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選考委員長 末廣 昭

2018年度「アジアの共通課題と相互交流:学びあいから共感へ」選後評

トヨタ財団は、1974年の設立以来、東南アジア諸国を中心に国際助成を展開し、2009年度からは「アジア隣人プログラム」を通じて、アジアが直面する具体的な課題の解決を目指すプロジェクトを、継続的に助成してきた。

そうした中、アジア諸国・地域は、経済発展と国民の生活向上を着実に実現すると同時に、他方では、少子高齢化の進展、経済的不平等の拡大、自然災害の頻発など、日本と共通する問題にも直面するようになった。そのため、2013年度からはプログラムの名称を、「アジア隣人プログラム」から「国際助成プログラム」に変更し、続いて2015年度からは、未来を見すえた政策提言型のプロジェクトを積極的に支援する方針をとった。

ところが、対象テーマを高齢化社会、多文化社会の2領域に絞り、かつ地域実践者の現場訪問と相互交流を必須の条件としたことから、2015年度は応募件数が68件にとどまり、プロジェクトの企画もやや斬新さに欠ける傾向が見られた。そこで、関係者と議論を重ねた上で、2016年度に方針を見直すことにした。具体的には、テーマ(アジアの共通課題と相互交流:学びあいから共感へ)と、対象地域(東アジアと東南アジアの計18カ国・地域)は、2015年度の基本方針を継承しつつも、対象領域を、(A)多世代・多文化を包摂する地域コミュニティ、(B)新しい文化の創造:これからのアジアの共通基盤の構築、(C)オープン領域、の3つの領域に拡充することとした。

対象領域を拡充した背景には、第一に、アジアでは映像、音楽、演劇、食文化などの分野で、伝統の見直しと新しい文化の創出の試みが始まっていること、第二に、ソーシャルメディア(SNS)の著しい発展もあって、「アジアに共通する文化の創造」とも呼ぶべき新しい動きが生じていること、以上の2つがある。こうした動きは、アジアが直面する課題に、人々が共感をもって取り組んでいくための共通の基盤を提供するものであると、私たちは考えた。

3つの領域のうち領域Aは、2013年度以降に財団が重点を置いてきた2つのテーマ、すなわち高齢化社会と多文化社会に焦点をあてつつ、アジア域内の地域コミュニティが抱える喫緊の課題群に取り組むプロジェクトを対象とする。次に領域Bは、映像、音楽、演劇、食文化など、アジアの豊かな未来像を提示する意欲的なプロジェクトを対象とする。最後に領域Cは、2つの領域に含まれないか、両者にまたがるような課題で、応募者自身が領域を自由に設定し提案するプロジェクトを対象とする。

基本的な方針については、2018年度も過去2年間の方針を踏襲している。ただし、財団の目指すところをより具体的に、またより簡潔に示すために、「国際性(Transnational)」、「越境性(Cross Sector)」、「双方向性(Mutual Learning)」、「先見性(Foresight)」の4つを、応募要件のキーワードとして明示した。また、2018年度の予算総額は、未来社会の構想を念頭に置いた新事業への取り組みを開始するために、従来の1億円から7000万円に減額を行った。

応募状況

2018年度の応募件数は242件と、2017年度の328件を大きく下回った。これは、2017年度に急増したマレーシアとインドネシアからの応募(2017年度の選後評を参照)が減少したためであり、採択の可否を度外視した、研究助成へのやみくもとも言える申請が減った分、応募内容の質は向上した。

まず応募を領域別でみると、領域A(多世代・多文化を包摂する地域コミュニティ)が56件(23%)、領域B(新しい文化の創造)が74件(31%)、領域C(オープン領域)が112件(46%)であった。ちなみに、応募件数は2017年度より減少したものの、領域別の分布はそれほど大きく変わっていない。なお、オープン領域の応募テーマは、防災、環境保全、グリーン教育、水の管理、包摂的な社会構築など、領域Aとも重なる社会関連の分野が多かった。

次に応募者(代表者)の国籍別分布をみると、242件のうち最も多かったのは日本の88 件(36%)で、以下、マレーシア24件(10%)、インドネシア18件(8%)、フィリピン17件(7%)、ベトナム12件、韓国11件、タイ10件、米国9件、台湾とシンガポール各5件、中国4件、モンゴルとミャンマー各2件、ラオスとカンボジア各1件と続いた。第一位の日本から第四位のフィリピンまでは、国も順位も2017年度と同じであった。地域別では、東南アジアが90件(37%)で、2017年の52%から大きく低下した。これは先に述べたように、マレーシアとインドネシアからの応募が減少したためである。日本を除く東アジアは22件と、2017年度よりその比重が増加した。

