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選考委員長 中村 安秀

1.震災からの復興をめざす意欲的な活動への助成

 東日本大震災から1年以上が経過し、現在もさまざまな支援活動が各地でおこなわれている。多くの地域にまたがる大規模な災害からの復興には、行政による支援のみならず、長期的な視点にもとづいた多方面からの重層的な取り組みが不可欠である。

 2012年度トヨタ財団では、国内助成プログラム(旧・地域社会プログラム)および研究助成プログラムの両プログラムにおいて、東日本大震災対応「特定課題」枠を設け、震災からの復興をめざす意欲的な活動を助成することとした。

 国内助成プログラムでは、「活動助成」として、東日本大震災の被災地域(青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉などの各県)または避難地域に居住地のある人びとが主体となり、生活再建および地域コミュニティ再生に向けた活動を助成する。外部からの支援団体が中心となる活動は対象とせず、当該地域の住民主体で多様なメンバーを巻き込んだものであれば、法人格の有無や実績は問わないことにした。本年度は、被災地を取り巻く流動的な状況に鑑み、年2回(4月と8月)公募を行うこととした。なお、実施期間は1年以内に限定した。

 研究助成プログラムでは、「政策提言助成」として、東日本大震災の被災地域または避難地域の復興に寄与する、具体的かつ明確な成果(論文・政策提言等)の発信をめざす研究を助成する。被災地の復興に寄与する課題解決型の研究であることを要件とし、法人格の有無および所属、居住地は問わないことにした。年1回(4月のみ)の公募であり、助成期間は1年間もしくは2年間とした。

 国内助成プログラム「活動助成」と研究助成プログラム「政策提言助成」というようにカテゴリーは異なっているが、震災からの復興をめざすという大きな目標は共通している。これらの活動を通じて得られた成果や連携・交流、地域への想いや誇りが、くらしの基盤づくりにつながり、新たな地域社会の創造の礎となることを期待して、公募を開始した。

2. 震災からの復帰をめざした新たな地域社会づくり

国内助成プログラム「活動助成」および研究助成プログラム「政策提言助成」ともに、募集期間は2012年4月2日から5月1日までとし、Web応募および郵送により企画書の受付けを行った。

応募件数は国内助成プログラム「活動助成」186件、研究助成プログラム「政策提言助成」91件にのぼった。2011年度の地域社会プログラム東日本大震災対応「特定課題」236件であったことを勘案しても、トヨタ財団が行う東日本大震災対応「特定課題」の助成に対する関心は高いと考えられた。
 魅力的で実践的なプロジェクトが多く、選考については5名の識者からなる選考委員会において長時間にわたり慎重に討議を重ねた。とくに、研究助成プログラム「政策提言助成」については初めての試みでもあり、既存の研究助成ではカバーできない企画案をできる限り推奨しようという声が多かった。

 ここでは、選考委員から高い評価を得たプロジェクトのいくつかを紹介したい。【

国内助成プログラム「活動助成」】
(1)地元住民による「よそもの・わかもの」を活用した、「居場所」「チャレンジ」「地域の宝の発見」の土台づくり
松島 宏佑(亘理山元ここさ、あっぺした準備委員会と一般社団法人ふらっとーほく)
 宮城県南端の沿岸部、亘理郡(亘理町・山元町)は気候温暖で、歴史や自然の豊かな地域で、住民はみんな誇りをもっていたという。「地域のすべての世代が男女共に、歴史・文化・生活を大切に、育った地域で未来のある地元を創りたい」という明確なゴール設定が良い。よそもの・わかものを活用した地域起こしの手法は、まさに「地元学」そのものである。将来展望はまだ具体的ではないが、地域社会の復興に向けた土台づくりをめざしている。地域の人の力、前向きな気持ちを引き出そうという意志とともに、地域の人たちがまずは動き出せるようにという思いを応援したい。

(2)巡回こそだてシップ
伊藤 怜子(助産師有志の会)
 震災から1年を過ぎても、被災地の子育て環境は原状回復にはほど遠い。岩手県気仙地域(大船渡市、陸前高田市、住田町)は、震災前から産科開業医や助産院がなく、出産できる県立病院が1か所だけであった。現在は「ママ&ベビーサロン『こそだてシップ』」を市内で開催しているが、仮設住宅に住む親子など移動手段がなく参加できない人も多い。地域の助産師が東京都助産師会の支援を受けながら、巡回車「こそだてシップ」号に助産師が同乗し、専門職が地域に出向くことにより母子相談、乳児体重測定などを行う。高度成長前に日本各地で行われていた妊産婦子育て巡回相談の、震災復興版ということもできる。行政との連携を密にして、相談の中で得られた母子のニーズを具体的に施策に還元することも期待したい。【研究助成プログラム「政策提言助成」】

