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地域資産の発掘と社会的つながりの再生─歴史的町並み保存NPOのアジアネットワーク

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国際助成
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寄稿
ネパール・パタン旧市街の見学
ネパール・パタン旧市街の見学 

著者 ◉ 岩井一郎(公益社団法人奈良まちづくりセンター副理事長)

[プログラム]
2022年度国際助成プログラム
[助成題目]
アジアの歴史都市における市民ワークショップ方式による潜在的な地域資産の発掘と活用─社会的つながりの再生強化を目指して─
[代表者]
藤野正文(公益社団法人奈良まちづくりセンター)

地域資産の発掘と社会的つながりの再生─歴史的町並み保存NPOのアジアネットワーク

国際交流活動とアジアのネットワーク

奈良まちづくりセンター(NMC)は、奈良県内の町並み保存を担う市民組織として1979年に設立され、1990年以降はアジアとの国際交流にも取り組んでいる。

国際交流を始めた当初、市民主体の町並み保存においてNMCはアジアの先駆者的存在であったが、多言語を駆使する国際性、援助を獲得する交渉力、多文化共存の視点など、交流の中でむしろアジアの組織から学ぶことが多かった。いつの頃からか、「学びあい」がNMCの国際交流活動の合言葉になる。政治的対立や経済的混乱の時期を幾度も乗り越え、30年以上に渡り市民目線の交流を続けたのは我々の誇りである。

NMCは早くから町並み保存NPOの国際ネットワーク形成にも取り組み、2013年にはアジア・ヘリティジ・ネットワーク(AHN)を結成した。現在、マレーシア、インドネシア、タイ、ミャンマー、ネパール、モンゴル、カンボジア、韓国、中国、台湾、日本などの組織が参加し、SNS上での情報交換や国際会議の開催などの活動を行う。

アジアつながりプロジェクトの基本理念

中国・泉州の児童を対象とする南音継承活動
中国・泉州の児童を対象とする南音継承活動

アジアの町並み保存活動は一定の市民権を得つつあるが、経済発展に伴い再開発は加速し、歴史的町並みは依然として危機的状況にある。同時に、近代化の過程で町並みの基盤たるコミュニティは変質し、建築物の外観のみ保存され、生活文化の深みのない町並みが増える。生活感やにぎわいに溢れる「アジア的価値」をいかに再生するかが、課題として浮上している。

このため当プロジェクトでは、「社会的つながりの再生と強化」「潜在的な地域資産の再発掘と活用」の2点を基本理念とした。その理念の実現に向け、中国の泉州とネパールのパタンにてモデルプロジェクトを実施した。両都市の選定理由は、無形文化遺産など地域資産が豊富で、住民参加による保存活動の萌芽があり今後の展開に期待できるためである。
 

中国とネパールにおける無形文化遺産の継承

ネパール・パタンの職人による木彫工芸
ネパール・パタンの職人による木彫工芸

泉州は中国南部に位置する港湾都市で、8世紀以降海のシルクロードの拠点として栄え、伝統音楽「南音」を初め、有形無形の多彩な遺産に富む。町並み保存を担うのは泉州郷愁経済学堂というNPOである。2017年にNMCは初めて泉州を訪れ、彼らの住民ワークショップに飛び入りで参加し、中国で住民の直接参加によるまちづくり活動が始まったことに、強い感銘を受けた。

泉州のモデルプロジェクトは南音の継承を目的とし、劇場や楽器工房が集中する泉州旧市街と南部郊外の石獅を対象とする。石獅の児童たちが旧市街のプロの演奏家や楽器職人に南音を学び、地域間交流と世代間交流を誘発した。今後は、南音を介した社会的つながりが拡大し、幅広い町並み保存活動に昇華することを期待したい。

一方、パタンはネパール中央部の歴史都市で、王宮広場にある寺院や宮殿を初め、当地ネワール族の建築遺産が受け継がれる。伝統工芸技術が今に残り、歴史建築を精巧な彫刻や金属装飾が覆う。

ここでは、カトマンズ盆地保存トラストというNPOがモデルプロジェクトを実施した。そのテーマは職人技術の記録ビデオの製作で、仏像の厨子を彫刻する木彫工芸と、ハンマーにより浮き彫りを打出す金属工芸の技術を記録した。ネパールではカースト廃止に伴い職業選択が自由化された反面、工芸職人が激減したという。今後、伝統工芸の素晴らしさをアピールするビデオを最大限活用し、現代的な育成システムにより後継者確保が進むことを期待したい。
 

国際シンポジウムでのアジア全体の学びあい

AHN国際シンポジウムでの各地の報告
AHN国際シンポジウムでの各地の報告

当プロジェクト最大のイベントは2023年12月に開催したパタンでのAHN国際シンポジウムであった。これは、ネパール、中国、マレーシア、インドネシア、タイ、ミャンマー、モンゴル、韓国、日本から約60名が参加する盛大なイベントとなった。

日程は3日間で、初日にはネパール、ユネスコ、日本の専門家による基調講演とパタン旧市街の見学があり、2日目にアジア各地の活動報告を行った。最終日には、泉州とパタンからモデルプロジェクトの中間報告があり、参加者が各地域に根差した無形遺産などをテーマに意見を交換した。パタンの木彫工芸に挑戦するプログラムや即席での南音の演奏もあり、参加者はフェイストゥフェイスの交流を心から楽しんだ。
 

プロジェクトの総括とネットワークの未来

AHN国際シンポジウムの主要参加メンバー
AHN国際シンポジウムの主要参加メンバー

当プロジェクトは、コロナ終息後の国際交流再開の波に乗り、多大な成果を上げることができた。これは、泉州とパタンのNPOが、建築遺産など有形遺産の保存のみならず無形遺産に着目し、地域の多様なセクターを巻き込み主体的に活動したことが大きい。

中国やネパールという市民活動に関して後発の国々でも、意欲的なNPOが育ちつつあり、アジアの町並み保存活動の未来の可能性を感じる。シンポジウムでは、互いの文化的背景の違いを尊重しつつ、地域資産と社会的つながりを主題に対等な学びあいができた。

一方、プロジェクトの各段階でAHN内外に広く参加を呼びかけたが、AHNの知名度は未だ低く、会員以外の参加が少なかったのは反省点である。町並み保存運動の輪をアジア各地に広げるためにも、SNSをフルに活用するなど、今後さらに活動のピーアールに努めたい。

トヨタ財団の方からは、近年日中交流の成功例が少ないと聞いた。NMCの中国訪問は福島原発の処理水問題発生の直後であったが、フレンドリーな市井の人々との出会いもあり、幸い交流は成功裏に終わった。

「対立と分断の時代にこそ市民と市民の交流が重要」という理念を貫くべく、今後もアジアとの学びあいを続けたい。
 

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No. 47掲載
発行日:2025年1月24日

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