選考委員長 園田 茂人
東京大学東洋文化研究所 教授
2022年度 外国人材の受け入れと日本社会 選後評
2019年度に立ち上がった当初から本特定課題の選考委員長をされてきた田中明彦氏が退任されたのを受けて、今年度から選考委員長の大任を仰せつかりました。2019年度から国際助成プログラムの選考委員長をしており、今年度はこの両方の兼務となります。
国際助成プログラムにも移民・外国人材をテーマにした提案が多く寄せられていますが、同プログラムでは日本を含むアジアのいずれか複数の国・地域を取り上げることが必須なのに対して、本特定課題の場合、日本における外国人材の問題に焦点を当てている点に大きな違いがあります。「外国人材の受け入れと日本社会」の「日本社会」をどのように捉え、将来を構想するかが重要となっているわけです。
今年度も例年同様、以下の5つのテーマに関わる提案を募集しました。
(1)外国人材が能力を最大限発揮できる環境作り
(2)外国人材の情報へのアクセスにおける格差の是正
(3)ケア・サポート体制を担う人材と既存資源の見直し
(4)高度人材の流入促進
(5)日本企業の海外事業活動における知見・経験からの学びと教訓
応募状況と申請内容の概観
応募期間2022年9月5日(月)から11月19日(土)まで。この間、2回オンライン説明会を実施し、50名弱の参加がありました。約20件の事前相談を受けましたが、この数値は昨年の約30件からは10件ほど少なくなっています。
応募のエントリーは68件ありましたが、最終的な申請に辿り着いたものが44件。昨年の50件から6件の減少となります。
44件の申請額の中央値が922万円(最小値400万円、最大値1,000万円)で、700万円以下の申請案件が10件と少なかったため、助成額を調整しても採択件数を増やしにくい状況にありました。
代表者の属性で見ると、大学常勤研究者の12名とNPO/NGO職員の11名が目立ちます。申請者のうち26名にご回答いただいたアンケート結果を見ると、すでに応募経験を持つ方が14名と半数を超えていました。ご回答いただけなかった18名全員に応募経験がないとしても、応募経験者の割合は31.8%となり、それだけ「リピーター」が多くおられるということでしょう。
過去採択された20件の案件のうち、その多くが(1)と(2)に関わるもので、(4)や(5)に関連するものが少なかったのですが、今年度の応募状況からも似た特徴が見られました。
選考プロセスと選考結果
最初にプログラムオフィサー(PO)が提出書類を整理し、申請書として不備があるものや応募要件を満たしていないと判断される案件を取り除き、残った申請書を中心に選考委員3名が査読しましたが、応募案件が少なかったこともあり、選考委員はすべての申請書に目を通しました。また選考にあたっては、選考対象に当たると思われる案件については選考委員から代表者に質問をし、その回答結果を加味して検討を加えるなど、慎重に選考を行いました。
2023年2月1日に選考委員会が開かれ、3時間弱の時間をかけて協議した結果、以下の5つの案件が採択されることになりました。採択の際のコメントも含め、以下、簡単にご紹介いたします。
D22-MG-0015 古谷 由紀子(CSOネットワーク代表理事)
対話による外国人労働者の労働・人権問題改善に向けた調査及び対話活用ガイドブックの作成
テーマ(1)と(5)に関わる提案で、海外にサプライチェーン(原材料の調達から販売に至るまでの関連企業)をもつ日本企業の中でも、現地の労働者との対話を通じて外国人労働者の労働・人権問題をうまく解決しているケースがあることに注目し、その聞き取りを踏まえたガイドブック作成により、広く外国人労働者の労働・人権問題の解決に資することを目的としたプロジェクトです。広島と浜松を拠点に企業との連携を図り、タイでの聞き取り成果を踏まえて作成されたガイドブックを用いたワークショップを東京で実施する予定など、企業との連携も考慮されています。プロジェクトはCSOネットワークを中心に、弁護士やILO駐日事務所とも連携しており、活動の実質化が期待されます。
D22-MG-0017 堀 永乃(グローバル人財サポート浜松代表理事)
外国人労働者の適正な雇用のための監査・評価制度のありかたに関する調査・研究及びモデル事業の開発
テーマ(1)に関わる提案で、外国人労働者の人権問題をテーマにしている点で、上述のプロジェクトと似た問題意識を持っています。具体的には企業や有識者などから構成される協議会を作り、企業の監査・評価制度を利用して外国人労働者の人権保護の現状を評価することを目的としています。また、よい実践事例を拾い集めて対外的に紹介するなど、各種啓発活動を行うことで、外国人労働者に「選ばれる企業」になるための支援を提案しています。外国人労働者の人権問題というと、どうしてもこれを遵守しない企業を叩くなど、負の側面が強調されがちなのですが、地道に活動している企業の紹介と啓発活動の実施提案を含んでいる点が評価されました。
