公益財団法人トヨタ財団

活動地へおじゃまします!

03 愛と恵みのケニア紀行

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取材・執筆:西田志紀(トヨタ財団プログラムオフィサー)

活動地へおじゃまします!

旅のはじめに

2009年10月の終わり、日本を飛び立って12時間、アムステルダムを経由してさらに8時間かけて辿り着いたのは、東アフリカの玄関口、ケニア共和国。正確には、アムステルダムからの経由便が「テクニカルプロブレム」なる理由で翌日までキャンセルとなったため、往路1日半という長旅から始まったケニア出張となりました。翌日の振替便には私と同じく、アムステルダムで一晩足止めされた人がたくさん乗っていて、乗客には不思議な連帯感が生まれ、ケニアという目的地がそうさせるのか、会話の弾む機内となりました。
私の左横に座った大柄のケニア人男性はアッラーにお祈りを、右横のご年配のイタリア人神父さんは胸の前で十字を切り、敬虔なお二人に囲まれたからか、今度はプロブレムなしでケニアに到着することができました。

ケニア共和国は、赤道直下に位置する人口約3980万人の国です。マサイ族の言葉で「冷たい水」を意味するナイロビを首都としています。1963年にイギリスから独立した後、資本主義体制を貫いたケニアは、東アフリカの中で最も経済的に発展した国となっています。しかし、都市部と農村部の経済格差や経済的貧困からなる社会の課題は山積みしており、2007年12月に行われた大統領選挙に端を発する部族対立が現在まで続き、治安の悪化を招いています。『地球の歩き方・東アフリカ 08・09年版』は、「現地の人が楽しそうに過ごしていたとしても公園に足を踏み入れない方がよい」「昼間でも一人でナイロビ市内を歩かないように」などの注意書きに溢れ、歩き方といいながら歩くことを勧めていないのが現状です。

さて、今回のケニア出張の目的は、2008年度の研究助成プログラムの助成プロジェクト2件の調査現場にうかがうことです。1件は2年プロジェクトで、プロジェクトが始まってから折り返し地点にあり、もう1件は1年プロジェクトのため研究は完了したものの、2009年度の同プログラムにおいて新たに1年の継続助成が決定したプロジェクトです。どちらも課題の解決のために必要な「住民の意識変容・行動変容」に着目した実践型・住民参加型のプロジェクトです。日本から遠いアフリカの地において、どのような研究が行われているのか、本稿では2件のプロジェクトをご紹介し、皆さんに、今のケニアの様子の一端を感じていただければと思います。

[訪問先]
ケニア共和国フニュラ
崎坂香屋子
(2008年度研究助成プログラム助成対象者代表)
[助成題目]
ケニア国HIV/AIDS罹患率の高い地域における子ども、妊産婦、母親、Guardians(保護者)を対象とした貧血対策を主とする栄養改善のための効果的介入活動についての研究

健康と行動変容:崎坂氏プロジェクト

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ナイロビから国内線で北西部へ1時間弱ほど飛ぶと、キスムという町があります。ニャンザ州の州都であるこの町は、アフリカ最大の湖ビクトリア湖のほとりにある人口約32万人の貿易都市です。今回おじゃました崎坂さんの研究プロジェクトは、キスムからさらに車で3時間ほど北へ行ったところにある隣国ウガンダとの国境にほど近い、ウェスト州の村落を調査対象地の一つとしています。調査地に向かう車窓から外を眺めると、ちょうど季節が小雨季ということもあり、緑の繁る「赤道直下アフリカ」の景色が広がっていました。どこまでも続く青空の下には、牛を連れて歩く男性、自転車の後ろに大きな荷物を括りつけ全身の力を使ってペダルをこぐ若者、頭の上に載せた荷物を見事なバランス感覚でゆったりと運ぶ女性たちが行き交い、ケニアの農村部のくらしの様子を垣間見ることができました。ここはケニアでHIV/AIDSの罹患率が最も高く、住民の5人に1人が感染している地域です。

