取材・執筆:西田志紀(トヨタ財団プログラムオフィサー)
活動地へおじゃまします!
課題解決のために
「信頼と協働に基づくコミュニティ形成を目指して」というテーマを掲げ、2009年度から助成をスタートした「アジア隣人プログラム」は、コミュニティが抱える課題を解決するための、あるいは、課題解決に向け新たなコミュニティを形成するための実践的なプロジェクトを助成の対象としています。プログラム名が示すとおり、「隣人」つまり「一人ひとりの人のつながり」を大切に考える本プログラムは、その「つながり」が信頼と協働を通して、自然・文化・社会システムといった暮らしの局面に生じるさまざまな課題の解決に寄与することをねらいとしています。
プログラム開始年度の23件の助成プロジェクトを活動国別にみると、カンボジアでのプロジェクトが6件と最も多く、取り組む課題は、持続可能な農業、次世代教育、社会的企業などさまざまな分野にわたっています。
日本の半分ほどの国土を持つカンボジア(正式にはカンボジア王国)には、およそ1400万人もの人びとが暮らし、そのうちの約34%が15歳未満、約54%が15歳以上50歳未満と、人口の多くを若い年齢層が占めています。10月下旬におじゃましたどのプロジェクトも、若い方たちが中心となって、「つながり」の可能性を探りながら活き活きと真剣に活動に取り組んでいました。本稿では、シェムリアップで進行中の2件のプロジェクトの様子をご紹介します。
シェムリアップへ……、訪問先は二つのプロジェクト
プノンペンを飛び発ってから45分ほどで緑溢れるシェムリアップの町が眼下に広がります。視界に飛び込んできたシェムリアップの町は、雨季の終わりに降り続いた雨の影響で洪水となり、町全体が一面広い水田に変わってしまったかのようでした。はたして飛行機が着陸する場所はあるのだろうか……と窓の外を見ていると、まるで畦道のように一直線に伸びた滑走路にすっと着陸しました。オートバイが縦横無尽に走る首都プノンペンと比べ、背の高い大きな木々に囲まれ、ゆったりとした町並みが気持ちよいこの町での訪問先は、京都教育大学附属京都小学校の松原あけ美さんが代表をつとめる「こころの絵本プロジェクト」と、FMA国際ボランティアVIDES JAPANの稲川孝子さんが代表の「製パン法伝授によるカンボジア青年の自立・育成プロジェクト」です。
- [訪問先]
- カンボジア・シェムリアップ州
松原あけ美
(2007年度アジア隣人ネットワークプログラム、2009年度アジア隣人プログラム助成対象プロジェクト代表) - [助成題目]
- ケニア国HIV/AIDS罹患率の高い地域における子ども、妊産婦、母親、Guardians(保護者)を対象とした貧血対策を主とする栄養改善のための効果的介入活動についての研究
健康と行動変容:崎坂氏プロジェクト
太陽が照りつける日中は気温が高くなるからか、カンボジアの官公庁は午前7時30分に始業するそうです。「朝早くから活動しているからいつ来ても大丈夫です」との言葉を受け、プロジェクトの方たちの滞在先に午前7時過ぎにおじゃましたところ、その日の午後に孤児院で行う絵本の読み聞かせのための練習が始まりました。本プロジェクトは、2007年度の「アジア隣人ネットワークプログラム(アジア隣人プログラムの前身)」での助成に引き続き2009年度に継続助成として採択されたもので、代表を務める松原さんが創作した絵本を用いて子どもたちの「こころの教育」活動を行っています。
前回の助成による活動では、日本語・英語・クメール語と3ヵ国語で同時に書かれた絵本『2ひきのへび』を制作し、カンボジアの孤児院に暮らす子どもたちに届けました。過酷な環境だからこそ「こころを育む」ための時間が必要なのでは……と考えた本プロジェクトは、自分のこころと向き合う『2ひきのへび』を届ける際に、大型の紙芝居にした同絵本の読み聞かせを行いました。協力団体であるNPOを通して構築したネットワークから、プノンペン大学の学生が絵本の読み聞かせ活動に賛同して参加するようになるなど、活動に広がりが生まれています。2009年度からの活動は、新たに教材絵本を作成し、絵本の読み聞かせと配布活動を行うとともに、読み聞かせを行うことのできるカンボジアの若者の育成をめざしています。
さて、先述した午前7時の読み聞かせ練習には、教師をめざすプノンペン大学の学生と、孤児院で育った10代半ば過ぎの4人の青年の5人が、真剣な面持ちで松原さんの指導を受けていました。今まで支援される側、読み聞かされる側だった孤児院出身の4人は、「同じ境遇に育つ自分の弟や妹たちに読み聞かせたい」と自ら立候補してこの活動に参加しているそうです。「はじめまして」と挨拶する私に、とても照れくさそうに自己紹介をしてくださった「へび」役の2人は、絵本を読み始めると声色が変わり大きな声を出していました。前日の練習で上手く読めなかった彼らが夜遅くまで自己練習に励んでいたことを、厳しくも暖かい眼差しで2人を見守っている松原さんが教えてくださいました。
午後に訪問した孤児院では、よちよち歩きの赤ちゃんから10代半ばほどのお兄さん・お姉さんまでおよそ50人が待っていました。紙芝居の始まり部分では、読み手の緊張が伝わってきたものの、物語の中盤に「2ひきのへび」の体が一つに絡まる場面になると、自らの腕を絡ませてへびの様子を表現するなど、楽しそうに役になりきっている姿が印象的でした。紙芝居を見ている側の子どもたちの視線は一直線に向けられ、物語の展開にそって心配そうな顔になったり笑顔になったりと、くるくると表情が変わり、子どもたちのこころが動いている様子が私にまで伝わってきました。
