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「共感」をベースに資源利用をめぐる「不信感」の払拭を目指す

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国際助成
contribution
寄稿
伝統野菜

著者◉ 香坂玲(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻)

[助成プログラム]
2017年度 国際助成プログラム
[助成題目]
日中韓における遺伝資源と関連する伝統的知識の活用と保全のための「東アジア・共感モデル」の構築─伝統野菜と養蜂を題材として
[代表者]
香坂玲(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻)

「共感」をベースに資源利用をめぐる「不信感」の払拭を目指す

セクター、国、世代などの垣根を超えた連携

欧州の研究者と世界農業遺産の能登半島を訪問(石川県穴水町 春蘭の里にて)。
欧州の研究者と世界農業遺産の能登半島を訪問(石川県穴水町 春蘭の里にて)。

本プロジェクトでは、2017年度に国際助成を受け、遺伝資源として注目されている伝統野菜、養蜂を題材に、日本、中国、韓国の東アジアにて、栽培、調理に関する知識の学びあいと体験を通じた文化理解を推進した。国際的な対立や「ナショナル・プライド」の面が強調されがちだが、「共感」と「交流」による「気づき」を糸口とした展開を試みた。交流については、遺伝資源としての野菜の貿易や伝播の交流と、人や文化の交流の双方を内包した内容となった

遺伝資源は、「遺伝の機能的単位(遺伝子)を有する植物・動物・微生物その他に由来する素材であって現実の又は潜在的な価値を有するもの」と定義される。微生物が薬、食品、化粧品などの開発で大きな役割を果たすことから、鉱物、石油などと同様に、遺伝資源はそれぞれの国にとって大きな関心を集めてきた。

各国の権利や遺伝資源から得られた情報(デジタルなものを含む)は医療、食、文化に深く関わる。国連の生物多様性条約のなかでは、保全や持続可能な利用を促す仕組みとして、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分(ABS, Access and benefit sharing)として歴史的に大きく注目されている。2010年には、第10回締約国会議(COP10)において、名古屋議定書(正式名称:生物の多様性に関する条約の遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書)が合意され、2014年に発効に至った。現在では、遺伝資源とデジタル配列情報の扱いが大きな争点となっている。

遺伝資源とそれに関わる伝統知は、利用されて初めて恩恵があり、提供国側と利用国側の「不信感」を背景とした対立が生じている現在、セクター、国、世代といった垣根を超えた連携した活動が求められている。本プロジェクトが注目した伝統野菜は、学術的な定義はなく、その曖昧さゆえに緩やかな連帯やブランディングのプラットフォームになってきた(在来品種は定義がある)。伝統野菜が社会に息づく「生きた遺産」となるには、各地域における先人の改良努力に敬意を払いつつ、そのルーツをたどり、古くから遺伝資源をめぐる交流があったことを学びあい、国や世代を超えた調理法や価値を見出し、伝統野菜を現代社会に位置づけることが必要となる。こうした考えのもと、世代間、地域間のつながりを強化することによる「東アジア・共感モデル」を発信し、長期的な視点から「共感」をベースに資源利用をめぐる「不信感」の払拭を目指した。

活動状況

日中韓の森林の伝統的知識に関する国際ネットワーク会議(中国・南京市にて)。
日中韓の森林の伝統的知識に関する国際ネットワーク会議(中国・南京市にて)。

以下、時系列で活動を紹介する。2017年度は日本側メンバーが、韓国で開催された精進料理の実習に参加し、具体的なレシピを基にした調理や、その背景にある伝統・文化的経緯、環境的条件等について情報収集を行い、レシピ集を作成する準備を整えた。2018年2月に、レシピ集の作成の過程で連携することとなった、韓国の伝統野菜の一つである「ケゴル大根」の生産者を訪問した。

