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人類の想像力史における転換点を迎えて

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人類の想像力史における転換点を迎えて
フランスナント市で毎年開催されている国際SF大会Utopialesに招待され講演を行なった。中央が筆者(2024年11月)
フランスナント市で毎年開催されている国際SF大会Utopialesに招待され講演を行なった。中央が筆者(2024年11月)

著者 ◉ 大澤博隆(慶應義塾大学理工学部管理工学科 )

[プログラム]
2022年度特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」
[助成題目]
人工知能と虚構の科学:AIによる未来社会の想像力拡張
[代表者]
大澤博隆(慶應義塾大学理工学部管理工学科 )

人類の想像力史における転換点を迎えて

生成AIを中心とした人工知能技術の発達が猛スピードで進んでおり、研究者としても追いつくのが精一杯の状況です。特に、Meta社が自身の大規模言語モデルをオープンにしてしまったことによる技術加速が大きいと言えるでしょう。直近では、中国のDeepSeekが公開したDeepSeek-R1の性能が恐ろしく、数学、プログラミング、一般知識のテストで高い成績を収めています。ちょっとした試験問題なら数十万円で買えるPCで全て解けるレベルにある、と言えるでしょう。こうしたものがスマートフォンで動く世の中も遠くありません。

ちょっと前には、こうした人工知能技術を規制するべきではないか、という議論がありましたが、個人的には、人類はそのような規制を行うタイミングを逸したと思います。すでにトップクラスのAIを動かすだけの計算資源が世界に普及してしまっており、一度普及してしまった技術を元に戻すことは無理ですから、今後は、こうした生成AIがあることを前提に、世の中を組んでいくしかありません。

慶應義塾大学にて、中国のSFとビジネスの関係について講演を行った呉岩氏(2024年9月)
慶應義塾大学にて、中国のSFとビジネスの関係について講演を行った呉岩氏(2024年9月)

私はSFの研究を行っており、トヨタ財団では「人工知能と虚構の科学」のプロジェクトについて、支援をいただいております。このプロジェクトでは人工知能技術とSFとの双方の関係をさまざまな形で模索しています。前述のように、当初想定した以上の技術加速が起こっており、現在、作家の側も、人工知能技術の発展について懸命に追いつこうとしています。

昨年の芥川賞で、九段理江さんの『東京都同情塔』の一部に人工知能の生成した文章が使われたことは話題になりました。この手の話で最もセンスが高いのはSF作家で、私が昨年9月まで会長を努めていた日本SF作家クラブでも、『AIとSF』『AIとSF2』という短編集が出ています。特に『AIとSF2』に書かれた樋口恭介さんの「X-7329」は、ChatGPTを上手く制御して作った、彼の作品と言えるものになっていました。

呉岩氏および共催である日本SF作家クラブ参加者との記念撮影
呉岩氏および共催である日本SF作家クラブ参加者との記念撮影

また長谷敏司さんの『竜を殺す』は、いまの時代を捉えた中編でした。元は2019年に人工知能学会の学会誌に書かれた「生きずして書く」という作品のリメイクですが、「AIを使って小説を書く失業した兼業作家と、殺人を犯してしまった息子を巡るミステリ」という骨子は同じでも、数年を経て、破壊力が違います。作家の想像力が行き届いている、と感じたのは、たとえば冒頭のシーンです。

貧困層の主人公は息子が殺人を起こしてしまったことを知り、留置場に向かうわけですが、そこで会ったのは普段と全く喋り方の違う息子でした。息子はスマホを求めており、未来の世界ではスマホのアシストなしではまともに喋れない、という様子が描かれます。技術が補佐できない環境として、研究者は高山や宇宙など、極端な状況を考えがちです。しかし、社会にはもっと身近なリスクがあります。留置場に入れられた人間は情報技術を簡単に持つことはできません。最も必要なときに、手助けできない情報技術とはなんだろう、と考えさせられました。

また、『AIとSF』では安野貴博さんが『シークレット・プロンプト』という作品で、国家がAIを介して行ってしまうマイノリティへの差別が書かれており、これも示唆的な話だと思います。安野貴博さんはその後、東京都都知事選に出られ、15万票を獲得され、GovTech東京のアドバイザーを努めています。AIエンジニアであり起業家であり、SF作家である人間が、文字通り政策に関わる、というのも、ある意味では時代の流れだと思います。

Utopialesの会場の様子
Utopialesの会場の様子

こうした中で、SFの想像力をより積極的にビジネスに活用しようという流れが加速してきました。SFプロトタイピングと呼ばれる、未来の社会をプロットの形で描き、そこからバックキャスティングで必要な技術を求めていくというやり方が、企業だけでなく行政でも普及しています。我々も昨年はNISTEPのSFプロトタイピングを手伝いました。また、昨年はAIアラインメントネットワークおよび人工知能学会と共同で、「超知能がある未来社会シナリオコンテスト」を行い、いくつかのシナリオを得ています。

昨年1月には慶應に日本の大学組織初のSFに関するセンター「慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センター」を作りました。反響はかなり大きく、1月にはフランス大使館での招聘、4月には日本SF作家クラブと共同で代官山蔦屋書店でイベントを行い、9月にはドイツ日本文化研究所で講演、11月にはフランスCEAParis-Saclayの研究者に呼ばれ、センターに関する目的などをCEAParis-Saclayおよびナント市で行われたUtopialesで話しました。また、9月には慶應義塾大学にて中国南方科技大学の人類科学想像力センター所長でSF作家の呉岩先生をよび、中国のSFとビジネスの関係について講演をいただきました。

すでに小説や絵、映画やアニメーションなどを作成できる生成AIの発達は、創作産業を破壊的に変更する可能性があると言われています。一方で、この流れはある意味、出版産業が成立する以前の、物語が「物を語る」人々のコミュニケーションであった時代に回帰するキッカケかもしれない、と思っています。現在、日経「星新一賞」で人工知能を使った作品で賞を取った、SF作家の葦沢かもめさんに研究員として入っていただき、人工知能技術によって想像力を助ける研究をすすめています。

時代の流れが早く、若干翻弄されつつありますが、人類史におけるターニングポイントに、うまく食らいついていきたいと考えています。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No. 48掲載
発行日:2025年4月8日

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