紙芝居を読み終え、達成感に溢れた恥かしがり屋の青年の顔を見ていると、「読み聞かせのできる人材を一人からでも育てたい」、「絵本を届ける際には、ただ単に配るのではなく、きちんと読み聞かせ活動を行いたい」という松原さんらプロジェクトメンバーの思いが、着実にカンボジアの若者のこころに届いていると感じました。残りの助成期間では、今まで関わりのあった孤児院以外にも現地の幼稚園や小学校などへと少しずつ活動の幅を広げ、日本国内でも絵本の読み聞かせコンサートを開催し「こころの教育」を行うとともに、カンボジアの現状を知らせて理解を深める活動を行っていくとのことです。
- [訪問先]
- カンボジア・シェムリアップ州
Phin Phirom(ピン・ピロン)
(2009年度アジア隣人プログラム助成対象プロジェクトメンバー。代表は稲川孝子) - [助成題目]
- プロの技術者より製パン法を伝授するプロセスを通してカンボジア貧困層青少年の自立と基本的人間育成を目的とする協働プロジェクト
青年の自立につながる、パン学校プロジェクト
次におじゃました先は、稲川孝子さんが代表を務める「製パン法伝授によるカンボジア青年の自立・育成プロジェクト」です。このプロジェクトは、カンボジアの青年に製パン技術を教えるとともに、市場ルートを確立し、彼らが正当な報酬を得て基本的な生活をおくることができるように、また、単に製パン技術を学ぶのではなく、労働とともに得た集中力や継続力などが青年の自立につながることを目的としています。
プロジェクトの舞台はシェムリアップから6キロほどの距離にある「Bosco Bakery School(以下BBSと表記)」です。観光で賑わうシェムリアップの中心部から目と鼻の先くらいの距離にありましたが、その周辺では、川で沐浴をする子どもたち、枝で作った釣り竿から糸を垂らして魚釣りをしている少年、寝そべりながら話に花を咲かせる男性たち、そして忙しそうに軒先を掃く女性の姿と、観光地とは違うカンボジアの人びとの暮らしがありました。
BBSの社長を務めるピン・ピロンさんに案内していただき、午前7時過ぎにBBSにうかがうと、400個のパンを焼き終えたばかりのパン職人の青年たちがはにかんだ笑顔で迎えてくださいました。焼き上げるパンの種類は日によって違うそうですが、毎日夜10時から翌朝にかけてパンをつくり、シェムリアップ市内・近郊に配達しているそうです。うかがった日は、美味しそうなメロンパン・食パン・ラスクなどが焼き上げられていました。現在までに開拓された販売ルートは、スーパーマーケットなどの委託6ヵ所、カフェなどの予約・下請け8ヵ所、委託の引き上げ品を売る4ヵ所となっています。
ピロンさんによると、世界同時不況の影響を受けてシェムリアップを訪れる観光客が減り、売り上げが伸び悩んでいるとのことで、「スタッフへの給与のことを考えると頭が痛いです」とおっしゃっていました。彼女はVIDES JAPANの支援を受け日本の大学で幼児教育を学び、卒業後プノンペンの幼稚園の先生として働いていました。その後、VIDES JAPANの稲川さんのラブコールを受けてシェムリアップに移り住み、BBSに勤め始めました。当初は、はじめて挑戦することばかりで、毎日が苦労の連続だったそうです。なかでも食品を扱う場所ならば特に気をつけなければならない衛生の観念をスタッフに教えることがとても大変だったとのこと。床も壁も台も機械も輝くほどに磨き上げられ、塵一つ落ちていない現在の調理場からは想像できませんが、雑巾を持って掃除の手本を見せ、丁寧に繰り返し伝えてきた彼女の成果をピカピカ光る調理場から拝見することができました。
「いずれは元の職場である幼稚園に戻って幼児教育に携わりたいのです。それまでにBBSで安心して経営を任せることのできるスタッフを育てたいなと思っています」と語るピロンさん。彼女の思いの通り、今ではピロンさんが研修などで現場を離れたとしても、数日間ならば任せることのできるスタッフが育ってきているそうです。「知らないことはできない。教えられたことがないからです」と、前述した掃除の方法のように、一人ひとりのスタッフの性格や得手不得手をしっかりと見つめて根気よく指導するピロンさんの姿勢は、今までの幼児教育での経験が活かされているのがよく分かりました。
「家族のため」「進学するため」に働く人をスタッフに採用するそうで、なかには、BBSの給料を大学進学費用に充てて会計を学んでいる人もいます。ピロンさんの明るい性格も影響してか、とてものびのびと本当の兄弟のような雰囲気で活動が展開されていて、焼き上げられたパンのようにふんわりとした気持ちでBBSを後にしました。
今回おじゃましたプロジェクトは、取り組みの切り口は違いますが、「絵本」、「パン」をきっかけに、どちらも人と人がじっくりと向かい合う時間を大切にしていました。「つながり」を持つことで自信を得た絵本の読み手の青年、楽しそうに働くパン職人の青年たち、そして、彼らと向かい合うエネルギッシュで凛とした女性の姿……。BBSのパリッと硬く甘いラスクをいただいたら、厳しい環境ながらもたくましく笑顔で活動に取り組む彼らの姿が思い出されます。お世話になった皆さま、ありがとうございました。
公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.5掲載
発行日:2010年12月14日