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コミック『やさしい未来へ』

kenkyu
研究助成
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書評

やさしい未来へ

〈書籍情報〉

書名
やさしい未来へ
著者
綿村英一郎・なかはらかぜ
配布先
Amazonこのリンクは別ウィンドウで開きます
定価
無料(Amazon Kindle版)

〈助成対象者情報〉

[プログラム]
2022年度 研究助成プログラム
[助成題目]
児童相談所の後方支援を担える社会システムの構築このリンクは別ウィンドウで開きます
[代表者]
綿村英一郎

コミックならではの伝わりやすさ

執筆者 ◉ 家子直幸(公務員)

[プログラム]
2019年度研究助成プログラム
[助成題目]
児童福祉領域における知識仲介の研究 ―機能のモデル化と試行的実装このリンクは別ウィンドウで開きます
[代表者]
家子直幸

『やさしい未来へ』は、児童福祉の現場で働く(意向をもつ)方々へのインタビューや市民アンケートなどからエッセンスを抽出して、約100ページの紙幅にギュッと詰め込んである作品です。

業務の実態があまり知られていない一方でイメージが先行しがちな児童相談所について、一時保護の判断、職員の離職、司法面接など、近年の重要トピックを題材に、親・子ども・関係機関といった複数の視点を通じて、児童相談所を取り巻く環境や職員の苦労とともに、子どもや家庭を支える業務のやりがいや意義にも焦点を当てて描いているのが特徴と言えます。児童虐待への対応というと、どうしてもつらい内容ばかりを想像してしまいますが、あたたかみのあるイラストによって重苦しさを感じずにスイスイと読み進められます。

作品内では児童相談所職員をはじめ、児童福祉に携わる対人援助職の葛藤が丁寧に描かれています。

相談対応やケアといった人に関わる業務では、迷いや不安を抱えつつも、時間や資源に制約がある中で最善の判断や対応に努めることになるのですが、こうしたプロセスが社会で前向きに取り上げられることはほとんどありません。さまざまな批判や誤解を受けやすい分野なのですが、その裏側で職員がどんな気持ちを持っているかを想像するきっかけになるとしたら、またそれが対人援助職に対するやさしい眼差しにつながるとしたら、とても画期的なことです。

そして、そうした批判や誤解以上に、児童福祉は多くの市民が自分ゴトとして捉えづらいテーマですが、それをコミックという媒体で表現することは、研究者としての大きな挑戦でもあったはずです。

作中では、登場人物が思いを巡らせるシーンがあります。

── きっと「虐待する」と呼ばれる親は「普通」と呼ばれる親の延長にいる(中略)。それなのに「自分とは違う人たちだ」という意識が自称「普通」の親たちと虐待する親との距離を広げていってしまう……

コミックの元ネタである市民アンケートの結果では、児童相談所への信用や児童虐待への関心といった質問に「どちらともいえない」と回答した割合が4~5割となっています。こうした状況を学術論文で詳細に考察するのではなく、市民社会に広く働きかけるために読み手にやさしいコミック形式が採られており、原作を手掛けた綿村英一郎さんが研究者としての社会貢献のありようを提起したもの、とも言えるでしょう。

児童福祉分野で働く人たちを知るためにも、純粋にコミックとしても、あるいは研究成果の新たな表現方法としても、たくさんの面白さや学びが詰まった内容です。無料公開されていますので、気軽に手に取ってご覧ください。


他人ごとではない身近な問題

執筆者 ◉ 斎 典道(NPO法人PIECES代表理事/ソーシャルワーカー)

[プログラム]
2022年度国内助成プログラム
[助成題目]
子どもの孤立を防ぐための協力・共創プラットフォームの構築プロジェクト このリンクは別ウィンドウで開きます
[代表者]
斎 典道

昨今の児童虐待への関心の高まりとともに、児童相談所の存在は広く世の中に知られるようになった。では、児童相談所で働く人たちが何を担い、日々どんな困難や葛藤と向き合っているのかについて知られているかというと、その中身についてはほとんど知られていないのが実状であろう。

本書が描くのは、ともすると批判の対象となりがちな児童相談所のリアル。そして虐待をする保護者と、取り巻く関係者たちのリアルな姿である。それらをコミックという多くの人が手に取りやすい形で描き出していることにまず大きな特徴がある。著者が本書を通して伝えているメッセージ。その一つに、異なる立場にいる人、あるいは「自分とは違う」と認識しがちな人もまた、私たちと同じひとりの人である、という眼差しの大切さを受け取ることができる。

児童相談所は、100のうち1の判断の誤りが命取りになる立場にある。そのため、その1の誤りをもって時に批判に晒されてしまう。しかし、子どもの安全や尊厳を守るために様々な不安や葛藤を抱えながら、日夜奔走する姿を目にする機会は少ない。また、メディアを通じてセンセーショナルに報じられがちな児童虐待についても、その実は誰もが隣り合わせの出来事であり、虐待する保護者も、孤独や孤立の中に生きるひとりの人である。

児童虐待の背後にある複雑さを正確に理解することは難しい。さらに、支援現場が抱える構造的な課題については改善の余地も大きい。それでも、安易な非難や偏見もまた児童虐待問題の本質的な解決を遠ざけてしまう。まずはそこに登場する人たちが、同じひとりの人であるという感覚(≒共在感覚)を持つこと。それが一市民としての関わりの第一歩であるという著者からのメッセージを一人でも多くの人と共有したい。

本書の後半では、医療・福祉・教育・司法など児童虐待の関係者同士で意見の相違から衝突が生まれる場面がある。その中で、児童虐待に関わる関係者もまた、それぞれの正義や信念を抱えていること。その背景にある関係者の心の痛みや傷つきが共有されることで、関係性を深める様子が描かれている。

児童虐待の支援現場は常に緊迫している。関係者同士の意見の衝突も珍しくない。だからこそ、子どもにとっての最善の利益を追い求めるためには、関係者が立場や役割を越えてつながり、対話的な時間を重ねることもまた重要であるという示唆は意義深い。

児童虐待と聞くとどこか遠くのことのように感じてしまう人、児童虐待の問題に日々向き合う関係者の人、そのどちらの人にもお勧めしたい一冊である。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.46掲載
発行日:2024年10月25日

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