公益財団法人トヨタ財団

  • 研究助成
  • 私のまなざし

「私」のまなざし◎アート活動を通じて顔の見える関係を紡ぐ

kenkyu
研究助成
look
私のまなざし
NPOのアート実践への参与
NPOのアート実践への参与

著者 ◉ 宮本 聡 (九州大学大学院人間環境学研究院)

[プログラム]
2019年度研究助成プログラム
[助成題目]
地域コミュニティに開かれた特別支援学校についての学際的研究─ローカルな学習文化資源を活かしたラボラトリースクール構想 
[代表者]
宮本 聡 (九州大学大学院人間環境学研究院)

アート活動を通じて顔の見える関係を紡ぐ

ともに歩くこと
ともに歩くこと

私は、これまで障害のある人と創作表現活動(アート活動)に関する研究をしてきました。主にアート作品に関しての解釈というより、そこに関与する人たち、障害のある人たちだけではなく、アーティストや施設のスタッフなどの生の領域に、活動がどのように接続するのかについて関心を持ってきました。つまり、作品を制作すること、舞台に立つこと、それらに至る/そして、その後も含めたプロセスの中で、個人の人生に関わる関係性やコミュニティが現れることに着目しています。私自身、そのような現場を外部から眺めるというより、積極的に参与し、共に行為をしながら研究するスタイルを重要にしてきました。私が専門とする教育人類学(文化人類学)においては、フィールドワークという研究方法をとりますが、「自らの身体を持って出来事に経験的に立ち会う」ことで、その中でマクロな制度や理論におさまらない、生身の生の「多様性」を享受し記述していくことが大事であると考えています。

もともと私自身が障害にかかわる現場にフィールドワークを始めたのは、自分自身の経験、障害のある家族をもつものとしての経験があります。7つ歳の離れた妹は生まれつき知的な障害をもって生まれてきました。当時、小学生の私にとって、妹の誕生は大変嬉しかった出来事であったのですが、学齢が上がるとともにその存在を徐々に同級生に隠していった記憶があります。現在から振り返ると、他の人(自分自身)と異なるものへの感情や態度について非常に狭いものであったと感じると同時に、学校生活の中で特定の一方向へと形成されていく能力や発達に関する観念、障害への子ども世界における言説などが、その感情の背景にはあったと思い返されます。

妹の存在を周りに話すことができたのは大学時代でしたが、そこでの学問との出会い、専門とする教育人類学との出会いが自己を省察する上で大きいものでした。教育人類学は、異なる文化や文化的他者の世界をフィールドにし、特に教育や学習という切り口で、フィールドワークに基づき、その多様なありかたを探求する分野となっています。人類学の文化的他者への態度として大事にされていることとして、世界には多様な生きかた(見かた、聞きかた、感じかた)があり、それぞれに優劣はなく、異なる生き方を尊重していくことが挙げられます。

このような相対的な態度は、ある種の理解不可能性をめぐる議論などもありますが、異なりに関しての違和感をモヤモヤと抱えていた当時の私にとってはエンパワーメント的であり、新たな視点を開くものでした。そのような学問との出会いから、社会の中で生きづらさや困難さなど抱える人々(文化的・身体的な他者)の文化的な実践の現場を「学びの場」として捉え、フィールドワークを行いながら研究活動を行っています。

鑑賞支援としての舞台字幕の実践
鑑賞支援としての舞台字幕の実践

障害のある人たちとアート活動の現場においては、さまざまな人たちの協働によって成立していますが、そのような現場において「多様性」という言葉を改めて考えさせられるときが多くあります。言うに及ばず、「多様性」は、現在の社会を語る上での非常に重要なキーワードとなっています。

私の参与するアート活動の現場においても「多様性とアート」というような表象をされることも見受けられます。一方で、障害等、さまざまな属性の人たちが参加している=多様性と捉えてしまうことは少し注意しないといけないと感じています。社会─制度的に定められたカテゴリーを前提として捉えてしまうことは、ともすれば社会の用意した他者性を押し付けてしまうことにも繋がりかねないと思うからです。一方で現場においては、共に表現をしてみたり、歩いたり、食事をしたりするような日常的な行為を通じて、身体やものの見かたといった異なりの具体が現れます。アート活動に限らず、人と人が知り合う過程は、診断名や障害といったものが始めにあるのではなく、個人同士の顔の見える関係が前提となっています。

アート活動というと、展示会や舞台に現れてくる作品に目が向かいがちですが、日常的な相互行為の束が制作の過程にはあり、そのプロセスに異なるもの同士が関係を紡いでいく豊かな領域であると考えています。アートは非日常的な領域に位置づけられますが、それゆえの日常の規範などを括弧に入れた実験性を持ったものです。

私の調査する演劇のフィールドにおいては、「コミュニケーションの実験」ということが語られることが何度かありました。そのような意味で、異なるもの同士の新たな関係を探求する「媒介」としてのアート活動という側面が見出されます。

特別支援学校でのアートワークショップ
特別支援学校でのアートワークショップ

現在、私はトヨタ財団より研究助成を受けて、新設される特別支援学校やその周辺地域に関わるプロジェクトを進めています。国際的なインクルーシブ教育の動向を受け、日本においても「ともに学ぶ」というインクルーシブ教育システムの構築が推進されています。

一方で、昨今の国連障害者権利委員会による勧告にみられるように、日本の特別支援教育制度において障害のある児童生徒を「わける」構造があると批判されています。「わけない/わける」「通常の学校/特別支援学校」というような教育制度をめぐる二元論的な議論が展開していますが、子どもの生活は学校だけで成立しているわけではなく、より多元論的により広い領域、たとえばそれぞれの生活の基盤である地域社会を巻き込んで考えていく必要があると考えています。

そのようなことを背景として、障害のあるなしに関わらず地域社会の人たちや子どもたちがアート活動を媒介にし、時間をともにするプロジェクトを進めています。

とてもミクロな試みかもしれませんが、顔が見える関係で出会い、言語・非言語的に何かを一緒に行いながら、お互いが知り合う場をつくっていく、そのことが多様な人たちが共在する地域の醸成に繋がればと考えています。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.45掲載
発行日:2024年4月12日

ページトップへ