選考委員長 園田茂人
選考委員長として応募書類を読むのは、今回で3回目です。昨年度の選後評でも書きましたが、近年審査する側の経験値があがり、期待が高くなった分、結果的に厳しい姿勢で選考に臨むようになってきていると感じます。特に、以前採択したプロジェクトに類似した申請には、「なぜ以前の事例に学ばないのか」と評価を厳しくしがちで、その結果、推薦案件もバラつきがちです。今年度は、特にそうした傾向が見られました。
今年度も例年同様、以下の5つのテーマに関わる提案を募集しました。
(1)外国人材が能力を最大限発揮できる環境作り
(2)外国人材の情報へのアクセスにおける格差の是正
(3)ケア・サポート体制を担う人材と既存資源の見直し
(4)高度人材の流入促進
(5)日本企業の海外事業活動における知見・経験からの学びと教訓
●応募状況と申請内容の概観
応募時間は2024年9月2日(月)から11月16日(土)まで。この間、9月12日と9月18日の2回、Zoomを使ったオンライン説明会が実施され、100名程度の方が参加されました。この数字は昨年度と変わりませんが、事前相談は30件程度と、昨年度の1.5倍になりました。
応募のエントリーは102件と昨年度の90件から増加し、最終的な申請に辿り着いたものも59件と、これまた昨年度から5件増加しています。
59件の申請額の中央値が999万円(最小値105万円、最大値1,000万円)と申請書の半数弱が1,000万円の申請額となっていましたが、今年度は後で説明するように、結果的に比較的低い申請額の案件が採択されるに至っています。
代表者の属性で見ると、大学常勤研究者の25名と昨年度の17名から増え、全申請者の42%に上っています。NPO/NGO職員も12名と昨年度の8名から増えていますが、ここ数年の大学常勤研究者からの応募の増加が目につきます。
昨年は、採択された案件が(4)や(5)に関連するものが増えている点を指摘しましたが、今年度も同様です。他方で、AI利用や過疎、ジェンダー、防災など、現代的な状況や交叉領域での申請も増えてきており、(1)から(5)のどのテーマに当たる申請なのか、判別しづらくなっています。選考委員泣かせの状況と言えるでしょう。
●選考プロセスと選考結果
最初にプログラムオフィサー(PO)が申請書類を確認し、不備があるものや趣旨に合わないものを除きましたが、選考委員3名は、すべての申請書に目を通しました。また採択候補については選考委員から代表者に質問をし、その回答結果を加味して一件ずつ検討を加えるなど、慎重に選考を行いました。
2025年1月30日に選考委員会が開かれ、以下の7つの案件が採択されることになりました。申請額が500万円規模のものが3件採択されているので、昨年の6件から1件採択件数が増えています。
以下、採択案件の申請内容及び選考委員会でのコメントを、簡単にご紹介いたします。
D24-MG-0007 土屋 武志(一般財団法人国際パートナーシップセンター 理事)
外国人材共生企業づくりのための「文化の通訳」育成モデル開発―海外と地域とを結ぶプラットフォームの創生
(1)と(2)のテーマに関わる提案で、申請団体が拠点を置く愛知県の企業等と、インドネシアの人材送り出し機関・大学等との関係を発展させ、「文化の通訳」を育成するプロジェクト。企業との連携をしっかり図った、地道な提案であることが選考委員会では評価されました。今後は、インドネシアとの二国間関係にとどまらず、広く文化の通訳を育成する可能性を探ってほしいと思います。
D24-MG-0012 西村 多寿子(株式会社ことのはラーニング 代表取締役)
高度外国人材とその家族の安心・安全な暮らしを支えるために―医療福祉職の意識変容を促す記事発信と調査に基づく教材開発
(1)と(4)のテーマに関わる提案で、高度外国人材とその家族が安心して暮らせるよう、生活・医療面での課題を調査した上で、彼らを支援する医療や福祉の専門職が、地方自治体などに制度改革を提案できるようになることを企図したプロジェクトです。目標とされる状態がわかりにくいといった意見も出ましたが、医療制度を射程に入れた提案である点が、選考委員会で評価されました。
D24-MG-0017 丹野 清人(東京都立大学人文科学研究科 教授)
基礎自治体における外国人受入れに係る日本語教育プログラム実施の費用計算方法の確立と持続的な支援組織の仕組みづくり