D22-MG-0018 森 博威(順天堂大学医学部総合診療科学講座准教授)
様々なバックグラウンドを持った外国人医師が日本で活躍するためのプラットフォームの構築
テーマ(3)と(4)に関わる提案で、外国人医師が日本で医師免許を取得し、医師として長期間活躍するのが難しい現状を乗り越えるためのプラットフォームづくりを計画しています。具体的には、①医師国家試験や生活に関わる情報のホームページでの公開、②外国人医師を対象にしたインタビュー、③医師国家試験に関するセミナーおよび定期的な情報交換の場の作成、④研修病院、研修後の勤務、医師のキャリアに関する相談などを企図しており、申請者が拠点とする順天堂大学で勤務/研究している各国出身の医師の参加を見込んでいます。医師資格に関して厳しい規制がある中で、外国人材が安心して生活することができる環境づくりに寄与するプロジェクトとなることが期待されます。
D22-MG-0032 池田 佳子(関西大学国際部教授)
英語学位取得トラック理工学系専攻外国人留学生対象の高度人材としての国内就職・定着を実現させる新しい学習支援スキーム構築
テーマ(4)に関わる提案で、文科省の国際化支援事業であるグローバル30(国際化拠点整備事業)やSGU(スーパーグローバル大学創成支援事業)を利用して来日し、英語での学位取得を目指している理工系人材に焦点を当て、彼ら/彼女らが今まで以上に日本企業に就職・定着することを目的とした産学連携プロジェクトです。学位取得のための時間的制約と、来日時における日本語能力が壁となって日本企業への就職が期待されたほどに多くなっていない状況にあって、オンラインによる学生へのサポートと企業との連携を通じて、状況の改善を目指しています。大学教員だけでなく、留学生支援のためのNGOや企業、政府機関の担当者、在日大使館関係者も巻き込む綿密な計画がなされています。
D22-MG-0039 仲佐 保(シェア=国際保健協力市民の会共同代表)
外国人労働者の健康課題解決のための情報普及・保健医療サービスへの道筋整備・連携体制強化
テーマ(2)と(3)に関わる提案で、2020年の本特定課題に採択された「新型コロナウイルス感染症パンデミック下における在日外国人コミュニティへの情報提供体制整備と検査・診療へのアクセスを可能にする道筋づくり」の成果である「日本ではたらくベトナム人のための健康ハンドブック」を、最初はベトナム人コミュニティに広げ、それからより広くミャンマーやネパール、インドネシアといった他のアジア地域出身者にも普及しようとする試みです。コロナ禍にあって実際にハンドブックの作成にまで漕ぎつけたこと、これを普及させるばかりか、日本国内の他の東南アジア地域出身者に向けた発信の拡がりを企図している点が評価されました。
おわりに
選考委員会では、5件採択するか7件採択するかで議論が起こったのですが、最終的に採択されたのは上記5件の申請でした。(1)7件採択となると、どうしても1件当たりの助成額が減ってしまい、当初計画を大きく変更せざるをえなくなってしまう、(2)採択対象となった5件には選考委員の強い推薦があったのに対して、残りの2件はそうでなかった、(3)残りの2件は甲乙つけ難かった、といった事情が重なったからなのですが、当初予定した助成総額に満たなくなってしまったのは残念です。
他方で、採択された5件の申請が、(1)から(5)のすべてのテーマに関わっている点は肯定的に評価できると思います。特に、従来は(4)や(5)に関する申請が少なく、その結果採択に至るケースが少なかったのが、今回は採択に繋がったのはよかったと思います。また採択されたプロジェクトには互いに学びあう要素が多くあるので、プロジェクト間の連携も期待したいと思います。
今回採択された申請の代表者は大学やNGO/NPOで豊富な経験を持つ方ばかりで、その意味で選考結果は妥当なものだと思う一方で、外国人材を支援する側でなく、その当事者から提案が出てきてもよかったようにも思います。1990年代以降に来日したアジア系移民の第二世代は、すでに日本社会を支える人材になっていますが、彼ら/彼女らから魅力的な提案が出てきてくれたら、などとも考えます。
外国人材を受け入れるために、日本社会をどう変えていくか。そのための具体的な提案が、多くの方々から出てくることを今後とも期待したいと思います。