代建築を可視化しなければなりません。そして、保全の課題を共有し、解決策に知恵を絞る必要があります。そう考えて、私たちは、各国主要都市で建物リストを作成し、国際会議を始めました。建物の存続が危ぶまれる前から建物の歴史的価値を分かち合い、各地域のアイデンティティを支えてきた建物を、次の時代の資源として活用する基盤をつくる。それを目標に5年間活動を続けてきました。

時空間の繋がり

近代建築を未来の資源に。いま、5年間と述べましたが、このような私たちの活動には、実は、半世紀以上にわたる前史があります。さらに、その歴史はトヨタ財団との二人三脚であった、といっても過言ではありません。

現在、東南アジアで実施している近代建築のリスト化は、1960年頃に日本で始まりました。私の先生である藤森照信さんの、さらに先生にあたる村松貞次郎さんを中心に、日本全国の明治時代の建物のリスト化が始まりました。その後、藤森さんを中心に、大正、昭和とその範囲を拡大し、1980年には日本全国約13000件をまとめた『日本近代建築総覧』が刊行されました。この活動を支援くださったのがトヨタ財団でもあったのです。

さらに、その後、藤森研究室の助手であった村松伸さんを中心に、中国・韓国・台湾・香港・マカオにおいて近代建築のリスト化がおこなわれました。この活動もまた、トヨタ財団の学術助成を得て、その成果は1996年に『全調査 東アジア近代の都市と建築』として刊行されています。

そして、いま、国際会議を終えた私たちは、東南アジアの活動をまとめた書籍出版の準備を進めています。日本の高度成長、東アジアの都市開発、アセアンの勃興。順を追った経済成長で、1960年代の日本から、2010年代の東南アジアへと、近代建築の取り壊しの危機が広がっていくのに対抗して、その歴史的価値に対する共感の輪を時間的にも、空間的にも広げてきたのが、私たちの活動なのです。

市民と愛でる近代建築

「オリガミアーキテクチャー」:一枚の紙から世界の近現代建築を折る」
オリガミアーキテクチャー:一枚の紙から世界の近現代建築を折る」展。2021年4月9日~6月3日、東京、ギャラリー・エー・クワッドで開催

ところで、コロナ禍を契機に、この共感の輪を広げる新たな試みを昨年5月より開始しました。それは、折り紙建築家とのコラボレーションです。世界の近代建築を折り紙建築で表現し、それを毎週一作品、フェイスブック上で展示するオンラインギャラリーです。

折り紙建築とは、一枚の紙に切り込みや折れ線を加え、二つ折りや三つ折りにして、開くとそこに立体的な造形が現れるものをいいます。ミニチュアとしての可愛らしさと、目を見張る技巧に、たとえその建物を知らなくても心奪われるはずです。

この活動を始めた理由もそこにあります。これまで私たちがたびたび突き当たった壁は、専門家以外の人々に建物への関心を持ってもらう難しさです。たとえ偶発的であれ、建物に目を向けるきっかけがなければ、その価値が伝わることはありません。折り紙建築には、そんなきっかけを生み出す働きがある。そう直感したのです。

折り紙建築を眺めていたら、気づけば近代建築を愛でていた。市民にとってそんな機会になればいい。それがオンラインギャラリーを始めた理由ですが、このたび、現実のギャラリーでも展覧会を開催することになりました。

「オリガミアーキテクチャー:一枚の紙から世界の近現代建築を折る」。4月9日から6月3日まで東京のギャラリー・エー・クワッドで開催しています。是非、折り紙建築と近代建築を愛でに、バーチャル、現実どちらにも、足を運んでみて

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.36掲載(加筆web版)
発行日:2021年4月21日

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