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遊びがつなぐ防災の未来

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寄稿
タルカワノ市で実施した世代間をつなぐワークショップで高齢者の話しを絵に描いた小学生(2022年4月)
タルカワノ市で実施した世代間をつなぐワークショップで高齢者の話しを絵に描いた小学生(2022年4月)

著者◉ 渡辺知花、木村周平

[助成プログラム]
2018年度 研究助成プログラム
[助成題目]
防災価値の翻訳:日本とチリとの防災に関する国際協力における「遊び」の役割
[代表者]
渡辺知花(マンチェスター大学 社会人類学部)

遊びがつなぐ防災の未来

はじめに

JICA研修でタウンウォッチングを学ぶ世界各国の防災専門家(2018年1月)
JICA研修でタウンウォッチングを学ぶ世界各国の防災専門家(2018年1月)

近年、世界中で自然災害が多発しています。東日本大震災などの地震も大きな問題ですが、地球規模で進行する気候変動に伴って、風水害の被害も頻発しています。日本でも毎年のように集中豪雨や台風などによって水害が発生しています。

このような状況では、国や行政による堤防などのインフラ整備だけでなく、地域住民の側の取り組みも重要になります。そこでは、災害のメカニズムや地域的な傾向などを理解して来るべき災害に備えることに加えて、各地で進められている創造的な取り組みから学び合うことにも大きな意義があります。

わたしたちのプロジェクトでは、日本で行われてきた防災の取り組みが、国際協力をつうじて世界のほかの国々にどのように伝えられ、現地の人々がどのようにそれを自分たちの状況に合わせながら活用しているのか(それをこのプロジェクトでは「翻訳」と呼んでいます)を研究しています。そのなかでも、日本とチリという太平洋をはさんだ二つの国の間での、子どもを対象にした防災の取り組みの「翻訳」を追いかけ、さらにゲームなどを制作しながら、異なるスケールで生じる学び合いに関わってきました。

ボリスさんとの出会い

タルカワノ市の全景(2022年4月)
タルカワノ市の全景(2022年4月)

きっかけとなったのは、チリ・タルカワノ市役所に勤めるボリス・サエズさんとの出会いでした。出会いの場は国際協力機構(JICA)の研修です。JICAは数十年にわたって、世界の様々な国々から行政官などを招き、数週間~数か月の研修を行っています。受講者は、日本の防災に関わる法制度、過去の災害の経験、様々な地域での取り組みなどを講義や演習、現地訪問を通じてインテンシブに学び、自国の防災に役立てることが期待されています。

研修でボリスさんの目を引いたのは神戸のNPO・プラスアーツの取り組みでした。プラスアーツは1995年の阪神・淡路大震災の10周年をきっかけに作られたNPOですが、防災を「楽しく」行うということを基本方針にしています。例えば「イザ!カエルキャラバン」は、子どもたちが古くなったおもちゃを持ち寄り、防災に関わるクイズや体を使ったゲーム(知らず知らずのうちに、消火や応急手当などを練習することができます)を通じてポイントを貯め、別のおもちゃに交換してもらう、というイベントです。

ボリスさんは地域住民の防災力を高める手段として子どもたちを巻き込むことに関心をもっていました。そこで、研修で知った「イザ!カエルキャラバン」のアイデアをチリに持ち帰り、見よう見まねでタルカワノ市で実施しました。わたしたちはボリスさんの「翻訳」を追いかけつつ、協働的に活動しています。

左:日本の自治体が実施したカエルキャラバン。右:プラスアーツが開発した「きせかえゲーム」。(2019年9月)
左:日本の自治体が実施したカエルキャラバン。右:プラスアーツが開発した「きせかえゲーム」。(2019年9月)

チリでの創造的な「翻訳」

ここで興味深いのは、この「翻訳」が、文字通りの直訳ではないことです。プラスアーツのゲームは、すべて被災者への聞き取りに基づいてデザインされています。例えば「なまずのがっこう」は、災害で困っている人を助けることを目的としたカードゲームです。解答に応じてポイントがもらえますが、聞き取りで被災者の多くが使いやすく、役立ったと言ったものが一番高いポイントに設定されています。「地震でたんすの下敷きになった時、木片がテコとして使えた」「腕を怪我した時、レジ袋がギプスとして活用できた」…。神戸や東北の人たちの経験が中心となっている「遊び」です。

一方、チリではそうした聞き取りが行われていなかったため、タルカワノ市のカエルキャラバンのゲームは、地域住民の体験をもとに作られていませんでした。ボリスさんは、日本のものを参考にしつつ、タルカワノの子どもたちに受け入れられるように改変したり、また新たなアクティビティを追加したりしていました。こうした「翻訳」の不完全さから生まれる創造性は、きわめて興味深い点だといえます。

そのうえで、日本で行われていた被災者への聞き取りを手がかりに、ボリスさんやチリ出身の共同研究者ジェニー・モレノさんと連携し、地震・津波、森林火災、洪水などの多数の災害に直面してきたタルカワノ市民の知識を汲み取る試み、Voces de Resiliencia(レジリエンスの声)を開始しました。そこでは、1960年と2010年のチリ大地震を経験した高齢者12名から話を聞きました。そして、かれらの語りをもとに子ども向けの防災ゲームやコミック、さらに小学校の教材の制作を進めています。

