公益財団法人トヨタ財団

活動地へおじゃまします!

21 「農業×演劇で、世代と地域を縦横につなぐ」安心院町を訪ねて

安心院町の風景
安心院町の風景

取材・執筆:笹川みちる(トヨタ財団プログラムオフィサー)

活動地へおじゃまします!

若者の農業離れは日本だけの課題ではありません。

フィリピン、東ティモール、日本の3か国で、農業従事者の生の声を、現地の高校生が聞き書きし、オリジナルの演劇に仕立てることで、農業の価値や楽しさを世代を超えて継承する、さらに3か国の高校生同士が横の交流を行い、そのプロセスを共有するユニークなプロジェクトが行われました。

プロジェクトの要となった3か国の高校生・関係者が一堂に会する発表会を見に、9月下旬に安心院町(あじむまち)を訪ねました。

[訪問地]
大分県宇佐市安心院町
[助成題目]
楽しい農業 ── 演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ

大分県立安心院高校に3か国が集う

成果発表会チラシ
成果発表会チラシ

東京から新幹線、在来線を乗り継ぎ、大分県の中津駅へ。そこから山あいを走るバスで1時間ほど、刈入れ前の美しい田んぼが続く風景を通り抜けると安心院町に到着します。飛行機で大分空港または北九州空港からバスを使うルートもありますが、いずれにしても東京からは片道およそ8時間の道のり、現地に到着するだけでも一日仕事です。

安心院町に限らず、今回のプロジェクトの対象地はいずれも「世界農業遺産」(後述)と関わりの深い地域です。フィリピンのイフガオ州は首都マニラから300kmほど離れたルソン島の北部の山岳地域に位置し、美しい棚田が広がります。東ティモールのアタウロ島は、首都ディリから週1便のフェリーで約2時間の漁業の島、エルメラ県レテフォホはコーヒー栽培が主要な産業となっている山岳地域です。2017年11月からの2年間のプロジェクト期間中には、それぞれの国内で高校生と年輩の農家という世代を超えた交流が行われたことに加え、安心院の高校生がイフガオ州アタウロとレテフォホを実際に訪ねるというプロセスが実施されてきました。

今回は、アタウロ、レテフォホの高校生と教諭、そして同国の教育省上級アドバイザーを務めたエゴ・レモス氏が安心院を訪れました。イフガオ州からは残念ながら生徒は来日できなかったものの、このプロジェクトに参加した高校生の担任教諭とNGOスタッフが集まり、安心院の生徒たちとの交流が実現したのです。

「世界農業遺産」をつなぐ試み

園芸コースの生徒たちとの授業体験
園芸コースの生徒たちとの授業体験

世界農業遺産(Globally Important Agricultural Heritage Systems:GIAHS(ジアス))とは、世界的に重要な伝統的農業(農林水産業)を営む地域を、FAO(国際連合食糧農業機関)が認定する制度です。2002年の創設以来、世界21か国で54地域、日本では11地域が指定されています。近年はアジア地域からの申請が増加しており、指定地域同士のネットワーク構築への動きが始まっています。

今回のプロジェクト対象地となっている大分県宇佐市安心院町(「クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環」)、フィリピン共和国イフガオ州(「イフガオの棚田」)は世界農業遺産の指定地域であり、東ティモールの山岳地域レテフォホとアタウロ島は申請準備を進めている地域です。

校内で栽培しているぶどうを収穫
校内で栽培しているぶどうを収穫

ユネスコの世界遺産が歴史的建造物や自然などを登録し、保護することに主眼をおいているのに対し、世界農業遺産は、地域環境とともに育まれた文化や技術、景観、生物多様性などの複合的な農林水産業の「システム」を環境の変化に適応しながら保全し、次世代に継承していくことを目的としているのが大きな特徴です。

今回のプロジェクトでも、農業を取り巻く地域ごとの動的なシステムをどのように捉え、世代を超えて継承していくかが共通した課題となっています。いずれも決してアクセスがよいとはいえない地域ですが、共通項をもつ地域が直接に行き来することで、主要都市間とは違う観点での交流が深まり、課題へのアプローチを共有することができた事例と言えるでしょう。

プロジェクトの代表を務める総合地球環境学研究所の阿部健一教授は、世界農業遺産の創設や認定にも深く関わっていることから、今回のプロジェクトを指定地域同士のネットワークに向けたパイロットと位置づけ、今後の展開にも意欲的です。