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崎坂さんのプロジェクトは、母親、妊産婦、18歳未満のHIV/AIDS孤児とその保護者を対象に、栄養改善のための効果的な介入活動方法とその効果の定量化を課題としています。研究を1年間続けてきたなかで、栄養改善のためには「安全な水へのアクセス」が欠かせないと考えた崎坂さんは、ケニアで住民参加型の「上総(かずさ)掘り」による井戸掘り活動を展開するNPOと連携し、井戸設置前後の利用者の行動変容調査を新たな研究項目に加えました。
今回の訪問では、井戸設置による行動変容調査の設置前アンケート調査が終了した村で、住民の方が初めて井戸から水を汲み上げる記念すべき日に立ち会わせていただくことができました。今まで水溜りや川の水を飲用としてきた人々にとって、自分たちで掘り当て建設した井戸がどれほど喜ばしいことか。井戸を囲んでの、女性たちによる喜びの歌、踊り、舌を震わせて出す独特の甲高いよく通る叫び声がその嬉しさを物語っていました。
残り1年の研究では、栄養改善のための啓発活動を行うとともに、アンケート調査の統計と分析を進める計画で、現地の共同研究者・協力者の方と共に、一連の介入活動の効果の定量化が図られます。

[訪問先]
ケニア共和国エルドレット
喜田 清
(2008,2009年度研究助成プログラム助成対象者。代表は木村 亮)
[助成題目]
『アフリカの農村が自ら豊かになるために —日本の地域社会を支えてきた精神と農工技術を正しく地域住民へ移転することにより、人々の潜在的活力を引き出す手法の開発』

道と行動変容:木村氏プロジェクト

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写真中央が喜田さん
写真中央が喜田さん

次におじゃまさせていただいたのは、ナイロビから飛行機で北へ1時間弱ほどの距離にあるエルドレットという町を拠点に展開されているプロジェクトです。京都大学産官学連携センターの木村亮教授のこのプロジェクト、現地エルドレットでは、共同研究者で現地の指揮を執っていらっしゃるNPO道普請人副理事の喜田清さんと共同研究者の方が迎えてくださいました。
この町は標高2100メートルにあり、スポーツ選手、特にマラソン選手の高地トレーニングの拠点となっています。マラソンで有名になることは、ケニアンドリームの一つなのだそうです。朝のエルドレットの町を走っていく若者は、そのうち国際大会で走っているのかもしれないと(もしくは、すでに走っているのかもしれませんが)、彼らの未来に思いを馳せました。

木村氏のプロジェクトは、2008年度研究助成プログラムの1年プロジェクトとしての研究期間を終え、昨年11月から開始した2009年度の1年プロジェクトとして新たに継続助成が決定しました。この研究は、「土のう」を用いた簡便な道路整備手法が、いかに住民の潜在意識に働きかけ地域の課題解決につながるか、課題解決に向け、はじめの一歩を踏み出すための手法を「農」と「工」の視点から模索するものです。これまでの研究で、「土のう」による道路整備の有効性と住民の潜在意識の活性化が行動変容に繋がることが報告されています。

今回、研究実施地である4ヵ村におじゃましましたが、エルドレットから幹線道路を外れて村へと向かう道は、どれも悪路。雨による侵食で、道は大きく深く割れ、車は穴を避けながら走ります。雨季には大きな水溜りとなるそうで、ある村では、小学校へ通じる道が一面大きく深い水溜りとなるので、大人が子どもを背負って通わせていたという話を聞きました。また、野菜栽培が盛んなこの地域では、近くに市場があるにもかかわらず、悪路のために買い付けのトラックが村に入ることができないため、せっかく収穫した野菜が腐ってしまうケースがあったとのこと。木村さんら研究チームの「土のう」という視点は、「農」と「工」から人の暮らしに必要な「道」の課題を捉え、また、そこに暮らす地域住民の心も捉えていました。このことは、現地で24時間全てをこの研究に費やしている喜田さんの今まで培ってきた経験や人柄、また他の共同研究者の方の姿勢によるところも大きいのではと感じました。

