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JOINT47号 WEB特別版「特集2:人間とAIが共創する医療へ」

JOINT47号「特集2:人間とAIが共創する医療へ」

聞き手 ◉ 加藤慶子・寺崎陽子(プログラムオフィサー)

今回の鼎談に集まっていただいたのは、医師や放射線技師としての医療資格をもちながら、日本の医療が抱える課題に取り組んでいる3名の若手研究者です。彼らの助成プロジェクトは、彼らが学部生や大学院生の時に採択されました。共通するのは、AIなど先端的なデジタル技術を用いて医療現場に変革をもたらそうとする挑戦的な姿勢と、医療界への熱い思いです。

人間とAIが共創する医療へ

◉ 山田達也(やまだ・たつや)
◉ 山田達也(やまだ・たつや)
2020年度 特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」助成対象者。題目は「海外薬剤耐性菌問題実態調査とAIを用いた細菌診断補助システムの臨床検査室への導入により利害関係者に発生する影響の調査このリンクは別ウィンドウで開きます

山田 初めまして。大阪大学医学部附属病院で初期研修をしている山田達也と申します。学部4年生の時から株式会社GramEyeという、感染症の問題に取り組む会社を立ち上げています。会社では、微生物検査の1つ“グラム染色”をAIとロボティクスを用いてアップデートする医療機器を開発しています。

永代 永代友理と申します。現在、東京大学で特任研究員として研究をしております。

医学部を卒業して初期研修医を2年行いました。そのときに現在の研究テーマである手術手技の教育支援に興味が湧きました。自分が外科医になることも考えましたが、外科医を支援する立場にまわりたい、そのような研究がしたいと思い、初期研修修了後に大学院に進学して研究を始めました。大学院を卒業してポスドクとして研究を続けているところです。

髙橋 私は放射線技師の免許を取りましたが、東北大学大学院で医科学を専攻して研究をしています。おふたりとの共通点は、先駆的な技術と人間のつながりを模索されているところなのかなと思います。

研究テーマは、AIを使い放射線画像の診断支援システムを作ることです。AIに興味を持ったきっかけは、学部時代に配属された研究室にありました。当時、指導教員が「医療とAIを融合させた研究を始めたい」と熱意を持っておられ、その新しい挑戦に共感した私は、医療者でありながら未知の分野に飛び込んでみようと決意しました。その結果、AIを医療に応用する研究の魅力に気づいたというところです。

◉ 永代友理(ながよ・ゆり)
◉ 永代友理(ながよ・ゆり)
2022年度 研究助成プログラム助成対象者。題目は「偏在から遍在へ─AR技術とICT技術を活用した、病院の枠組みを超え手技を三次元共有する医療手技教育プラットフォームの構築このリンクは別ウィンドウで開きます

説明可能性というキーワード

山田 永代さんに質問させてください。手術手技については、私も救急でやっていますが難しいですね。感染症内科を目指しているので自分には関係ないかなと思ってしまう部分もあります。誰にどのレベルの教育を届けたいかというターゲットは決まっていますか。

永代 私が今つくっているアプリの目的は、指導医の動きを完全に真似できるようになることなので、一番そのモチベーションがあってマッチしているのは、手術を行う診療科に進んだ、専門医取得を目指す専攻医以上だと思います。

ただ、本来の目的はそこにすべきなんだろうなと思う一方で、たとえば医学生や初期研修医にこのアプリを提供して、自主練的な使い方もしてもらっています。実習時間の中で、自分のペースで文章を読みながら動画を確認して練習してくださいと提供したら、みんな真面目に取り組んでくれて、実習の30~45分くらいで想像を上回って上達するんです。具体的に言うと、糸結びをするとき、医学生や初期研修医の外科系を目指さない人は、とりあえず糸が結ばれていればいいでしょうみたいな感じだと思うんです。その認識でもその人のその後のキャリアにとっては、あまり影響を与えないと私も思いますが、このアプリで学習することによって、実は外科の先生は結び目を送るときに糸の加減をこう調整してきれいに送っていたんだみたいなことを知って理解したら、誰でもできるんですよ。

