公益財団法人トヨタ財団

活動地へおじゃまします!

13 「誰でもが当たり前に働いて生きていける町」芽室町を訪問して

新嵐山スカイパーク展望台から眺めた芽室町の風景
新嵐山スカイパーク展望台から眺めた芽室町の風景

取材・執筆:喜田亮子(トヨタ財団プログラムオフィサー)

活動地へおじゃまします!

8月の終わり、北海道河西郡芽室町を訪問しました。芽室町は、日本の食糧基地である十勝平野の中西部に位置し、広大な平野に田畑が整然と並ぶ北海道らしい風景が広がります。スイートコーンの生産が日本一、じゃがいも、かぼちゃ、ごぼうなどの畑作と酪農を主産業としています。

今回の訪問は、国内助成プログラムの助成により本年4月より「誰でもが当たり前に働いて生きていける町」を目指して─障がいのある彼らと私たちだからこそ出来ること」と題したプロジェクトを実施している「プロジェクトめむろ」の現場視察を目的としたものです。現地では、プロジェクトのメンバーである細川智絵子さんにご案内いただきました。

[訪問地]
北海道河西郡芽室町
[訪問先]
株式会社九神ファームめむろ
[助成題目]
「誰でもが当たり前に働いて生きていける町」を目指して ── 障がいのある彼らと私たちだからこそ出来ること

九神ファームめむろ

「九神ファームめむろ」の九神は、「本人、家族、町、町民、福祉、企業、お客様、教育機関、土地の恵」を表しています
「九神ファームめむろ」の九神は、「本人、家族、町、町民、福祉、企業、お客様、教育機関、土地の恵」を表しています

プロジェクトの中心となっているのは、芽室町郊外にある就労継続支援A型事業所である「株式会社九神ファームめむろ」です。A型事業所は、障がいのある人に対して雇用契約を締結した上で、就労の機会を提供し、職業訓練を行う施設です。

本事業所は、障がいのある子どもたちが安心して暮らせる町にしたいという宮西義憲芽室町町長の思いをきっかけに開所されました。宮西町長は、彼らが安心して暮らすために必要な「住」と「職」のうち、「住」は、公による支援が可能だが、「職」については、民間の力がないと実現できないと考え、障がい者雇用の実績を持つ株式会社エフピコの特例子会社であるダックス四国の且田久美氏をアドバイザーとして任命しました。事業内容は地域の主幹産業である農業に関係することが良いのではという且田氏の提案を受け、お惣菜販売を行う株式会社クックチャム(愛媛)などの企業からの出資を受け、農産物の生産・加工を行う事業所として開設しました。現在、知的・発達障がい者17名が勤務しています。月の給与は、約10万円と十勝管内では最も高い水準です。

自治体の仲介により町内の農家から3haの農地を借り受け、じゃがいも、かぼちゃ、あずきなどを生産し、工場で加工後、全量をクックチャムのお惣菜の材料として出荷しています。農地では、高齢の農家さんが農業サポーターとして指導しています。出荷量も徐々に増え、現在では、自前の農地で生産された野菜だけでは間に合わず、JAめむろから規格外品を安価で買い取り、加工しているそうです。生産が先で販路開拓が後という従来の福祉事業の発想ではなく、販路開拓を先に行い、売れるものをつくることで安定した経営につなげています。

加工場内での作業風景
加工場内での作業風景

加工場での仕事を見学させていただきました。じゃがいもの皮をむいてカットし、袋詰め後スチームして出荷します。スタッフは、それぞれの持ち場で集中して黙々と作業を続けていました。皮むき、カットいずれも想像以上のスピード。見学している1時間の間、手を休める人は誰もいませんでした。現在では、一日440kgのジャガイモを加工するそうです。

サービス管理責任者として4月から働く古御堂由香さんは、「手がマヒしているスタッフもいますが、工夫して他のスタッフと変わらないスピードで作業します。またそれぞれの持ち場だけでなく、お互い助け合い、手が空いている人は、他の作業を手伝うなども自然にできるようになっています。彼らは、自分で判断して動くことができないと言われがちですが、そんなことはありません。支援する側が待つ姿勢をもっていれば必ず戦力になります」とお話されていました。今年に入ってスタッフの内2名が福祉的就労(サービス利用者)から一般就労(指導者)へ移行し、内1名がこの春には障害者手帳を返還したそうです。

