公益財団法人トヨタ財団

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2024年度 先端技術と共創する新たな人間社会 選後評

選考委員長 國吉 康夫
東京大学大学院情報理工学系研究科 教授

特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」の選考について

2018年に開始した特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」の公募は今年度で7年目となり、より萌芽的な挑戦を支援するために設けた個人研究の枠組みは3年目になりました。本プログラムでは、これまでに仮想空間を形成するARやVR、DAOに活用されるブロックチェーン、近年では生成AIなど、様々な先端的なデジタル技術にかかわるプロジェクトを助成してきました。これらのデジタル技術が驚異的なスピードで日々進化を続ける一方、新たなデジタル空間における倫理的問題や法整備の遅れ、デジタルディバイドやハルシネーションなど、さまざまな問題が指摘されています。このようなデジタル技術の進展によって生じている新たな問題を的確に捉え、人間と先端技術の共創のあり方を問う意欲的なプロジェクトを、本助成プログラムは支援します。

本年度の応募総数は50件となり、昨年より少し増えました。とりわけ共同研究プロジェクトは、39件(昨年は27件)で初年度の56件に次ぎ2番目に多い応募数でした。他方、個人研究プロジェクトは11件(昨年は14件)でやや減りました。選考結果は、共同研究6件(昨年は5件)、個人研究3件(昨年は2件)となり、共同研究、個人研究ともに昨年より採択数が増加しました。

本年度の選考を振り返ると、共同研究では明確な課題設定や堅実な実施計画による優れた提案が多かったように思います。しかしテーマとしては、昨今話題の生成AIにかかわるものが顕著に増え、結果として、似通った提案が多く見受けられました。さらに言えば、生成AIを用いたプロダクトの開発によって社会課題に向き合おうとするものと、研究会を開催するなどしてデジタル技術の諸課題を学際的に議論するものと、研究のタイプが二極化していた印象がありました。それぞれの研究計画は手堅いものが多かったように思いますが、先端技術との共創をテーマに複雑化する社会課題と向き合うには、こうした異なるタイプの研究がむしろ融合することが必要です。次年度の公募に向けては、より多角的な視点から先端的デジタル技術の課題を捉え、これまで以上に多様なデジタル技術と社会とのかかわりについて議論する、想像力に富んだ野心的な企画が増えることを望みます。
そして、本年度は助成プログラムとしての検討課題についても言及しなければなりません。本プログラムでは、技術開発が主たる目的の研究活動は助成の対象としてきませんでした。しかし、先にも述べたように、プロダクトの開発によって喫緊の社会課題に向き合おうとする優れた提案がいくつも見受けられました。本プログラムを開始した7年前に比べ、アプリなど比較的低コストで手軽に開発し、それを用いて社会課題に取り組むことが可能となりました。「技術開発」の手法が、従来多くみられた物理的なハードウエアの購入と直接結びつかないものも増え、「技術開発」の定義すら容易ではありません。このような情勢変化を踏まえると、一概に開発系の研究を排除するべきではないかもしれません。次年度の助成プログラムの募集要項を修正し、幅広い応募につなげることを検討していく必要があるといえます。

以下に、採択プロジェクトより、共同研究と個人研究を1件ずつ紹介します。

〈共同研究〉
D24-ST-0039 小泉 志保(京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 特定助教)
「医療AI導入に向けた社会的言語尺度の開発及び倫理的・法的・社会的課題への対応」
医療分野における生成AIボット・ロボットについて、総合的な「社会的言語」尺度の開発を目的とした独創的で野心的な研究プロジェクトです。医療福祉現場での広範囲な活用を見据え、受け手の多様性や特性、ELSIの論点整理や政策提言なども視野に入れて綿密に計画されています。医療現場における生成AIを用いた言語コミュニケーションの可能性について示唆深い議論を提起することが期待されます。

〈個人研究〉
D24-ST-0015 劉 子安(神戸大学大学院法学研究科 研究助手)
「AIアルゴリズムを用いた人事管理の規制に関する研究:スペイン法と EU 法を中心に」
アルゴリズムによる人事管理システムが導入されると、迅速に最適ポストを提示するなど多くのメリットがある一方、プライバシー侵害や差別などのリスクがあると指摘されています。しかし、日本ではそうした課題に向けた議論は十分にされておらず、法整備もかなり遅れをとっています。本研究は、それらの現状を踏まえ、先進的事例としてスペイン法とEU法を参照し、日本の社会的状況に適した法的枠組みの提案を目指す挑戦的な試みです。

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