◉ 髙橋健吾(たかはし・けんご)
◉ 髙橋健吾(たかはし・けんご)
2023年度 特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」助成対象者。題目は「マルチモーダルデータを用いた、トランスフォーマーベースの疾患予測深層学習モデルによる支配的因子の特定と臨床応用このリンクは別ウィンドウで開きます

髙橋 そういう手技の教育は、熱心にコア技術や技の部分まで教える指導者もいれば、必要最低限の内容に留める指導者もいて、結構ばらつきがありそうですよね。そこでそういうプロフェッショナルな知見をガイドライン化して、手技をまねるようなもので研修医を指導する。単なる教科書的なものではなくて、医療現場で活かせる「感覚」や「直感」に基づいた指導がもっと増えれば、より実践的な学びが得られそうですよね。医者としてプロフェッショナルなことをしているという意識やプライドが刺激されることで、知識や技術の吸収にも繋がってくるのかなと聞いていて感じました。

永代 そこでの説明可能性って、キーワードなんじゃないかなと思うのですが。

髙橋 キーワードだと思います。

永代 そこが特に医療には大事ですよね。

髙橋 そうですね。説明つまり言語化できないと、医師や現場のユーザーがほんとに使えるものなのかということにも関わってきますし、誤解があるとインシデントにもつながってしまうので、そこはある程度明確な判断ができる情報を提示してあげないといけないと思っています。それは私が研究しているAIにも同じことが言えると思います。山田さんがAIを使い始めたきっかけはなんですか。

山田 私がAIを使い始めたきっかけは、検査技師の先生方のいわゆる“匠の技”を見たことがきっかけでした。感染症の原因菌の1つに、大腸菌と緑膿菌と言われる菌がいます。同じ『グラム陰性桿菌』という分類で色素で染めるとピンク色に染まる菌なのですが、ベテランの技師から見ると、緑膿菌はちょっと長細くて大腸菌は太いそうです。私にはわからないのですが、長年菌を見続けていると、そういった言葉で表しづらい特徴を捉えられるそうです。実は、AIにはそういった言葉にしがたい特徴でも学習して判別できると知っていたので、AIを使い始めました。実際に研究ではベテラン技師に近い精度が得られています。

髙橋 AIを現場の人に実際に使ってもらったときに、AIが何をいっているか分からないみたいな、そういうブラックボックス的なコメントもありましたか。

山田 ブラックボックスと思う事もあります。いま言った通り、AIは人間の言葉では表現しにくい特徴を捉え、学習し、判断に使う事もできます。たとえば、COVIDの抗原反応であれば、物質的な反応性を見ているという仕組みを医療者が知っているので結果に納得できるのですが、画像解析のAIの場合、なぜAIがその判断をしたのか知ることができません。

そこを、どう伝えればユーザーが安心・納得して使ってもらえるのかは、まだ悩んでいるところです。

髙橋 たぶんみんな探り探り、自分たちの独自の解析も織り交ぜつつ説明可能性を定義していることが多いのかなと思います。代表的なものはパラメータの勾配をヒートマップで可視化して、色ごとにAIの注目度合いを人間が判定していたりします。また、私の場合は、外部検証をすることも説明可能性を研究する上で必要になったりすることがあります。病院Aで学んだモデルを病院Bで応用したときに使えるかどうかという検証が外部検証と言われるものですが、実際やってみると所見や構造よりも、病院間の撮影条件が違うところからはじまります。

放射線画像は病院によって撮影機械や撮影条件も違う。技師さんの経験による撮影の違いも出ます。それからコンピュータービジョン系だと学習する際に難しいのが、放射線画像で黒く写る空気などです。そこが値としてはゼロになるので、勾配と呼ばれるパラメータが消失してしまい、学習が進まなくなることが起こります。