4ヵ村におじゃましましたが、ここが悪路だったとは思えないほど歩きやすい道に生まれ変わり、案内をしてくだった農民組織のリーダーは皆さん誇らしげに説明をしてくださいました。自分たちで道を直せるという話に、はじめは半信半疑だったこと、作業に加わったのはリーダーだから仕方ないかな……、という理由から乗り気はしなかったが、どんどん整備されていくとメンバーが増え始め、村の人たちが自分たちを見る目も変わってきたこと……。村で優先順位の高い道を直し終えると、次へ次へと自分たちで別の道の整備にとりかかっているそうで、喜田さんがにこにこしながらその様子を教えてくださいました。

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農民組織Kokwaluk Youth Groupが率いる村では、村の方の発案で私のために歓迎会を開いてくださいました。平らで歩きやすい「土のう」による整備が済んだ道沿いにある広場で、女性たちによる歌と踊り、心のこもった歓迎の詩やスピーチをいただき、素敵な時間を一緒に過ごすことができました。道ができたことで、暮らしがどんなに変わったか、考えがどんなに変わったか、村の抱える他の問題も解決したいという村の方の気持ちが伝わってきて、私もうれしくて前向きな気持ちになりました。皆さんのスワヒリ語でのスピーチでは、私の名前「ニシダ」がよく登場したため何でだろうと思っていると、「ニシダ」は「問題です」という意味なんだよと、村の方が笑いをこらえながら教えてくださいました。私も即席のスワヒリ語で「私、にしだが問題にならないといいのですが……」などと調子に乗って自己紹介をしたのですが、会話の糸口となる「ニシダ」に感謝をする一日となりました。

2009年11月から再び始まった研究プロジェクトでは、道路整備の技術を取得し自信を得た住民が、いかに他の機関と連携して農業振興、生活改善といった地域の課題にアプローチしていくか、また、アプローチに対する諸機関の反応を検証することが課題として挙げられています。「モッタイナイ」のように「ドノウ」という日本語が定着し、住民が一体となって村の課題に取り組む姿を拝見して、プロジェクトの1年後をとても楽しみにケニアを後にしました。
最後に、ケニア出張でお世話になった皆さんにお礼を申し上げます。

コボレバナシ

女性の気持ちを伝える「カンガ」

●「カンガ」と呼ばれる布をご存知ですか。ケニアやタンザニア、東アフリカの女性が身にまとうその布は、服として身体に巻きつけるだけでなく、赤ちゃんのおくるみに、風呂敷代わりに……と、くらしのさまざまな場面で使われています。カシューナッツなど色とりどりの模様が描かれたこの布には、カンガセイイングと呼ばれるスワヒリ語の諺や言葉がプリントされています。女性は自分の気持ちを、この「おしゃべりする布」で表現するのだそうです。

● ここで、私が手にしたカンガの言葉をご紹介します。カンガ売りのお兄さんが素っ気ない顔で「Love is Fruits」と言いながら、その意味を教えてくれました。

Upendo ni tunda la roho
愛は心の恵み(果実)である。

今回、この原稿を書くために「カンガ」について調べたところ、次のようなカンガセイイングも発見しました。

Rizili ni popote usichoke kutafuta
恵みはどんなところにもある。探すことに飽きてはいけない。

総じて、「愛はどんなところにもある。探し続けなさい」ということでしょうか。「ツキに見放されたらもう終わり」「お隣とうまくやっていけないあなたはどういう人なの」などもあり、人生の酸いも甘いも楽しんでしまう、そんなカンガに魅力を感じました。社会的に立場の弱い女性たちにとってのカンガは、厳しい環境の中で明るく暮らすパワーの源となっているのかもしれません。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.3掲載
発行日:2010年3月15日

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