公益財団法人トヨタ財団

活動地へおじゃまします!

23 「IoTで子どもたちに新しい世界を開く─地域の課題解決と未来を探る相互体験」宮城県大崎市川渡小学校を訪ねて

宮城県大崎市川渡小学校
宮城県大崎市川渡小学校

取材・執筆:加賀 道 (トヨタ財団リサーチフェロー)

活動地へおじゃまします!

今回、特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」の助成を受けている齋藤理さんのプロジェクトの一環として開催されたワークショップにおじゃましてきました。本プロジェクトの主役は高等専門学校(以下、高専)生です。高専の学生が教室を飛び出し地域課題を発見し、AIやIoT等で解決の手法を構築することが本プロジェクトの大きな目的です。また、自分たちの学んだ技術を小学生に教えることで、学習の定着を深めることも狙っています。

私が訪れたのは、高専の学生が小学生にIoT技術や高専がどんなところなのかを教えるワークショップでした。なんと、開催地は私の母校であり、息子二人も通っている宮城県大崎市川渡小学校です。

[訪問地]
宮城県大崎市川渡小学校
[助成題目]
地域課題を題材とした高専における実践型IoT教育カリキュラムの研究

鳴子地域の抱える課題への取り組み

小学校を訪問する前に高専の学生たちは実際に中山間地域に出向き、温泉旅館や農家で「困りごと」についてのヒアリング調査を実施。これまで身に付けてきた技術を使って解決策を考えました。
小学校を訪問する前に高専の学生たちは実際に中山間地域に出向き、温泉旅館や農家で「困りごと」についてのヒアリング調査を実施。これまで身に付けてきた技術を使って解決策を考えました。

川渡小学校は、宮城県の北西部、鳴子温泉地域の入り口にある、山々に囲まれた自然豊かな学校です。鳴子地域は15年前に広域合併により鳴子町から大崎市になりました。旧鳴子町内には高校がもともとなく、高校に通うためには電車で近隣の市や町まで通学する必要があります。私の場合は片道2時間半かけて高校に通っていました。

そのような環境のため、子どもたちが高校生や大学生と触れ合う機会がほとんどありません。子どもたちにとって、自分の近い将来を想像することが難しく、どのような人生の選択肢があるのかについての情報源がとても限られています。特に、周辺の高校には、先端技術を専門的に学べる学校がないため、技術者になるという選択肢がほとんどないという状況にあります。

一方、高専の学生は、5年制という長期の高等教育機関で先端技術をみっちり仕込まれます。しかし、高専としては、これからのDX時代において、単に技術を持っていても人材育成としては不十分であり、身に付けた技術が社会とどうつながっているのか、社会にどう役立つのかを学生に実感してもらう機会が少ないという課題を抱えていたと言います。

今回のプロジェクトでは、技術力を身に付けた高専の学生が実際に中山間地域に出向き、そこで暮らす方々の生の「困りごと」を聞き取り、その課題を解決するため、これまで学んできた先端技術を活用して解決策を考えます。このことにより、高専生は地域課題を知り、自分が学んでいる技術を社会に活かせることを体感できるというわけです。

既に、当プロジェクトでは、高専の学生を連れて鳴子やその周辺地域において、温泉旅館や農家を訪ね、「困りごと」についてのヒアリング調査を実施していました。たとえば、温泉旅館では、フロントから遠い浴場について、湯加減の管理や、貸切風呂の空き状況把握などが難しい、禁煙の部屋にも関わらず喫煙する宿泊客がいるといった困りごとが聞かれました。また、農家では、獣害対策のための罠に獲物がかかったかどうかを確認する作業に労力がかかるといった話が出されました。

これらの困りごとを高専に持ち帰り、学生たちはアイディアをまとめ、これまで身に付けてきた技術を使って解決策を考えます。

母校でのワークショップの様子

齋藤さんの自己紹介
齋藤さんの自己紹介

私が訪ねたワークショップ会場の教室には、学生たちがまとめたポスターや実際に開発した機械が展示されていました。今回は、小学5年生とその保護者に対し、高専生がプログラミングについての体験ワークショップをおこなったり、地域課題解決のために開発した技術について実際に見てもらったりする授業の一コマでした。

代表者の齋藤さんは、実は今回の主役となる仙台高専の卒業生です。卒業後、自動車の制御部品を作る会社に就職し、その後、地域おこし協力隊として鳴子地域に移住されました。専門技術を持ちながら、地域の歴史やまちづくりなどへの関心も高い稀有な人材です。現在は、「ITを軸としたモノ・コトづくり」をおこなっている仙台の企業で働いていますが、コロナ禍の影響で完全在宅勤務に切り替わったため、鳴子地域に暮らしながらリモートでお仕事をされています。自己紹介では、「僕は川渡小学校の近くに住んでいて、自宅でITのお仕事をしています」ということを子どもたちに伝えていました。聞いていた子どもたちやその保護者は、そんな暮らしがこの地でできるのか! というような驚きの声を上げていました。

今回のプロジェクトでは、代表の斎藤さんは高専と鳴子地域をつないだり、小学校との連携に向けて奔走されたりするなど、全体のプロジェクトのコーディネーターとして動き回っています。

