国内助成
contribution
寄稿
著者◉ 松尾真由子(一般社団法人brk collective 代表)
著者◉ 雨森 信(一般社団法人 brk collective ディレクター)
- [助成プログラム]
- 2018年度 国内助成プログラム[そだてる助成]
- [助成題目]
- 創造の場づくりによる新たな地域福祉
- [代表者]
- 松尾真由子(一般社団法人brk collective 代表)
何歳になっても新しい技術を習得でき、それを活かす場がある
私たちがプロジェクトを実施する「kioku手芸館〈たんす〉」は、大阪市西成区にある元タンス店を活用した創造活動拠点です。「地域にあるものを活かす」、「他領域との協働」、「アートを媒介にする」をコンセプトに、地域の女性たちを中心とした参加者と共にものづくりに取り組む創造の場であり、地域の共有空間として、住民のみなさんに必要とされ、支えられる場をめざして活動しています。
〈たんす〉の一日
〈たんす〉は毎週水曜日と土曜日に開館。午前11時30分、スタッフとボランティアスタッフが掃除や商品の陳列などオープン準備を行います。現在、ボランティアスタッフは地域内外の20〜60代の社会人や学生の方4名ほどが交代で開館時の運営をサポートしてくださっています。12時過ぎには、昼食を取りながら作業内容の共有などミーティングをしたところで、だいたい開館時間の13時となり、〈たんす〉に通うコアメンバー(参加者)たちがやってきます。
コアメンバーは、〈たんす〉から徒歩10分以内に住む60〜80代の女性がほとんどですが、中には電車に乗って通う方もいます。常時6名ほどのメンバーがいましたが、高齢者が多いこともあり、体調不良や新型コロナウィルスの影響で、現在は3〜4名の参加に減ってしまっています。コアメンバーは16時までの3時間、〈たんす〉のオリジナルプロダクトやファッションブランド《NISHINARI YOSHIO》の商品制作、また素材(布や毛糸など)の整理作業などを行います。途中、お茶休憩を挟みながら、作業後には道具の片付けや掃除もメンバーと一緒に行い、一日の活動が終了します。
個々のスキルや個性を活かした商品開発
〈たんす〉では、「あるものを活かす」というコンセプトから、地域や地域外から集まった布や毛糸など(不要になったもの)を素材に、コアメンバーの編み物や縫い物の技術など個々のスキルや持ち味を活かしたアクセサリーや小物類などオリジナルのプロダクトを制作しています。前号のプレゼント企画にも掲載いただいた「裂き布マット」もはぎれを紐状に切る作業からはじまり、一つ一つ地域の女性たちの手で編まれたものです。
制作過程で出る糸くずやはぎれも大切な素材として、どんなに小さなモノでも捨てずに残しているというのも〈たんす〉の特徴の一つです。丁寧に色分け・分類することで、はぎれのさらにはぎれを活用した「はぎれのはぎれ」ピアスや糸くずによるタッセルピアスなど、二つとない商品が誕生しました。他にも、ミシンが得意なメンバーに、不定形のはぎれを活かしパズルように縫い合わせてもらったことで、独特な風合いをもつテキスタイルが完成。このテキスタイルを活かした新商品も目下思案中です。
また、作ることだけでなく、集まってくる布や毛糸の素材整理もつくるプロセスの重要な作業として大切にしています。たとえば、提供された布は1枚ごとサイズを測り、大きさ・厚さ別に分類。情報を記した見本をつくっておくことでいつでも使える状態に、毛糸もまきなおして形を整えることで収納しやすくします。以前は近所に住む100歳のおじいちゃんが毛糸をまきなおす作業にはまり、自分の仕事だと言って〈たんす〉に通ってくれていることもありました。何歳になっても新しい技術を習得し、それを活かす場があることの重要性を感じる場面でした。このように、「ものづくり」の工程にあるさまざまな作業を細分化することで、個々の特性を生かして役割を生み出すことが可能となっています。
西成発のファッションブランド
もう一つの商品展開として、2018年に美術家・西尾美也との共同制作により立ち上げた西成発のファッションブランド《NISHINARI YOSHIO》の制作・販売も行っています。装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目し、さまざまな人々との協働による表現活動を探求してきた西尾が、〈たんす〉に集まる地域の女性たちと共に約一年かけて行った服づくりのワークショップを経て、《NISHINARI YOSHIO》のコンセプトが立ち上がりました。地域の女性たちによる予想を裏切るアレンジや発想の飛躍、西尾が考えるイメージとの齟齬など、予期せぬズレがコンセプトの一つになっています。
