国際助成
contribution
寄稿
著者 ◉ 山本博之 (京都大学)
- [プログラム]
- 2021年度 国際助成プログラム
- [助成題目]
- メコン川流域諸国における文学と映像のコラボレーションを通じた地域の課題の共有と発信
- [代表者]
- 山本博之 (京都大学)
作品制作を通じて国境を越えた相互理解を図る
わかりやすさは時に先入観を増幅する
東南アジア最長の川であるメコン川は、中国南西部に源流を発し、東南アジア五か国を流れて南シナ海に流れ込む国際河川です。四二〇〇キロメートルに及ぶ流域の生態系や人びとの暮らしはメコン川とともにあり、その流域社会は国境を越えた運命共同体であると言えます。
地球環境の変化や経済開発などにより、流域社会の人びとは生活環境の変化への対応を余儀なくされています。しかし流域社会が複数の国に分かれていることもあり、流域社会の人びとが直面している課題には十分に関心が向けられてきませんでした。
近年の情報通信技術の発達はめざましく、ほぼ即時に、双方向で、映像と音声を容易にやり取りできるようになり、また、大がかりな設備がなくても個人が情報を世界に発信できるようになりました。このことは、直接訪れることができない土地の人びとのことを現実味をもって見聞きできるようにした一方で、見た目のわかりやすさが求められ、その結果として他者に対する先入観を増幅することにもなりかねません。それは外国のことに限らず、同じ国内でも、たとえば都市部と地方の間でも起こりうることです。
メコン川流域三か国によるプロジェクト
このプロジェクトでは、メコン川流域のカンボジア、ラオス、タイの三か国を対象に、文学、映像・写真、地域開発をそれぞれ専門とする三人のチームを国ごとに作り、三チームが合同で三か国を訪問する巡回ワークショップを行いました。
一般に隣国どうしはライバル意識を抱くことがあるし、都市部と地方の間には考え方の違いがあることを踏まえて、国境を越えて、そして都市部と地方の隔たりを越えて、現場で実際に何が起こっているか、そしてそこに暮らす人たちがそのことをどう考えているかを知ることが目的の一つです。現場を訪れて二日間のワークショップを行い、そこで暮らす人びとと交流することで、先進諸国や都市部の観点からイメージされる「わかりやすい」説明とは異なる現実があることを実感することがねらいです。
カンボジア、ラオス、タイの三か国は、互いに隣接し、社会的にも文化的にも共通点が多いため、訪問すると共通点に多く目が向き、共通点のため親近感を抱くと考えがちです。しかし、親近感を生むのは景観や生活の共通点ではなく、それらを見てどう感じるかが互いに理解できることだろうと思います。このことを体得するため、このプロジェクトでは訪問先で地元の人びとを交えたワークショップを行いました。
ワークショップでは、プロジェクトメンバーが講師役をつとめ、地域事情について解説した上で、景観を写真や映像で切り取ることと、感じたことを詩や歌にして表現することの講習を行いました。プロジェクトメンバーは作品制作へのアドバイスを通じてワークショップ参加者の考えを理解し、自分たちもそれぞれ作品を作ります。ワークショップは、地元の参加者が情報発信について講習を受ける機会であるとともに、プロジェクトメンバーが現場で見聞きしたことを映像・写真と言葉の組み合わせで表現して互いに共有する機会でもありました。
プロジェクト期間の終了後にも何らかの形で関係が続くように考えていくつかのことを試みました。その一つは、カンボジア、ラオス、タイを研究する地域研究者をメンバーに加えたことです。地域研究者は、研究対象地域に長期滞在して現地語を身につけて研究を行い、研究人生の長い期間にわたって研究対象地域との関わりを続けます。人文社会系の地域研究者が加わることで、プロジェクト終了後も何年にもわたってメンバー間の関係が続くことが期待されます。
もう一つは現地語を使ったことです。プロジェクトメンバーには英語での意思疎通に問題がない人も多くいましたが、日本語を含めた四言語の通訳を入れて、どの参加者も自分が日常的に使っている言葉で話せるようにしました。費用も時間も手間もかかりますが、地元の人たちに自発的に考えを話してもらうためには日常的に使っている言葉で話せる場を作ることが不可欠だと思います。
プロジェクトが大きく羽ばたくことを期待
プロジェクトの成果として、映像・写真と詩・歌を組み合わせた作品の制作を考えていましたが、分野ごとに作った方が広い範囲の人びとに届けることができるというメンバーの意見があり、映像と詩・歌の作品をそれぞれ作り、各メンバーのネットワークを通じて発信してもらうことにしました。
プロジェクト終了後、三か国のメンバーが日本を訪れて同様のワークショップを行うことを計画しています。このプロジェクトは、社会的・文化的な共通性がありながらも相互理解を深める余地がある三か国をメコン川流域社会という枠組で括ることで交流して理解を深めるというものでした。その発想をさらに進めれば、たとえば海を共有する海域社会でも同様のことが考えられるかもしれません。東南アジアでの経験を東アジアにも広げ、このプロジェクトをさらに発展させる一歩になるものと期待しています。
公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.45掲載
発行日:2024年4月12日