選考委員長 園田 茂人
東京大学東洋文化研究所 教授
2022年度「アジアの共通課題と相互交流:学びあいから共感へ」選後評
2019年度に始まった選後評の執筆も、今回で4回目となる。この間、国際助成プログラムは募集の仕方を毎回、微調整してきた。
2019年度に新設された重点領域は2020年度になくなり、完全なオープン公募となった。2021年度は、国際的な人の移動を伴わなくても済む1年助成を新設し、オンラインでの活動を軸にした新たな発想によるプロジェクトの提案を求めることとした。2022年度には1年助成を別枠とせずに従来どおりの募集とし、対象国として新たに南アジア(バングラデシュ、ブータン、インド、モルディブ、ネパール、パキスタン、スリランカ)を加えた。
もっとも、国際助成プログラムの要諦は変わっていない。学び合いを通じたアジアの共通課題の解決を目指した、以下の4つの条件を満たす提案を支援することを目的としている。
(1)国際性:プロジェクトがカバーする地域が東アジア、東南アジア、南アジアの2カ国以上、プロジェクトを 動かすメンバーも同様に2カ国以上から集まっていること。また、プロジェクトの成果/効果が国際的な広がりをもっていること。
(2)越境性:問題解決のために必要かつ十分なマルチセクターの専門家(研究者やNPO職員、ビジネスパーソン、行政担当者など)が有機的に関わり、プロジェクトに参加していること。
(3)双方向性:プロジェクト実施にあたって、参加者が相互に学びあう関係性を構築していること。
(4)先見性:プロジェクトがもたらすアウトカムを強く意識し、助成終了後のインパクトや今後の発展可能性を含んだものであること。また、将来生じうる問題を視野に入れ、従来の枠組みを越えた新しい視点を持つこと。
応募状況と申請内容の概観
2022年4月1日に公募を開始し、6月4日まで申請書を受け付けた。事前相談は45件あり、うちオンラインでの面談が25件。事前登録は242件で、そのうち98件(40.5%)が実際の応募に辿り着いている。
98件の申請のうち、1年助成のものが17件と全体の17.3%を占める。2021年度では、1年助成の申請件数は23件と全体の19.8%を占めていたから、絶対数でも全体に占める割合でも微減となっている。
申請者の国籍分布は表1の通りである。2019年から代表者を日本在住者とする要件を加えたため日本国籍をもつ申請者が多くなりがちだったが、2022年度の日本国籍者の比率は62%強と従来の7割程度から微減となっている。今回は米国籍の応募者が増え、南アジアが対象国となったこともあって、インド、バングラデシュ、ネパールといった国籍を持つ申請者も増えている。他方で、総じて東アジアの国籍を持つ申請者は減少している。
表1 申請者の国籍分布:2019-22年度
提案されたプロジェクトがカバーしている国・地域は図1に、カバーしている国・地域の数は図2に、それぞれ示されている。応募総数が減少したため、ほとんどの国・地域で数値が低下しているが、今回から対象国となったインドで15、バングラデシュで13、ネパールで11と、以前から対象としてきた東アジアや東南アジアの国・地域に遜色ない数の申請書がカバーしているのは、素直に喜ばしい。
図1 申請書に記載されたプロジェクト対象国・地域:2019-22年度
図2 申請書に記載されていたプロジェクト対象国・地域の数:2019-22年
選考プロセスと選考結果
選考委員会は、委員長を含め4名のメンバーによって構成されているが、その半数は今年度、新しくメンバーとして加わっている。
最初に3名のプログラムオフィサー(PO)が提出書類を整理し、98件の申請書を読みこんだ。申請書として不備があるものや、冒頭で紹介した4つの条件を満たしていないと判断される案件を取り除き、選考委員会メンバーに選考を依頼した(たとえば図2にあるように、2022年度の申請でも対象国が1か国しかない案件が1件あったが、これは選考対象から外されている)。
4名のメンバーが申請書を査読し、採用を推薦する応募書類を選び、一部案件評価にウェイトをかけた。またプロジェクトの内容やスケジュール、予算の積算根拠などに疑問が生じた場合や、成果の発信やその効果に改善の余地があると判断された場合、メンバーはその旨をPOに伝えた。POはこれらの疑問・懸念を申請者に投げかけ、申請者からの返答をメンバーに伝えた。そして4名のメンバーが下した評価を集計した上で、選考委員会を開催した。
委員会では推薦が得られなかった案件を除去し、1名以上のメンバーが推薦した案件に全メンバーがコメントし、申請者から得られた返答も精査して採否を決めた。最終的な採否にあたっては、カバーされる国やプロジェクト・テーマが重複していないかを確認し、助成総額7,000万円に収まるよう助成額を調整した。
