選考委員長 中西 寛
京都大学大学院法学研究科 教授
新しいつながりを求めて
本年度は「つながりがデザインする未来の社会システム─ニューノーマル時代に再考する社会課題と新しい連帯に向けて─」をテーマとする研究助成プログラムの2年目の募集選考を行いました。
一昨年初頭に世界全体に広まった新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)は、社会を支えてきたネットワークの動きを唐突かつ強制的に停止させました。その結果、人々は日常的に行ってきた交流や活動ができなくなり、社会のいたる所で分断や孤立の問題が生じました。ただこれらは新型コロナの流行によって新たに生じた問題というよりも、以前から社会にあった傾向が急に表面化した事例も多かったように思われます。流行開始から2年を経て新型コロナは完全には収束していませんが、社会は徐々に落ち着いてきていると思います。しかしそれは感染流行前の世界へと戻っている訳ではなく、新型コロナ下の経験を経て新しい日常が定着しつつあるようです。たとえば会議を開催する場合でも、必要に応じてオンラインを利用することは日常的な選択肢になっています。もちろんオンラインでのコミュニケーションには限界があり、対面での直接の会話には代替不可能な価値があることも私たちは学びましたが、それでも、これまで考えられなかったオンラインでのコミュニケーションが日常的な選択肢になったことは新たなつながりの最も顕著な例でしょう。
本年度は82件の応募があり、助成対象候補として9件を採択しました。昨年の130件から応募件数は減少しましたが、申請内容は質的に昨年と遜色なく、また分野面で昨年に比べて多様化していると感じました。これは新型コロナ下での対応に意識が集中していた昨年に比べて、新しい「つながり」を求める意識が広がっている反映だと理解することもできそうです。また研究代表者の男女比率がほぼ半数ずつとなったことも好ましい変化だと思います。今後もこうした傾向が続くことを望むと同時に、身近な社会に密着した課題だけでなく、地球規模の問題解決につながるような提案も期待したいと思います。 採択された研究からいくつか紹介します。
採択案件の紹介
[題目]児童相談所の後方支援を担える社会システムの構築
[代表者]綿村英一郎(大阪大学人間科学研究科准教授)
児童虐待がメディアによって大きく報じられる度に児童相談所(児相)に対して批判が向けられることが稀ではありません。しかし児相自体が人員や予算不足の問題を抱える中、児童保護のためには児相と市民の協力が必要であり、児相の適切な発信方法やメディアでの批判の拡散メカニズムの研究によって児相の信頼獲得の方策を探究する研究です。
[題目]自然領域における大規模先端計算機資源ネットワーク構築に立脚したニューノーマル時代のフィジカル・サイバー空間の実証的融合
[代表者]中島徹(東京大学大学院農学生命科学研究科助教)
20年に一度の式年遷宮によって維持されてきた伊勢神宮について、神宮宮域林の伐出データなどを通信ネットワークで東京大学のスーパーコンピューターと接続してクラウド上で山林状況を管理し、御用材生産の持続的効率化を図る。伝統文化の維持と森林管理、デジタルテクノロジーを組み合わせる文理融合的な斬新な研究です。
[題目]ニューノーマル時代の地域自治デザイン─自治会DX社会実験を通じて
[代表者]小野悠(豊橋技術科学大学建築・都市システム学系准教授/学長補佐)
社会構造の変化に伴って進行していた自治会の機能不全はコロナ禍による行事中止などによってさらに深刻化し、地方自治の衰退に拍車をかけています。これに対してICTツールを利用して新たな自治会・地方自治活動の可能性をさぐろうとする研究です。研究者、官民連携組織、企業が協力して東三河地域における社会実験を行うこととなっており、示唆に富む研究となることが期待できます。