農業×演劇×高校生

プロジェクトの特色となっているのは、「聞き書き」手法によるインタビューと、専門家の指導を交えたワークショップによるオリジナルの演劇制作です。農業・漁業がさかんな地域ではあるものの、各国の高校生たちが身近に「農業」を感じる機会は少なく、初めはインタビューへの戸惑いが大きかったようです。さらに、今回の主眼は苦労話ではなく「楽しさ」を切り口に農業の魅力を再発見し、自分たちの感性で表現するということにありました。高校生たちは、各地域の農業を取り巻く現実に課題を感じながらも、この問いに真摯に向き合い、演劇という形での表現へとつなげていきました。

3か国の活動の集大成となった成果発表会は、安心院高校に隣接する市民文化会館のホールで開催されました。安心院高校の生徒や町内の中学校の生徒、大分県教育庁、宇佐市内の小中高等学校校長、学校評議員、世界農業遺産関係者に加え、プロジェクト代表者が所属する総合地球環境学研究所の安成所長も訪れ、総勢200名近くが出席しました。

東ティモールの高校生たちは、当初はインタビューを文章化し、さらにそこから言葉を抽出しながら演劇のシナリオを制作するという初めての取り組みになじめず、指導者が制作したシナリオを演じることが精一杯だったとのことですが、安心院の高校生が訪れた際に彼らの活動の様子を聞いて、やはり自分たちでシナリオを作って演じたい、という方向へとステップアップしたそうです。

オリジナル演劇「マイ・ブー」の1場面
オリジナル演劇「マイ・ブー」の1場面

成果発表会では、国と自分たちの地域を紹介、プロジェクトの経過を説明し、成果として上演された演劇のダイジェストビデオが流されました。締めくくりには、教諭と東ティモールを代表するミュージシャンでもあるエゴ・レモス氏が加わり、エゴ氏が作った農業の喜びを表現した歌のパフォーマンスも行われました。

フィリピンからは、プロジェクトの経過をまとめた映像と、生徒たちが学校の様子や伝統文化を紹介したビデオメッセージが上映されました。また、来日した教諭とNGOスタッフによる伝統的なダンスと歌のパフォーマンスも披露されました。

安心院高校の生徒は、東ティモール、フィリピン訪問の様子と印象を発表し、自分たちが地域の農業従事者に行ったインタビューを元にして作った演劇作品「マイ・ブー」を、実際に上演しました。地域でさかんな養豚をテーマに、養豚農家に生まれた女子高校生がそれを理由に同級生にからかわれたりしながらも、かわいがっていた豚との夢の中での対話を通して、家業を継ぐことを決心するストーリーです。

くらしと命のつながり、自分の価値観を考える

発表会会場の様子
発表会会場の様子

「マイ・ブー」のクライマックスでは、育てた豚がいずれ「出荷される=命を奪われる」という事実、その上で豚と人間の幸せな関係とは何なのかという問いかけが、主人公の目線を通して描かれました。

また、今回演劇部とともにプロジェクトの主要メンバーとなった放送部の生徒が製作し、NHKのコンクールに出品したというドキュメンタリー「Agricultural Shock」も上映されました。養豚業者やぶどう農家へのインタビューを織り交ぜながら、安心院地域の農業の現状とともに、若者の農業に対する意識をカジュアルかつストレートに伝える内容となっていました。

安心院高校の生徒たちの作品、また東ティモールとフィリピンでの活動映像からは、高校生たちが農業というテーマ設定と世代間の対話に真剣に向き合ったプロセスや、意見がぶつかったり、活動が停滞する場面を乗り越えて、今回の発表に至った過程を感じることができました。

登壇した生徒、先生とプロジェクトチームのメンバーで
登壇した生徒、先生とプロジェクトチームのメンバーで

授業の枠を超えて自分たちのくらす地域を見直し、人生の先輩や身近な家族と改めて対話することで、農業以外のテーマにも当てはまる思考と実践の糧を得ることができたのではないかと思います。同じスキームで活動に取り組んだ高校生の間には、文化や風土を超えたコミュニケーションの土台ができているようで、発表会の後の体験授業では、すっかり打ち解けた様子で、学校農園で栽培した野菜の試食、ぶどう狩り、ラディッシュの種まきなどにいっしょに取り組んでいました。

「高校生同士の交流」と聞くと、単に青春の1ページを彩る思い出づくりのような印象を受けるかもしれませんが、それぞれの国の首都から遠く離れた地域で生活する高校生が、親を伴わずに海外へ渡航するには、様々なハードルをクリアしなければいけません。ひとつひとつ丁寧に乗り越え、今回の発表会を実現した各学校の先生方や関係者の苦労は、並大抵のものではなかったと思います。助成期間の終了後も世界農業遺産を切り口にアジアの高校生同士をつなぐ取り組みは継続する予定です。プロジェクトの今後の展開、そして参加した高校生たちのこれからのあゆみに大いに期待したいと思います。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.32掲載
発行日:2020年1月24日

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