今年度採択された9件については、以下のような特徴が見られる。
第一に、採択された9件はすべて2年助成で、1年助成は1件も採択されなかった。2021年度の選後評でも、「熱量のある申請書は2年助成の方で多く、コロナ禍だからこそこうしたプロジェクトが必要なのだ、といった強いメッセージをもつ申請書が多かった」と指摘したが、今年度も同様の傾向が見られたことになる。
第二に、採択されたプロジェクトのカバーする国・地域の数が総じて多くなっている。図3にあるように、応募総数の44.9%が2か国のみであるのに、採択されたプロジェクトでは2か国のみのものが22.2%とその半分。4か国、5か国といった多くの国をカバーする案件が比較的多く採択されている。これらの申請書の多くが、すでにこれらの地域と具体的な協働関係をもっており、コロナ禍にあってもオンラインでの関係維持を図っていたことが、申請書からも見て取れる。
第三に、これも例年と同様だが、採択されたプロジェクト申請者は以前、トヨタ財団の助成を受けた者が相対的に多く、また事前相談でPOから示唆・助言を受けているケースが多くなっている。今回の応募書類98件のうち、以前トヨタ財団の助成を受けた者が申請者であったケースは19件と全体の19.4%だったが、採択プロジェクトにおける数値は33.3%。申請書を書き慣れた申請者による、周到に準備されたプロジェクトが採用される傾向にあったといってよい。
図3 申請書に記載されていたプロジェクト対象国・地域の数:採用案件と全体の対比(単位:%)
採択されたプロジェクトが扱うアジア共通の課題には、気候変動やがん、移民など、昨年度と同じ領域のもあるが、研究公正の推進や遠隔教育プログラムの開発など、従来、あまり提案がなかった領域のものもある。こうした新しい提案は、大いに歓迎したい。
なお、2年助成の採択件数が多いこともあって、1件あたりの査定額が例年より低くなっている。採択されたプロジェクトの申請者にあっては、助成金を有効に使っていただければと思う。
採択案件の紹介
今年度の採択案件のうち、選考委員会のメンバー間で比較的評価が高かったプロジェクトを紹介しよう。
[代表者]田中 雅子 |
[題目]日本と出身国を往来する移民の子どもの社会再統合を見据えた言語教育―母語・公用語の補習教室を地域の「多文化共生」の拠点に |
[対象国]日本、ネパール、バングラデシュ、ミャンマー、米国 |
[期間]2年間 |
[助成金額]1,000万円 |
日本におけるネパール人、バングラデシュ人、ミャンマー人を対象に、その子弟が集まる母語の補習教室に注目し、これを地域社会で可視化するプロジェクト。具体的には、補習教室の教員や地域の子供たちとの交流を行ったり、授業を公開したりして、自治体やNPO、ボランティアが関与しやすい環境を作ることを目的としている。同時に、日本への子どもの移動数が多いネパール人のみを対象に、日本から帰国した子供たちのネパール社会への再統合に関わる諸問題を明らかにし、ネパール政府に対しても政策提言を行う計画を立てている。また、活動成果を報告書としてまとめるだけでなく、ドキュメンタリー・ビデオとして取りまとめ、日・英の字幕と付けてYouTubeで公開する予定もある。
移民を一方向的な人の流れとしてではなく、往還する人流と捉える発想が斬新で、送り出し国と受け入れ国の双方を射程に入れている点が高く評価された。特定課題「外国人材の受け入れと日本社会」への応募プロジェクトとしても十分通用する提案で、今後のプロジェクトの発展に期待したい。
おわりに
評者が選考委員長を拝命した2019年から今年に至るまで、応募総数は漸減している。今年度から南アジアを対象国とする申請を受け付けるようになったとはいえ、これも応募総数の漸減傾向を押しとどめるには至っていない。応募総数を増やすには、地道な広報活動もさることながら、応募者の2.4倍強いる事前登録者に、実際に応募してもらえるように誘導する工夫が必要となる。
徐々に国際的な移動が可能になりつつある現在、今までコロナ禍で実行に移せなかったアイデアをお持ちの方は、どうかトヨタ財団のPOとの接触を試みてほしい。すでに指摘したように、POから示唆・助言を受けている申請は採択されやすいからである。
直接POに接触しないまでも、公開されている各種報告書に申請書作成にあたってのポイントが具体的に記されている。たとえば『国際協働プロジェクトを支える/実施する倫理と論理 報告書(2022年6月)』の21ページから25ページにかけて、申請書執筆の際の具体的なアドバイスが紹介されているので、申請をお考えの方には是非ご一読いただきたい。
(https://www.toyotafound.or.jp/international/2022/symposium/data/ihs_report_jp.pdf)