齋藤さんの自己紹介に続き、高専の学生からも自己紹介や高専についての紹介の時間が持たれました。学校では、いろいろな研究ができること、自宅が遠い学生は寮生活を送っていること等について写真付きのスライドを見せながらの発表を、子どもたちは食い入るように聞いていました。

部屋の明るさを計る機械を作る体験の様子。
部屋の明るさを計る機械を作る体験の様子。

今回の体験ワークショップは、「学年PTA行事」という、学年ごとにPTAが企画運営する枠を使って実施されました。小学校の授業としてカリキュラムに組み込まれるのは簡単なことではなく、ひとつの学校だけでなく教育委員会などを含めた合意を得る必要があるなど、大変な時間を要します。代表者の齋藤さんは知恵を絞り、さまざまな角度から学校や保護者へアプローチし、まずは学年PTAの枠を利用してワークショップの実現にこぎつけたそうです。このような経緯もあり、この体験ワークショップには5年生の子どもたちだけでなく、保護者も一緒に参加されていました。保護者にとっても、高専やIoT技術、プログラミングなどといったものは身近な存在ではなく、みなさんも興味を持って参加されている様子でした。

体験ワークショップでは、部屋の明るさを計る機械を作る体験等をおこないました。タブレットの画面上にプログラムを設計し、それに応じて手元に用意されたブロック状の部品を基板に差し込んでいくと、部屋の明るさが数値として画面に表示される装置が完成します。子どもたちは、高専の学生に質問をしながら、次々と装置を完成させ、部屋のあちこちの明るさを計っていました。みんな、夢中で取り組んでいます。後方で見学していた先生が、「○○ちゃん、いつもはすぐに飽きておしゃべりしたりするけど、今日は全然していない!」と驚いたようにつぶやいているのが印象的でした。

次に、高専の学生たちが、鳴子周辺の旅館や農家さんから「困りごと」を聞き、それをもとに開発した機械の紹介をおこないました。教室の窓際に飾られた機械の周りに子どもたちが群がり、興味津々の様子です。

みんなの周りにも困ったことがあったら、もしかすると、今日勉強したようなIoT技術で解決できることがあるかもしれないよ、という話を聞き、子どもたちはプログラミングの体験をした直後ということもあり、夢がぐっと広がったような、そんな表情を見せていました。

高専の学生たちも、自分が学んだ技術を活かし地域の困りごとを解決できることが嬉しかった、技術が社会とつながっていることを実感でき、社会貢献できたと感じた、ということを教えてくれました。この経験は学生にとっても大きな気づきの場となっているようです。

今後に向けて

実際に現場を拝見してみて、高専を舞台にプロジェクトを展開していることで、モデル化の実現可能性が高いということを感じました。というのも、仙台高専が、COMPASS(次世代技術教育のカリキュラム化)事業におけるIoT分野の拠点校になっており、今回プロジェクトで構築している教育モデルが先行事例として取り上げられれば、全国に50校以上ある国立の高専に水平展開しやすい形になっているのです。

しかし、課題もあります。小学校の教育現場にカリキュラムとして組み込んでもらうことが非常に難しいという点です。今回は学年PTAの枠を活用して試験的に実施され、子どもたち、保護者、学校側から好評を得たとのことですが、すぐにカリキュラム化されるわけではなく、今後も、まずは総合学習の時間等を使い、同様の活動を実施することになりそうです。

また、一番強く感じたことは、高専の先生も小学校の先生も超多忙な毎日を過ごされている中、先生方に負担をかけずによい授業を提案するためには、モデルを提示するだけでなく、実施に際し学校や地域をつなぐコーディネーターが不可欠だということです。今回は、代表者の齋藤さんがその役割を果たしていましたが、モデル化する際に、コーディネーターも組み込んだ形で展開できるかどうかが成否を分けるのではないかと感じました。

高専の学生たちが「困りごと」解決のために開発した機械に集まる子どもたち(右)。体験ワークショップ終了後は、高専の学生を子どもたちが質問攻めにしていました(左)。
高専の学生たちが「困りごと」解決のために開発した機械に集まる子どもたち(右)。体験ワークショップ終了後は、高専の学生を子どもたちが質問攻めにしていました(左)。

コロナ禍の中、2021年4月から開始された2年間のプロジェクトとしては、非常によい滑り出しと言えます。手ごたえを感じつつ、モデル化の難しさも見え始めた当プロジェクトの今後の展開を楽しみに見守りたいと思います。

川渡小学校での体験ワークショップ終了後、教室では高専生や齋藤さんは子どもたちに取り囲まれ、「どうすれば高専に行けますか」、「高専に入学するためには今からどんな勉強をすればよいですか」等、質問攻めにあっていました。プロジェクトの目的の一つであった、地方の子どもたちの職業選択の幅を広げるきっかけになったのではないかと感じました。子どもたちが、新しい世界に出会ってとても嬉しそうな様子を目の当たりにして、私自身も嬉しくなるような、そんな経験ができた一日でした。

最後にみんなで記念撮影をしました。
最後にみんなで記念撮影をしました。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.38掲載
発行日:2022年1月20日

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