永代 それって駄目なんですね。

髙橋 黒いところに引っ張られてしまって全然人体の構造を見ていないという話があるのですが、面白いことにそれでも精度が高いものがあったりします。

論文を見てみると、きれいにここを見ているので信憑性がありますと書いてあったりするのですが、たぶん全部の画像で同じヒートマップを出してみると、疾患と関係ない臓器や空気の部分を見て判断していたりすることが、私の経験上確実にあります。そうなったときに、医療者に提示したときに空気の部分を見て、これは所見がありますと言って信頼しますかと。それなら、AIが判断したことに無理に診断が左右されるのではなくて、AIはこう思っているのね、くらいの感覚で医療者は捉えたほうが共創できる社会になるのかなと思っています。

永代 難しいですね。

山田 逆にAIのほうが人間より精度が高くなってしまったり、人間には分からないところをAIだったら分析できましたというように、AIが人間を超えてきた場合は……。

髙橋 ここ最近僕もそれを考えているのでよく分かります。

山田 言語化できないけれど、AIはこう言ってるからみたいな。

髙橋 人知をAIが精度的にも超えたときに、医療者の在り方はどうなるかみたいなこととか。

山田 それはそういう検査手法の一つだよねと受け入れられていく世の中にいつなっていくのかなと思います。

髙橋 実際に現場で働いている方は、AIの精度が高かったり、人知を超えてきたようなときにどういう反応をする人が多いんですか。

山田 内視鏡でAIが大腸癌があると言っているけれど、カメラで近くに寄っても人の目では分からないというようなことになれば、さすがにそれは医者としてはモヤモヤが残りますよね。難しいです。

永代 そうですよね。どうするんだろう。

山田 でも内視鏡の場合は、AIが言ったら組織を取ってきて病理で見ることができます。

髙橋 病理検査で。

山田 それで答え合わせができる。

髙橋 確かに。

山田 だから、AIはスクリーニングにおいては医者側からすると役に立つけど、確定診断をAIがやってしまうのはまだ難しいのかなと。

髙橋 AIが医師に代わって確定診断まで行うのはリスクがありますし、やはり最終的な判断は人間に委ねられるべきだと思います。AIはあくまで医師をサポートするツールとして機能するのが理想だと思いますね。

AIを中心に応用できる社会システムを

──日本の医療界の未来を考えていくときに、今後こうなってほしいとか、こうあるべきなのではという点はありますか。

永代 私は、手術をする人に対しての目線になってしまいますが、やはりこれまでは、少し表現がきついかもしれませんが、自己犠牲によって成り立っていたところがあった。診療科の特性上、長時間労働になりやすかったり、手術を行う人として一人前のスキルを身につけるのに時間がかかってしまうというのは、これはもう致し方ないことだとは思うのですが、そこにどうしても自己犠牲が伴ってしまう。それが最近、医師の労働時間規制が始まり、長時間労働によって診療を回したり、技術の習得を目指すようなこれまでの仕組みは無理があったということが明らかになってきました。そうすると仕組みは変えないといけません。

でも、やはり医師なので、自分のスキルが未熟で患者さんに迷惑をかけてしまうというのはすごく苦しいことですし、もちろん許されることでもないと思う。となると、これまでの、自己を犠牲にしながら時間をかけて手術を習得するという方法を変えないといけません。そのためにも、手術の習得をより効果的に、効率的に行えて、より多くの若手に手術に興味を持ってもらえるような仕組み作りに取り組んでいきたいと思います。

──お二人はいかがですか。

山田 感染症の学問の歴史は意外と浅く、この20年ぐらいで教育が充実してきました。全ての医師が正しい抗菌薬の選択ができているかというと、正直、なかなかできていない現状があります。だからこそ薬剤耐性菌という問題が出てきています。それなら感染症内科医を増やせばいいかと言われると、医師不足・偏在のため難しいです。