(2)のテーマに関わる提案で、外国人受け入れ他のために必要とされる日本語教育プログラムに関わるコストと、就労支援などに必要されるコストを明らかにするプロジェクトです。こうしたコスト計算を行うことが実際どのような効果を持つかは不明ですが、今後、日本語教育プログラムの運営を任されることになる地方自治体の政策決定によい効果を与えうるとの期待から、採択されることになりました。
D24-MG-0020 羽田野 真帆(特定非営利活動法人名古屋難民支援室 事務局長・理事)
難民を雇用している企業の事例分析および難民のための職場体験機会の創出
(1)のテーマに関わる提案で、東海地域に暮らす難民の就労環境改善を目的とした事業を計画しています。難民が就業機会を得ることができたケースを分析し、これを対外的にアピールすることで、難民受け入れへの協力企業を増やすことを目的としています。選考委員会では、今まで着実に事業を進め、企業との協力関係を強化しようとしている点が評価されました。なお今回の選考で、過去に助成対象となったものが継続して採択されたのは本申請のみです。
D24-MG-0032 阿部 航太(一般社団法人パンタナル 代表理事)
過疎地域における外国人材と地域社会との共生のためのスキーム開発
(1)のテーマに関わる提案で、土佐市をベースに活動してきた多文化共生の試みを、他の過疎地域に応用するための事業を行います。すでに作業を進めていることもあり、着実な提案だと評価されました。他方で、一口に過疎地域としても産業構造や財政状況はさまざまですから、選考委員会としては、申請者には過疎地域を対象に似た事業を展開する人びとと意見交換をしてもらいたいと考えています。
D24-MG-0037 中野 祥子(山口大学教育・学生支援機構留学生センター 講師)
外国人雇用企業への防災BCPの構築と実践:「わかる」から「できる」に移行する異文化間心理教育を用いた防災プランと研修開発
(2)のテーマに関わる提案で、外国人材を雇用する企業に災害時のビジネス継続計画を策定させるとともに、実践的な防災研修を開発・実施することを目的としています。異文化間心理教育をどう応用していくか、すでに先行する事例をどう考えるかなど課題はありますが、本プロジェクトが水産業といった具体的な産業に限定しており、事業を拡げる具体的な計画がある点に、高い評価が与えられました。
D24-MG-0054 松下 奈美子(鈴鹿大学国際地域学部 教授)
大連に進出した日本企業からの教訓を高度人材受入れ・定着にどう活かすか:公教育水準の引き上げ・拡充への政策提言
(4)と(5)のテーマに関わる提案で、遼寧省大連市に進出した日本企業の40年の歴史を検証し、そこから得られる教訓や知見を、高度人材の受け入れなどを目指す地方自治体などに還元することを目的にした試みです。もっとも対中投資の40年の変化は大きく、実際にどのような教訓や知見が得られるかについては、現時点ではあまりはっきりしていませんが、多くの示唆が得られることを期待しています。
●おわりに
冒頭でも指摘したように、今年度は選考委員の推薦する案件が分散し、意見を集約するのが大変でした。それだけ申請内容が多様であったわけですが、他方で、選考委員が圧倒されるような、スケールの大きい提案はなかったとも言えます。近年は特に、高度人材の受け入れに焦点を当てた申請が増えています。現在の制度的枠組みを所与とした着実な申請も貴重ですが、こうした制度的枠組みを突破する、新しいビジョンの提示も必要です。
研究申請書では先行研究を吟味しつつ、自らの研究計画の新奇性や重要性、実行可能性などを主張するのが一般的です。申請者には、他の事業者やNPO/NGOなどが実施しているプロジェクトや、似た問題意識から実施された過去のプロジェクトと、どこがどう違うのか、今までのプロジェクトをどのように刷新することになるのかを、しっかり説明してほしいと思います。こうした説明がなされれば、選考委員も「なぜ以前の事例に学ばないのか」と評価を厳しくすることはなくなるはずです。
現実的な問題に対応しながらビジョンを大きく持ち、しかも先行プロジェクトに目配りをして申請書を書くことは大変です。この大変な作業をしてでも、財団の支援を受けてプロジェクトを進めたいと思う方――とりわけ大学常勤研究者以外の多様な背景をお持ちの方――が増えることを、心から祈っています。