商品化する前に、まずはプロトタイプを制作するのですが、コアメンバーそれぞれが身近な知人をモデルに選び、モデルとなった人の仕事や暮らし、特徴などを思い浮かべながら、その人への「思いやり」をデザインに落とし込んでいきます。
仕事先の鶏肉屋の女将さんが焼き鳥を焼く際に腕を火傷しないようにという想いから袖をパッチワークで厚くした「やきとりジャケット」や、知人のご主人が行き先によって鞄を替えているというエピソードから着想を得て、多様な大きさの鞄からできた「かばんジャケット」など、思いやりから発想することで、これまでにない斬新なデザインが生み出されています。
プロトタイプが完成すると、それをもとにパターンの制作や使用する生地を〈たんす〉にある素材からセレクト、必要な資材は揃え、縫製に出します。それぞれの過程で必要な部分は業者や専門家に発注していますが、パッチワークなど手間がかかり特徴となる部分は〈たんす〉で制作も行っています。ここでも「あるものを活かす」というコンセプトから、〈たんす〉にある生地を積極的に使用するため、同じ型でも一着ずつ違う生地が使われるなど、ほぼ1点もの洋服たちが完成します。
2年に一度くらい新作ができれば発表、小ロットでの生産(現在のところ一回の生産数は1型10着以下)であることなど、他のファッションブランドとは全く違ったペースでの服づくりですが、そのプロセスやストーリーも含めて興味を持ってくださる方たちの手に届くよう、発信していきたいと考えています。
地域のサードプレイスとしての継続に向けて
〈たんす〉は地域密着型のアートプロジェクトを展開する大阪市の文化事業「ブレーカープロジェクト」の活動の一環で2012年にオープンした創造活動拠点です。美術家とのワークショップやプロジェクトを継続して行っていくことで、居場所へと変化していくと同時に、参加者である地域の女性たちが開花していく様子を目の当たりにしました。その成果に手応えを得る一方で、予算的にも不安定な文化事業の一環で続けていくことの難しさを感じるようになっていきました。地域にある集会所や児童館等と同じように、私たちの生活にとって必要な公共の場として、地域に定着させていくことの意義やその可能性を見出し、2018年度からはブレーカープロジェクトの事務局メンバーが中心となって立ち上げた当法人が引き継ぎ、継続の道を探っています。現在は、国内助成プログラム「そだてる助成」を受けて、さらに充実した場づくりと経済的な基盤整備に取り組んでいるところです。
2018年以降は、参加者や来館者の増加、商品販売による売上収益の増加を図っていこうということで、 先にもあげたものづくりや商品開発に取り組むほか、想いを共感できるブランドやクラフト作家を紹介する展示販売会やワークショップの開催。また活動の認知度を上げるために関西圏を中心とした手作りマルシェや、ポップアップストア等への出張販売などにも取り組んできました。
しかし、昨年の新型コロナウイルスの感染拡大により2020年3月〜5月は〈たんす〉を休館、手作りマルシェも中止が相次ぎ、参加者や来館者数は減少、売上収益も低迷しています。コアメンバーはほとんど高齢者ということもあり、当初は休館という選択をしましたが、徐々にウィルスの特性も明らかになる中で、現在は対策を十分にとりながら開館を続けています。このような状況であるからこそ、通える場所が身近にあること、ものづくりに没頭できる時間があることの価値は高まっていると感じています。
実際、地域の行事やイベントがなくなって行く場所を失った人が多く、参加しているコアメンバーは、友人から「あんたは行けるところがあってええな〜」と羨ましがられていると話していました。積極的に参加者や来館者を呼び込める状況になるまでにはまだまだ時間を要するかもしれませんが、オンラインショップの立ち上げにより商品の販売経路拡大を図ることや、人と人の距離を保てる作業台を増設するなど、参加者の回復に向けて動けるよう、今できることを少しずつ行いながら、活動継続に向けた取り組み・準備を進めています。
公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.36掲載(加筆web版)
発行日:2021年4月21日