やはり技術を使ってサポートする必要があるのではと思います。すべてをAIが担える時代はまだまだ先かもしれませんが、その時代の一歩目を創っていきたいですね。

髙橋 私の研究領域はAIと医療ですので、まずはAIの社会実装がテーマとなります。2024年はAI研究者がノーベル賞を受賞したことで、AIの社会的受容が加速し、半ば強制的にAIが社会に浸透していく未来が現実味を帯びてきたと感じています。そのような状況下で、研究のペースを一段と引き上げる必要性を強く意識しています。私は医学部で研究していますが、工学部の先生とコーヒーブレイクのような形でアイデアを共有することもあります。そうした場で「そんな面白いことをやっているのか」と興味を持たれる一方で、病院の診断医と議論をする際には「AI技術ってそんなこともできるのか」と驚かれることも少なくありません。工学系と医学系ではお互いに知らない領域がまだ多く存在しており、お互いの共通言語を増やしていくことがアカデミアが社会実装を加速させる上で重要なのだと思います。言い方はおかしいですが、病院側が工学部のシーズみたいなものの社会実装役になるようなイメージです。

もちろん、実際に患者、人間を扱うのでプレテストのような軽い感覚で病院での社会実装はできませんが、眠っているシーズは確実にアカデミアにはあって、それをヘルスケアの領域にいかに応用できるよう社会システムを大学内でつくっていくかということが大事になってくるのかなというのは、肌で感じて思うところです。

人間とAIが共創する医療へ

未来を見据え共有していく

──最後に、それぞれの短期的、もしくは中長期的な目標、それからそれぞれにこういうところを期待しているなど、お互いへのエールみたいなことをお話しいただけますか。

山田 この助成プロジェクトは、技師、医療者のアイデンティティーとAIをどう受容していくかという調査をするものでした。実際に物を導入するのはこれから始まるところで、研究の期間中は、あくまで装置を仮で見ていただいたり、オンラインで説明をするような架空体験に対してのフィードバックだったので、これから実際に導入されたあとに、導入する前のAIのイメージと、導入されたあとに徐々にどこまでAIが攻めていけば受け入れられるのかというところを見極める研究をしたいと思っています。

永代 短期的な目標は、1回つくって使ってもらうのが終わったところなので、今回フィードバックを得たなかから次にどうしていくかという戦略を立て直して、どう変化させていいものをつくっていくかという、もう1サイクルをまわしたいと思ってます。

中長期的な目標は、やはり手術手技の習得を今よりも指導医に依存せずに効率的に、そして標準化は難しいかもしれませんが、少なくとも日本全国どこに行っても質の高い教育、指導が受けられて、手術できるようになりたいという人のモチベーションを絶やさずに一人前の外科医になるまで育てる仕組みづくりです。それは技術だけとも限らなくて、その仕組みを含めて今の指導医、トレーニー双方に受け入れていただけるような仕組みをつくっていくのは結構息の長い話だと思いますが、それに取り組んでいきたいです。

外科にもAIの波が来ていると感じますし、説明可能性というのが医療でAIを使うに当たってとても大事だなと個人的には思っています。先ほどおっしゃっていたAIが人間を超えた場合、超えるという定義も難しいですが、どう使っていくかみたいなところは本当にとても難しいと思います。自分も頭の中で、たとえば外科だと究極的にはロボットが自動で手術をするような未来が本当に来るのかというようなことは、教育をやるうえでは私も考えておかないといけません。エールというより自分の相談したいことになってしまいますが、やはりそこは私だけで考えても全然答えが出ない、もちろんもともと答えがないですが、どうしていったらいいかというところを含めて、分野は違いますがこうしてお互い未来を見据えている者同士、ぜひ共有していけたらいいなと思います。

髙橋 短期的なことに関しては、第一に卒業することというのは置いておいて、自分の説明可能性のような、そういうスタンスで研究を進めていこう、そういう切り口でAIの研究をしていこう、とようやく自分で始まりかけているところなので、そこの知見の獲得と、技術や知識の習得が目標です。

中長期的な目標は、皆さんとは違ってまだ物ができていなくて、計算上の話で今も実験している段階なので、何かしらの物に落とし込んでみたいです。それは結構ハードルが高いですが、自分でできなくても企業の人と連携して大学に眠っている、自分のものも含めてシーズのようなものを社会実装してみたいなと常に思っています。

AIの説明可能性で言うと主役になるのは理解する側だと思うので、自分の研究結果や知識を皆さんと共有して、今後もいろいろな面で関われたらいいですね。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.47掲載
発行日:2025年1月24日

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