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2024年度 特定課題 人口減少と日本社会 選後評

選考委員長 山口慎太郎
東京大学大学院経済学研究科 教授

本助成の趣旨を踏まえ、本年度の審査結果について総評する。本助成は本年度が初年度となるプログラムであり、日本社会が直面する深刻な人口減少という課題に対し、実効性のある政策提言や実践的な解決策を生み出す研究を支援することを目的としている。従来の施策が十分な効果を上げていない現状を踏まえ、新たな視点や実証的アプローチを活用し、自治体・企業・住民と連携して社会変革につながる研究が求められている。本助成では、研究の新規性に加え、実施可能性、政策・社会への影響力、他地域への応用可能性といった要素を重視し、より実践的な研究の推進を支援する姿勢を取っている。
本年度の応募総数は38件であった。公募期間は2024年10月1日から11月28日までの約2か月間であり、期間中に説明会をオンラインで2回開催した。事務局のプログラムオフィサーが応募の全案件について要件や書式不備などの確認を行った上で、選考委員会における選考を実施し、その中から実施可能性や社会的影響力が特に高い4件が採択された。

●地方自治体における少子化対策の再検討〜人口学的分析と実験によるアプローチ〜
本研究は、地方自治体が実施する少子化対策の効果を、人口学的分析とサーベイ実験を組み合わせて検証し、より効果的な政策提言を目指す点で高く評価され、採択に至った。特に、自治体間の子育て支援策が出生率の向上につながるのか、それとも単に人口の移動を促しているだけなのかを実証的に分析するアプローチは新規性があり、政策立案の実務に貢献しうる。また、ジェンダー規範の変化が結婚や出生意欲に与える影響を検証し、自治体職員を対象としたフィールド実験を通じて職場のジェンダー慣行の変革が少子化対策として有効かを探る点も、社会的に重要な課題設定である。この研究は、特に実施可能性が高く、政策的意義が明確である点が評価され、採択に至った。

●社会文化的アプローチを用いたプレコンセプションケアワークショップの開発と評価
本研究は、妊娠前の健康管理を支援する「プレコンセプションケア」の普及を目的とし、科学技術コミュニケーションの手法を活用して、社会文化的アプローチに基づくワークショップを開発・実施する点で高く評価され、採択に至った。従来の医学的アプローチに加え、参加型の学びを通じて妊娠・出産に関する社会的・個人的な障壁を可視化し、若年層に適した情報提供を模索する姿勢は、新たな少子化対策の一環として意義深い。特に、科学・医療・社会学・アートといった多分野の専門家が連携し、個人の選択を尊重しながら啓発を進める点が、これまでの啓蒙的なアプローチとは一線を画している。また、高校や大学と連携し、教育現場でワークショップを展開する計画は、実用性の高さや社会的波及効果の大きさから期待が寄せられる。本研究は、特に実施の具体性と普及の可能性が高い点が評価され、採択に至った。

●地域若手実践者・学術研究者の共創による人口減少地域を支える新たな事業体モデル構築
本研究は、人口減少が進行する地域において持続可能な社会の構築を目指し、地域住民の生活基盤を支える新たな事業体モデルの開発に取り組む点で高く評価され、採択に至った。岡山県久米南町をフィールドとし、地域社会の公的・民間の多様なニーズを調査し、それに応える新たな組織の設立を目指す点は、地域再生の実践的な試みとして意義がある。地域住民や行政、企業が連携し、農業・林業、インフラ維持、移住・生活支援などの幅広い分野に対応するマルチワーカーを育成するアプローチは、従来の行政依存型の地域振興策とは異なり、持続可能性が期待される。特に、地域実践者と学術研究者の協働による現場主導の解決策という点が評価され、採択に至った。

●Time UseとTime Valueから提案するウェルビーイングな地域デザイン
本研究は、人口減少が進む地域における持続可能な社会の構築を目指し、住民の時間の使い方(Time Use)と時間に対する価値観(Time Value)を基に、地域のウェルビーイング向上を図る新たなグランドデザインを提案する点で高く評価され、採択に至った。秋田県五城目町をフィールドとし、住民の暮らしや働き方を詳細に分析しながら、個々の時間の使い方が地域社会の持続性と幸福度にどのように影響を与えるかを探る点が、従来の都市計画や地域振興の議論と一線を画している。また、行政、学術、医療、メディアなど多様なステークホルダーが協働する体制も、研究の実効性を高める要素として評価された。特に、時間の使い方という視点から地域デザインを考える新規性が評価され、採択に至った。

【総評と今後の課題】
本年度の審査では、社会的意義の高い研究が多数提案されたが、採択に至らなかった研究には共通する課題が見られた。特に、実施可能性の不明瞭さ、研究成果の政策・社会への影響が十分に示されていない点、既存研究との差別化の不足が課題として挙げられる。アイデアが優れていても、具体的な実施計画や関係機関との協力体制が整っていない研究は、実現可能性の観点から評価が伸び悩んだ。また、先行研究との差別化が明確でない場合、新規性が伝わりにくく、独自性の確保が難しくなる。
今後は、研究の新規性だけでなく、実施計画の具体性や社会的インパクトの明確化が求められる。自治体や企業との連携をより強化し、研究成果の応用可能性を広げる工夫が重要である。また、研究がどのように社会に貢献し、政策形成に役立つのかを具体的な事例とともに示すことで、より説得力のある提案となる。
本助成が支援する研究は、社会に対して新たな価値を生み出し、持続可能な変革につながる可能性を秘めている。来年度も、意欲的で革新性のある研究が提案されることを期待している。

応募件数 助成件数 採択率
38 4 10.5%
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