九神ファームから地域全体へ

左から細川智絵子さん、代表の且田久美さん、古御堂由香さん
左から細川智絵子さん、代表の且田久美さん、古御堂由香さん

さて、助成プロジェクトでは、「九神ファームめむろ」からさらに地域全体に障がい者の働く場を広げていく活動を進めています。8月10日には、「プロジェクトめむろ」としてNPO法人を設立(代表且田久美氏)。10月12日、町の中心にNPOの活動拠点としてコミュニティレストランを開店します。ここでは、障がい者4名が働く予定。町内の人たちに彼らが働く姿を身近に感じてもらう場となります。また、スタッフにとっては今まで見ることができなかった、自分たちの加工した野菜がお惣菜となり、お客様が食べる姿を間近に見られる場となります。

芽室町内の工業団地における障がい者就労の促進もプロジェクトの柱の一つです。6月に第一回の企業向けセミナーを実施。今後もセミナー等の開催、支援プログラムの開発などを進めていきます。「職業訓練は、福祉の専門家より企業の方が向いているかもしれません。専門家は、障がいの特性を理解している分、これはこの子には無理と固定観念を持ってしまいますが、企業の方は、働く現場で必要なことをきちんと指導するので、専門家ができないと思いこんでいたことができるようになります」と細川さん。理解しようとするあまり、その潜在能力を見落としてしまうのは、親も同じ。「一番の味方であり敵は親かもしれません。子どもにつらい思いをさせたくないという気持ちが強いですから。でも苦労した先に得られるものがある。それは働くということで得ることができるものです」(細川さん)。

九神ファームめむろ嵐山加工場
九神ファームめむろ嵐山加工場

工業団地内での就労促進に向けての課題は二つ。一つは、免許を持たない障がい者の通勤の足。もう一つは、各企業での雇用が1、2名といった少人数の場合、支援を担当する職員も障がいのある職員も悩みを打ち明けるコミュニティを企業内につくることが難しく、双方が孤独感を感じてしまうこと。この解決に向けて、NPOで通勤バスを運営できないかと検討を進めています。同じバスで通勤することで、団地内で働く人同士のコミュニティをつくることができます。時に愚痴を言ったり、教え合ったりという時間は、働き続けるためには不可欠でしょう。また支援担当者が企業を越えて連携できるネットワークの形成もめざしています。

現在「九神ファーム」で働くスタッフも、後輩たちが九神ファームで働けるように、いつか卒業しないといけないという思いがあるそうです。また、障がい者が働ける多様な職場をつくることが重要であると古御堂さんは言います。「工場での仕事が向いている人、サービス業が向いている人、健常者がいろいろな職場で働くように、障がい者もいろいろな職場を選べることが必要です」。

細川さんは、「今までの経験から彼らが戦力になることを私自身わかっているので、企業にもそれを実感してもらうことができれば障がい者雇用を広げることができると確信しています」と展望を語っていました。

さらに、障がい者が働くことが日本社会全体で当たり前になるように、当事者がガイドをするキャリア教育旅行のプログラム開発を進めています。道内外の養護学校の生徒や障がい者雇用に関心をもつ企業が、芽室町を訪れ、働く障がい者のガイドのもと、彼らが働く現場を体験する旅行です。

農作業や工場での加工作業を体験しながら、生徒たちには、働くことを実感してもらいます。現在は、モニターツアーの実施や養護学校へのヒアリングを重ねているところです。ツアーが本格的に実施されれば、地域活性化の一助にもなるということで、町は観光政策の一環としてバックアップしています。

誰でもが当たり前に働いて生きていける社会

宮西町長にお話をうかがった
宮西町長にお話をうかがった

九神ファーム開所に向けて応援してきた宮西町長は「子どもたちの潜在能力は想像以上で本当に驚かされています」と笑顔で語られていました。「彼らが働くことで、社会保障費の削減にもつながりますし、何より、これから就業人口が減っていく時代の中で彼らの力をきちんと活かさない手はない」。宮西町長は、プロジェクトめむろを支援するだけでなく、障がい者の就業体験の場として役場での広報誌発送業務などを提供しています。賃金も時給870円と役場の臨時職員と同じ金額を支払っているそうです。「彼らを見ていると作業に慣れた子が、慣れていない子に教えてあげる姿もみられ、本当に一生懸命まじめに仕事をしていますよ」と目を細めてお話しをされていました。

日本社会は、今までにない急激な人口減少の時代を迎えています。人口が増え続けてきた時代とはちがう価値観や仕組みが必要です。障がいがなくても生きづらさを抱える人も多い現代社会、一人一人の働きたい、社会に参加したいという思いを支え、かなえることが、日本社会が抱える多様な課題の解決につながるのではないかと感じました。

旅のアルバム

*画像をクリックすると、大きなサイズでご覧になれます

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.19掲載
発行日:2015年10月24日

ページトップへ