(3)住民の生活世界にもとづいた支援の視点からの対話と協働によるふるさと再生計画構築プロセス―安心自立共生のしなやかな復元力あるコミュニティの再生
宮西 悠司(ふるさと再生計画プロジェクト)
 仙台市荒浜地区を舞台に、住民の生活世界を明らかにすることで、コミュニティ創成の政策提言をするアクション・リサーチである。行政と住民の対立を超えて対話と協働によるプランづくりの可能性を明らかにする研究であり、神戸市長田区などでの実績もある研究者をはじめ、NPO、大学、地元住民という多彩なメンバー構成も魅力的である。壊れないことをめざす防災だけでなく、住民が安心、自立、共生できる「しなやかな地域復元」(レジリエントコミュニティ)という先駆性な発想が具現化することを望みたい。

(4)福島第一原発事故の保健医療制度に対する中長期的影響に関する研究
渋谷 健司(南相馬医療復興チーム)
 福島県南相馬市では、震災後、病院閉鎖や医師・看護師などの医療人材の不足が問題となっており、保健医療供給体制が崩壊しつつある。本研究では、地域の自治体および病院の協力のもと、原発事故直後からの住民の健康への影響を調査し、地域に根差した包括的な保健医療体制に向けた提言を行う。本研究を通じ、被災者・避難者の健康問題について、具体的なデータに基づく提言が、多方面にわたり、広くなされることを期待したい。

 ここであげたプロジェクト以外にも、多くの魅力的なプロジェクトが提案された。
 選考委員会での審議により選ばれた案件について、その計画内容を慎重に再検討した結果、国内助成プログラム「特定課題」活動助成15件(助成金額合計3,280万円)、研究助成プログラム「特定課題」政策提言助成9件(助成金額合計3,000万円)を助成対象候補として決定した。

3. 復興の物語を紡ぐ協働作業

 私自身は、かつて国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)職員として、パキスタンに避難してきたアフガニスタン難民の保健医療に従事した。また、イラン・バム地震、スマトラ沖地震・津波で被害を受けたインドネシア・アチェ州、クルド難民支援などの人道支援にも携わってきた。災害における緊急支援、復旧から復興の時期にかけての中長期的な支援のなかで、地震や津波で大きな被害を受けた地元の人びとが、災害後の人道支援という形で外部からやってきたよそ者と出会う姿を見てきた。災害からの復興をめざす活動は、悲惨な災害がなければ恐らく絶対に出会うことのなかった地元の人びとと外部から駆けつけたよそ者による協働作業であった。はたおり機にまず縦糸を張り、そして横糸を左右に運びながら織物を織り成すように、地元の縦糸によそ者の横糸が織り成すことによって、復興の物語が紡がれていた。

 おなじことが、熊本県水俣で始まった「地元学」でもあてはまる。水俣病と闘い、偏見と闘った被害者や家族のつらい体験を通して、地元に存在する豊かさに気づく地元学という手法が編みだされた。子どもも老人もだれでもが参加でき、できればよその町の人もいっしょになって地元に存在する「あるものさがし」を行う。そして、その成果はすべて地元に残すのだという。

 いろんな背景をもつ人びとが協働して物語を紡ぐという作業は、2011年度まで実施してきた地域社会プログラムと多くの共通点をもつことに気づかされた。地域社会プログラムでは、地域の歴史や文化、人と自然の関係、さまざまな経験や生活の知恵、また他の地域との交わりを「継ぐ」こと。また、人びとが地域の課題や将来像・長期目標を共有する場や機会の創出、継続的な取り組みを担う組織やネットワークの構築、それらを支える制度や施策の策定など、具体的な成果を「つくる」こと。そして、これらの成果を中心として、地域の内外を含めた多くの人びとが「つながる」ことにより、課題解決が図られることを期待していた。まさに、国内助成プログラム「活動助成」や研究助成プログラム「政策提言助成」がめざすものと共通の基盤をもっている。

 地域での地道な活動が地域内のしがらみを越えて外部世界とつながり、国内外での先駆的な活動の成果や情報がよそものにより地域の中に流れ込み、震災前よりも豊かな地域の活性化につながるような復興を期待したい。

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