公益財団法人トヨタ財団

  • 特定課題 先端技術

2023年度 先端技術と共創する新たな人間社会 選後評

選考委員長 國吉 康夫
大学院情報理工学系研究科 教授

特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」の選考について

 2018 年に開始した特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」の公募は今年度で6年目となり、より萌芽的な挑戦を支援するため昨年度設けた個人研究の枠組みは2年目に入りました。
 近年、生成系AIを始めとするデジタル技術の進歩は目覚ましく、文章や画像の自動生成に限らず、さまざまな分野での活用が開拓され、世界を変えつつあります。他方で、著作権や職業への影響、信頼性やフェイク動画、人々の関係性や知的・創造的営みの変容など、人間と社会に関わる問題が顕在化し始めています。これらに対し、私たちは早急に検討する必要があるでしょう。本助成プログラムは、デジタル技術によってもたらされる新たな変革の流れをつかみ、人間と先端技術の共創のあり方を問う意欲的なプロジェクトを支援します。
 本年度の応募総数は41件となり、昨年よりやや増えました。また、応募者の平均年齢が共同研究では約35.9歳(昨年は約37.8歳)、個人研究では約32.1歳(昨年は約36.2歳)と下がり、全体的に若手研究者からの応募が増え、若手研究者支援を重視してきた点から考えると喜ばしい傾向にあると言えます。しかし選考結果は、個人研究プロジェクトは応募数14件のうち採択は2件(昨年は12件中5件)のみとなり、共同研究プロジェクトも応募数27件のうち5件(昨年は19件中5件)が採択となり、応募件数が増えたにもかかわらず、採択件数が減ったことになりました。
 こうした状況については、改めて公募方法を丹念に精査する必要がありますが、全体を振り返ると、共同研究・個人研究ともに堅実であっても独創性に欠ける提案が多かったように思います。また、個人研究においては、既存の研究課題の延長で、学会発表などの学術的成果発信にとどまるコンパクトな提案が目につきました。本プログラムは、人間と先端技術の「共創」をテーマに、いま何を問うべきかを、より自由な発想で、野心的に取り組もうとする研究プロジェクトを支援するものです。既存の価値に捉われず社会課題に切り込み、社会システムのデザインに挑戦するような提案を期待しています。次年度は、これまで以上にプログラムの趣旨や他の助成金との違いを丁寧に発信し、応募者の理解を促すことで、より創造性に富んだトヨタ財団の助成プログラムならでの提案が増えることを願います。
 とはいうものの、最終的に採択されたプロジェクトは、鋭い先見性を備え、デジタル技術の飛躍的な進展をめぐる社会課題に意欲的に取り組もうとするものでした。以下に、採択プロジェクトより、共同研究と個人研究を1件ずつ紹介します。

〈共同研究〉
D23-ST-0031 小池 真由(東京工業大学工学院経営工学系 助教)
「メタバースの社会心理学―エージェントと人とのインタラクションを通した社会的関係の構築プロセスとリスク」
 近年メタバースを活用したサービスは、教育・医療福祉をはじめ、様々な領域において提案されていますが、メタバース上でユーザーがどのようにアバターを認識し社会的関係を構築するのかは、ほとんど議論されていません。本研究は、現実社会において人間が社会的関係を構築するために用いる経験的・知識的知見に着目し、それらがメタバース世界においてどの程度適用可能であるのかを明らかにするとともに、メタバースの社会心理学の構築を目指す挑戦的なプロジェクトです。今後、メタバースが幅広い分野で適用されていく際に、本研究の成果が課題整理の指針となることを期待しています。

〈個人研究〉
D23-ST-0034 若林 魁人(大阪大学社会技術共創研究センター 特任研究員)
「ソーシャルメディア空間がもたらす“かかわりの全体性”の希薄化に関する研究」
 AIを用いたレコメンド機能などが、人々の受け取る情報を偏向させ、つながりたい人とのみつながるなど、個別化と分断を助長しています。本研究は、そうした懸念に対し、ソーシャルメディアにおける設計思想を議論しようする意欲的なプロジェクトです。本研究が「『かかわりの全体像』の希薄化」として問題提起する、ソーシャルメディアにおける文脈・背景の欠如に着目し、ソーシャルメディア空間と実空間の両側面から個人のライフヒストリーを観察する手法が、本プロジェクトの特色と言えます。コミュニケーション様式の繊細な部分に鋭く迫り、ソーシャルメディアなどプラットフォームのあり方について新たな示唆を提示することが期待されます。

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