2018年は、韓国のレシピ集の作成に向けて、現地のプロジェクトメンバーと情報収集にあたり、生産者やレシピに関する知識を有する関係者とのネットワークを構築した。同年9月には、日中韓の連携を目的としたワークショップを開催し、参加者の発表をベースとした議論に加えて、実際に伝統野菜の産地を訪れ、現地の生産者を交えて実体験を含む日中韓の参加者の交流を行った。特に宮城県大崎市では、農業遺産に認定された大崎地域を訪問していた農業関係者や現地の生産者もNHKラジオ等を通じてワークショップを知って参加し、日中韓の交流の意義をメンバー以外の参加者とも共有することができ、活動について広く発信することができた。

2019年5月までの期間では、ワークショップの結果の取りまとめを進め、今後のレシピ集の作成に向けた情報の収集と整理を行った。特に、これまでプロジェクトを実施するなかで得られた知見として、伝統野菜、養蜂に対する潜在的社会的ニーズが高いことと、消費者、生産者のいずれも、生産、調理に関する知識を国を超えて共有することを希望しているという「気づき」があった。

年度の後半からは、中国におけるレシピにも注力をし、雲南地域の文化人類学的研究を進める堀江未央氏(当時・名古屋大学、現・岐阜大学所属)をプロジェクトメンバーに迎え、中国の留学生の協力等も得ながら具体的なレシピ集の作成を進めた。現地の料理に関する書籍等も参照し、各料理の調理法について情報を収集することができた。

成果を発信し続け未来へつなげる

研究者の国際交流 (中国・雲南省 中国科学院西双版納熱帯植物園にて)。
研究者の国際交流 (中国・雲南省 中国科学院西双版納熱帯植物園にて)。

新型コロナウイルス感染症の影響でオンライン中心の活動を余儀なくされる一方、助成期間の延長が認められ、2020年以降は次世代の教育へのアプローチを行った。日中韓の関係者とともに、韓国の小学校にて、環境教育のワークショップを実施、またオンラインでの日中韓ワークショップに沖縄や大分の中高生が参加するなど、今後プロジェクトに必要とされる次世代につなげることができた。

2020年度のワークショップには、オンラインで約60名が参加し、トヨタ財団の過去の助成対象者でもある静岡大学の富田涼都氏、マレーシア国民大学のエリック・オルメド氏も発表。プロジェクト内外の参加者と活発な意見交換をすることができた。2020年9月には、沖縄県、大分県の高校生、三重県出身の大学生が交流するウェビナーも開催した。伝統的な産品の学びの実践について報告、情報交換を行い、地域を超えて産品の情報を共有することによる共感の萌芽の醸成方法について手掛かりを得た。

その結果、日中韓のレシピ集の構築に向けてオンラインでのコミュニケーション・ツールを活用しながら活動を展開することができ、2021年に延期された生物多様性条約COPに向けた情報交換・発信を継続的に行うことができた。

高校生による交流の様子(琉球新報社提供)。
高校生による交流の様子(琉球新報社提供)。

途中からコロナ禍の影響で活動に制約は加わった反面、韓国やマレーシアの研究者と、国内の高校生や大学がオンラインで直接のやり取りをするなど、プロジェクト開始時には構想されていなかった交流が実現された。

もちろん、対面には及ばないものの、コロナ禍が落ち着いた後も対面とオンラインの組み合わせは今後も重要と思われる。高校生も海外の研究者と直接交流できたことに好感触を得ていた様子だ。

最後にプロジェクト代表者としての感想を述べる。遺伝資源の分野での国際交渉においては対立が続き、食文化についても、各地域の誇り、ナショナリズムとも関係しがちな傾向はあるものの、食、伝統野菜、養蜂は共感を促す素材として、文化交流、学術研究、さらには環境啓発の各方面で有効な素材だと実感した。欧州では、2019年に「ハチを守れ」というスローガンで有機農業や農薬の規制が訴えられた。

コロナ禍で、食やライフスタイルが見直されるなか、日中韓の三か国でこのような交流が続くことを祈念している。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.39掲載(加筆web版)
発行日:2022年4月20日

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