外国人材
contribution
寄稿
著者 ◉ 中村孝一(NPO法人eboard)
- [プログラム]
- 2023年度 特定課題「外国人材の受け入れと日本社会」
- [助成題目]
- 生成系AIを活用した「やさしい日本語」化ツールおよびその教育現場における効果的活用モデルの開発
- [代表者]
- 中村孝一(NPO法人eboard)
生成AIを活用した教育現場での「やさしい日本語」の活用実証
増加する「外国につながる子」と、支援の課題
NPO法人eboardは、「学びをあきらめない社会」をミッションに、インターネットを通じて、経済的理由、不登校、障害などの事情を抱える子どもたちの学習機会の保障を目指し、活動しています。団体が開発・運営するICT教材eboardは、公立学校・非営利活動、ご家庭での利用(個人)には無料で提供。法人化から10年を経て、全国10000か所以上の教育現場で導入され、毎月20〜30万人が利用しています。
eboardでは、日本語指導が必要な児童・生徒を含む、さまざまな背景から学びづらさを抱えた子どもたちを対象に、映像授業への字幕付与、デジタルドリルにルビ(ふりがな)をつけられる機能の追加、読みやすさを高めるUD(ユニバーサルデザイン)フォントでの教材提供などを通じて、学びやすさのための工夫、取り組みを進めてきました。「学びをあきらめない社会」の実現に向けて、どこでも、誰でも、無料で使える「学びのセーフティーネット」を作るためには、こうした学びの機会保障は不可欠であると考えているためです。
日本では近年、海外から日本に帰国した、外国で生まれて日本に来た、日本生まれだが保護者の母語が日本語ではない等の「外国につながる子」が急増しています。文部科学省の調査によれば、2023年度には約6・9万人の児童生徒が日本語指導を必要としています。中学からの進学後、日本語指導が必要な高校生等の中退率は全高校生の割合の約7・7倍に当たる8・5%、進学率は46・6%(全高校生では75・0%)、進学も就職もしない人は11・8%(全高校生では6・5%)に上ります。
また日本語指導が必要な子は、全国で同じように増えているわけではなく、地域による偏在が大きくなっています。日本語指導が必要な子の多くは都市部に集中している一方で、こうした子が在籍する学校のうち約40%は「1人のみの在籍」。地方に多く見られるこうした学校や地域では、継続的な予算措置や体制づくりが進みづらく、十分な支援が受けられないことも多く、行政による一律の対応も難しいものになっています。
こうした現状にあって、日本語指導ができる人材が学校教育現場に求められる一方、日本語教師の数は伸び悩んでおり、支援者の待遇面の課題などから、子どもの日本語指導ができる人材の確保は難しくなっています。
「やさしい日本語」化ツール開発と、その展望
「外国につながる子」をとりまく課題に対し、NPO法人eboardは、トヨタ財団からの助成を受け、生成AIを活用した「やさしい日本語」化ツールの開発に取り組んでいます。「やさしい日本語」とは、阪神・淡路大震災をきっかけに考案され、外国の方にも分かるように配慮された日本語です。「やさしい日本語」化ツール内で、通常の日本語の文章を入力すると、即時に「やさしい日本語」に変換されます。
eboardはこれまで、約2000本の映像授業に「やさしい字幕」をつけるプロジェクトに取り組んできました。この字幕は、外国につながる子どもたちや聴覚障害のある児童生徒にもわかりやすいよう、文構造や語彙を簡素化して作成されています。この字幕により、日本語の理解が不十分な段階でも、学習内容を母語と併用して理解できる環境を提供。現在、全国100以上の教育機関で利用されており、字幕付き映像授業の再生回数は、150万回を超えています。
eboardでは、「やさしい字幕」への取り組みを経て、「やさしい日本語」は、教育・学習用だけでなく、保護者とのコミュニケーションや学校掲示物、「お手紙」等の配布物など、日本語の支援が必要な子や保護者にとって、非常に有効な手立てになると考えてきました。そうした中、大規模言語モデルを用いた生成AIが発展。AIを活用することによって、一定の精度で「やさしい日本語」に書き直すことができるようになってきました。生成AIによって「やさしい日本語」への即時変換を実現できれば、広く外国人、また「外国につながる子」にとっても、効果的なツールになると考え、教育現場での「やさしい日本語」の活用の可能性を探ります。
「やさしい日本語」化ツールは、活用実証を通じて、学校現場での効果的な利用方法を検証していきます。特に、都市部や散在地域の学校での利用を見据えたフィードバックを収集し、ツールの改良を行います。実証の成果は事例集としてまとめ、教育機関や関係者にも広く共有する予定です。
eboardは、教育現場での「やさしい日本語」の活用が、情報格差の是正やコミュニケーションの改善につながることを期待しています。この活用実証が日本社会全体において、多様な文化背景を持つ人々が共に暮らすための一助となると同時に、「外国につながる子」にとっての「学びをあきらめない社会」の実現に向けた一つの解決策になると考え、取り組みを継続していきます。
公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No. 46掲載
発行日:2024年10月25日