国内助成
contribution
寄稿
著者 ◉ 谷 茂則(一般社団法人 大和森林管理協会理事)
- [プログラム]
- 2021年度 国内助成プログラム
- [助成題目]
- 都市に取り残された森の多世代・多分野共創によるプラットフォームとしての再構築
- [代表者]
- 谷 茂則(一般社団法人 大和森林管理協会理事)
陽楽の森で生み出される新たな価値と世界的潮流
チャイムの鳴る森の予期せぬ成功
陽楽の森。奈良県北葛城郡王寺町畠田2丁目84番1。小字を陽楽という。昭和30年代にクスノキやテーダ松の早生樹を実験的に植林した約5haの都市近郊林で、私は、かつてその森を生コンの裏山と呼んだ。近隣にはローカル線の駅があり、県道にも面するその森だが、社会的な利用用途を失い、ササが人の行く手を阻む誰も入らない真っ暗な森だった。当時、家業の財務基盤整備を担っていた私は、その森を最優先の処分対象資産として、売却先が見つかることを心待ちにした。しかし、その森の引取手は現れることはなかった。
私の家業は奈良県内に広域にわたって所有する森林での林業だ。財務基盤を整えた後、ライフワークとなる林業事業に本格的に挑戦することを決意した。林業事業の中核は、奈良県南部の吉野林業地域だが、険阻な地形の吉野地域での林業挑戦はあまりにも無謀だと考え、地形もなだらかな生コンの裏山を挑戦の最初の実習地に選んだ。実習では林業用の作業道を開設した。
道が通り自動車で通えるようになったことで森林の整備が一気に進んだ。真っ暗だった森には、明るい陽が射し込むようになり、陽楽の森という名前がピッタリな森になった。森を見ながら、「この森が私の林業ライフの拠点になるかもしれない」と思った。「木材生産を主目的にする林業とは違う観点から森林に価値を生み出す新しい森林利用や林業の形態があるのではないか」と考えた。
とはいえ、自分だけでは何もできない。私は、手当たり次第に情報を集め、いろいろな人に出会いにいった。近隣のカフェオーナーと出会い「この森で大きなフェスしませんか」と提案をもらった。フェスは「休日裏山フェスティバルチャイムの鳴る森(以下、チャイ森)」と名付けられ、森はアートや音楽などで彩られた。結果はイノベーティブなものだった。二日間で五千人の人が森林を訪れた。森の新しい価値の一端をかいまみた。その頃から森は、陽楽の森と呼ばれるようになった。
陽楽の森で動き出したさまざまな活動
チャイ森をきっかけに陽楽の森では、森林に新しい価値を創り出す活動が次々と始まった。障害者就労支援や放課後デイケアの福祉の活動が始まり、森林空間は日常的に利用されるようになった。森の産物である木材を経済価値化するために始めた薪ストーブや薪ボイラーの販売は、福祉と林業の協働の活動として薪の製造・販売が始まるに至った。多くの活動が始まり、活動主体になる関係者も増え、そのつながりから生まれる活動も出てくるようになった。そんな頃、トヨタ財団の公募「新常態における新たな着想に基づく自治型社会の推進」「地域社会を支える共創によるプラットホームの創出や整備」のプロジェクトに出会った。町の片隅の社会的白地図のような森だからこそ集まった個性的な各活動のリーダーたちとゆるやかな統合組織「チームめだか」を結成し、応募した。
私が林業家の傍流の価値づくりで始めた活動は、福祉やサービス業、行政、企業など他の領域の関係者との連携を生み出し、多様な活動や数々の関係者を生み出した。「森から生みだされる新たな活動やつながり」は何か新たな社会的価値を創り出すのではないか。それは、何なのか。森林所有者としての新たな存在意義がそこにあるのではないかと考えた。
トヨタ財団の事業では、鳥取大学の社会学者・家中茂先生の知見やつながりをベースに連続講座「陽楽の森から考える新常態(ニューノーマル)の輪郭」を開催した。講座の冒頭、愛媛大学の泉英二先生から二十一世紀を「化石燃料に依存しない植物資源依存型社会の実現をしなければならない」という提言があった。最近はSDGsや脱炭素社会の実現、生物多様性の重要性などの世界的目標が主要メディアで騒がれる。植物資源依存型社会の実現を森林林業関係者が実現させることは、おのずとそれらの目標の達成につながる。
植物資源依存型社会実現のために
植物資源の多くが存在する森林を活かしきるプラットホームづくりが、その実現の鍵になる。森林や森林資源をいかに日常生活の中に組み込めるかが、その成否を決める。日々の実践にいかに落とし込むかが重要だ。
連続講座とセットで行っていた陽楽の森林整備からは、森林整備団体「みんなでつくる」が生まれ、講座で学んだ土中環境の改善を実践すべく「大地の再生ワークショップ」を定期開催することとなった。小さな環境再生を楽しく充実感をもって実践し、参加者同士のコミュニティの新たな広がりや深化にもつながっている。
昨秋、陽楽の森は環境省の自然共生サイトに認定された。2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として保全する国際的な目標達成のために国が認定するサイトのことで、連続講座で、自然共生サイトの理想的な形が陽楽の森にあるとヒントを頂いたことが認定申請のきっかけになった。
トヨタ財団の事業を通して陽楽の森でのプロジェクトは、多くを学びステップアップさせてもらった。さらに、陽楽の森には、今年、奈良県地球温暖化推進センターに指定されたNPO法人の支所、地域の人が気軽に集える集客施設が開設される。大きな社会的潮流につながるテーマを日常活動に落とし込んだ日々を地域の生活者と共有する基盤ができ、その実現に向けてさらなる日々を積み重ねることになる。かつて陽楽の森が生コンの裏山と呼ばれ売却すら考えられていたことを知る人はなく、その森林の活動が未来に大きな社会的潮流とつながるなど全く想像すらしなかった。不思議な巡り合わせを感じながら毎日がカーニバルのような喧噪の日々を送っている。
公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.45掲載
発行日:2024年4月12日