選考結果

選考委員会は、委員長を含め4名のメンバーで構成した。選考にあたっては、過去2年間と同じく、①設定したテーマの適合性、②相互交流が持つ実践面での貢献の大きさ、③プロジェクトの実施体制とメンバー構成の堅実性、④成果物や政策提言のインパクトの4つを重視した。それと同時に、領域Bについては、メンバー構成や成果物(作品)の発表形式などについて、画一的な規準を設定せず、案件の内容に応じて柔軟に判断していくこととした。

以上の方針を確認したあと、各委員による企画書査読を経たうえで選考委員会を開催した。その結果、採択したプロジェクトは11件で、採択率は4.5%(2017年度は4.9%)と、予算の縮小と採択件数の絞込みの影響もあって、応募者にとっては、昨年度以上に厳しい査定となった。
プロジェクトの対象領域は、領域Aが3件、領域Bが3件、領域Cが5件である。意図したわけではないが、応募件数の分布をほぼ反映する結果となっている。次に、プロジェクトがカバーする国・地域(1つのプロジェクトに関わる複数国・地域をカウント)は、8件の日本を筆頭に、以下、4件がタイ、ベトナム、ミャンマー、3件がマレーシアと台湾、2件がシンガポール、インドネシア、フィリピン、1件がラオス、カンボジア、ブルネイであった。東南アジアが37件のうち24件(65%)と全体の3分の2を占め、しかも、東ティモール以外のすべての国をカバーする結果となった。

2018年度の採択案件について、いくつかの特徴を以下に述べておきたい。第一に、東南アジア諸国の比率が高まったのと対照的に、中国、香港、韓国が対象国・地域から外れた。第二に、日本がまったく関与しないプロジェクトが3件を数え、日本以外の国・地域同士の交流が増加してきた。そして第三に、11件の代表者を性別にみると、男性6件、女性5件と、その数がほぼ拮抗した。第二と第三の特徴は、プロジェクトの裾野が広がっていることを示唆している。

なお選考に先立って、財団のPOたちがいつもと同じように、応募プロジェクトの発掘、応募候補者との事前の相談、候補プロジェクトについての追加資料の収集と意見聴取を精力的に実施し、これらの活動が選考を円滑に進めるうえで大きな助けとなった。240件を超える応募書類を整理する作業は大変であったと思う。ここに深く感謝の意を表したい。

採択案件の紹介

以下に本年度の採択案件11件のうち、3つの対象領域からプロジェクトを1件ずつ選び、その特徴と助成の意義を簡単に紹介しておきたい。

1. 領域A 多世代・多文化を包摂する地域コミュニティ

佐々木 淳  医療法人社団悠翔会 理事長
認知症に注目して「地域共生社会」を再定義する
対象国:日本、台湾、シンガポール
期間:2年間
助成金額:730万円

高齢化が進むアジア諸国・地域の中でも、高齢者の比率の高さと介護制度が導入されている点で共通するのは、日本、台湾、シンガポールの3地域である。本プロジェクトは、日本の高齢者対策が医療と介護にもっぱら向かい、そうした枠を超えたサービスについては消極的であること、そしてその背景には、認知症の人々に対する偏見と無関心が存在するという現状認識から出発している。その上で、まずは3地域の中から認知症対策における「先進事例」を発掘し、これをベストプラクティスとして、認知症の人たちの社会参加を促すモデルを構築し、経験と知見の相互交流を図ることを目的とする。

本プロジェクトは、問題意識と課題の設定がきわめて明確で、かつ参加するメンバーも、医療団体、病院関係者、研究者の三者から構成される。日本の経験だけでなく、台湾やシンガポールからどのような点を学び取ろうとしているのかが、プロジェクトの重要なポイントとなろう。なお、テーマは喫緊の課題であるだけに、上記の三者に加えて、メディア関係者、厚生省など中央政府の職員、地方自治体の職員などの参加と彼らの協力を求めることも考えられるだろう。

2. 領域B 新しい文化の創造:これからのアジアの共通基盤の構築

エリック・オルメド
マレーシア国民大学 民族研究センター(KITA) プリンシパル・リサーチ・フェロー
ウラム・スクール―アジア近隣諸国における持続可能で健康な生活様式を維持するための連帯と食用植物の保全の強化を目的とする国境を超えた食の教育ネットワーク
対象国:マレーシア、ベトナム、カンボジア、日本
期間:2年間
助成金額:720万円

「ウラム」はマレー語でサラダを指し、農村部では家庭でつくる野菜や野草を組み合わせた副食となる。ウラムにはマレーシアの人々の「健康」に関する伝統的な知識と知恵が盛られているが、都市化が進む中で、そうした知識と知恵の共有が薄れつつある。そこで、健康食に関する地域住民の知識と知恵を、マレーシア、ベトナム、カンボジアの3か国の間で比較し、伝承すべきノウハウを教育しようというのが、本プロジェクトの目的である。

応募案件の中で、「アジアの食文化」や「アジアの食育」を掲げたプロジェクトは少なからず存在した。そうした中でこのプロジェクトを採択したのは、メンバー構成の堅実さ、マレーシア国民大学(UKM)ランカウィー島キャンパスに教育拠点「ウラム・スクール」を設置するという企画の斬新さ、学術成果=教育効果=公共性の確保の三位一体的発信力の強さの3点にもとづく。また、プロジェクトの成果を東南アジア地域内にとどめず、パリで開催する国際会議で報告するという姿勢も評価の対象となった。なお、タイやラオスでは伝統的なハーブ・漢方薬(サムンプラーイ)に対する関心が、日本では山菜・野草への関心が、近年それぞれ高まっており、それらとの比較も念頭に置いて欲しい。

3. 領域C オープン領域

三輪 開人  特例認定特定非営利活動法人e-Education 代表理事
メディア変革時代を生きるアジア3カ国の若者のネットワーク構築事業―社会課題の発見と解決の担い手育成に向けて
対象国:ミャンマー、日本、バングラデシュ
期間:1年間
助成金額:450万円

インターネットやSNSを使ったコミュニケーションは、国や地域を問わず世界中に定着した現象である。ではインターネットを使った教育をどのように設計し、それをどのように運用していくのか。この点を日本でNPO法人「e-Education」を立ち上げた代表者を中心に、ミャンマーの「Foster Education Foundation」とバングラデシュの「BacBon Foundation」が協力して実施しようというのが、本プロジェクトの概要である。

本プロジェクトの最大の特徴は、ミャンマーに居住するイスラーム系住民の難民化、すなわちロヒンギャ問題に関する情報と意見を、ミャンマーとバングラデシュの両国がSNSを通じてどのように発信し、それが結果的に両国の国民の相互不信と憎悪をいかに煽ったかを検証する点にある。そして、そうした検証作業を通じて、SNSを通じた「情報リテラシー」を、アジア諸国において高める方法を模索するという点が、主たる目的となっている。その場合、日本はあくまで媒介者の役割に徹し、当事者同士の交流の中から相互理解をはぐくむネットワークを構築しようとする点が重要かつユニークである。財団が応募要件として示した4つのキーワードのうち、「越境性」「双方向性」「先見性」を体現するプロジェクトであり、実践的意義も高い。なお、本プロジェクトについては、ロヒンギャ問題という国際的にセンシティブな問題を含むため、専門家の助言を仰ぐことを求めたい。

おわりに

2018年度も、前年度と同じように、学術研究を目的とする文部科学省や日本学術振興会(JSPS)の科学研究費事業とは一線を画し、未来志向的で実践的なプロジェクトを目指す、トヨタ財団国際助成プログラムの趣旨を念頭に置いて選考を進めた。なお、今回は昨年度の反省にもとづき、英語による応募案件の候補を増やした結果、日本人ではなく外国人を代表者とするプロジェクトが、11件のうち5件を占めるに至った。ただし、成果(物)の発信については、あいかわらず「インターネットを活用したプラットホームの構築」といったやや抽象的な提案が多く、一方踏み込んだ、そしてインパクトのある発信方法については、印象に残るものが少なかった。今後の課題であろう。

最後に、2018年度には、過去4年間の国際助成プログラムの業績と社会的影響を評価する特別委員会を設置し、そのメンバーが現在、財団のスタッフと共に精力的にヒアリングを進めている。その最終報告と助言を受けて、2019年度以降は、国際助成プログラムの方針と領域について再検討を行うことになった。アジアは世界でも最も変化の激しい地域である。日本とアジアの実勢に対応した、より適切かつ魅力的な方針と枠組みが出来上がることを期待したい。

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