タルカワノ市の高齢者をインタビュー(2022年4月)
タルカワノ市の高齢者をインタビュー(2022年4月)

高齢者の語りから見えてきたのは、被災経験とレジリエンスは人生全体の辛い経験を乗り越える力から切り離しては考えられないということです。災害のオーラルヒストリーから始まった調査は、地元の人々のライフヒストリーを記録するプロジェクトに変わっていきました。

このプロジェクトでは、子どもたちと高齢者をつなぐワークショップも実施しましたが、そこでももっとも意義があったのは、災害に関する知恵の共有だけではなく、お互いが学んだ人生の教訓を分かち合えたことでした。Voces de Resilienciaは、世代間の関係をつよめ、災害を含めた人生の多岐にわたる苦難にコミュニティ全体で立ち向かう力を育んでいくためのビジョンの種を撒いています。

左:タルカワノ市の高齢者と子どもをつなぐワークショップを実施。右:タルカワノ市の世代間ワークショップで昔の遊びを子どもに教える高齢者。(2022年4月)
左:タルカワノ市の高齢者と子どもをつなぐワークショップを実施。右:タルカワノ市の世代間ワークショップで昔の遊びを子どもに教える高齢者。(2022年4月)

楽しく学び合う

Voces de Resilienciaのボードゲームの試作品をイギリスの研究者と考える(2022年7月)
Voces de Resilienciaのボードゲームの試作品をイギリスの研究者と考える(2022年7月)

「楽しい」防災に向けて、Voces de Resilienciaでは、高齢者へのインタビューをもとに、小学生向けのボードゲームを制作しました。これは防災の知識および災害と人生に役立つ価値観を伝えることを目的としています。プレイヤーは、サイコロを振って、タルカワノ市の地図の上に描かれたすごろくのようなルートを進んでいき、4つのゾーンで災害のリスクにさらされている人たちを守ります。マスは5色に塗分けられていて、色ごとに決まったカードを引き、そこに書かれた質問に答え、ポイントを集めます。

子どもたちは、このゲームを通じて、地震などの災害への備えを習得するとともに、高齢者の具体的な経験を知り、近所の人と助け合うことの重要性などを学びます。子どもが主な対象のゲームですが、家族全員どんな世代の人でも遊べるものになっています。

また、このプロジェクトでは高齢者のライフヒストリーを紹介するコミックの制作に向けても活動しています。ポイントは、子どもたち自身が作家となることです。タルカワノ市の児童課主催の子ども向けのコミックのワークショップに、Voces de Resilienciaの高齢者数名を招待して、思いやり、女性としてのエンパワーメント、スポーツから学んだチームワークの価値など、ひとりひとりの人生にちなんだテーマで話してもらいます。子どもたちはかれらの話をもとに、コミックを制作します。

さらにこのプロジェクトでは、以上のゲームとコミック、そして高齢者の語りを記録したドキュメンタリーとフォトブックをもとに、教材作りを進めています。防災を課外授業ではなく、小学校の正規のカリキュラムに組み込むことは、ボリスさんの長年の願いでした。ボリスさんはタルカワノ市の小学校教員とビオビオ州の教育省と話し合いを続けながら、教材が広く市の学校に組み込まれるよう働きかけています。

遊びがつなぐもの

ウィゼンシー(イギリス)で地震と津波について講義するボリスさん(2022年7月)
ウィゼンシー(イギリス)で地震と津波について講義するボリスさん(2022年7月)

神戸とタルカワノの間での、遊びを通じた防災の「翻訳」は、新たな展開につながりました。今年の7月に、Voces de Resilienciaの主要メンバーがイギリスに集まり、ウィゼンシー高校で、日本の中学生に当たる年代の子どもたちに対し、レクチャーとゲームのデモンストレーションを行ったのです。ウィゼンシーは北海に面した小さな町ですが、近年、海岸浸食の被害が拡大しています。浸食は年間数メートルにおよび、住宅地に迫りつつあります。こうした、いわば災害と呼べるような状況に対して、地元の高校と複数の大学の研究者が連携し、コミュニティ・プロジェクトを進めてきました。このinsecureと名付けられたプロジェクトでは、高齢者の話を聞き、そこから詩と映像のような表現を通して、住民への意識喚起の活動を行なってきました(この映像はYouTubeでも見ることができます)。

ウィゼンシーの子どもたちにもゲームは好評で、今後に向けての多くのフィードバックも得られました。タルカワノでのVoces de Resilienciaとウィゼンシーのinsecureは、津波と海岸浸食という違いはあるものの、アプローチや目的意識などの共通点も多く、今後、両者の学び合いが、新たな創造的「翻訳」につながっていきそうです。

おわりに

日本からタルカワノへの「翻訳」、タルカワノでのVoces de Resilienciaプロジェクト、そしてウィゼンシーでの交流と続く流れは、まさに上で書いた「学び合い」のプロジェクトと言えるものです。これまで、国際協力といえば、国同士の関係として考えるのが一般的でした。しかしこのプロジェクトでは、行政、NPO、地域、学校、個人など、必ずしも政府を介さない、多様なレベルでの協力の実態や、そうした協力のもつ可能性が明らかになってきました。そこから示唆されるのは、政府によるトップ・ダウン型の事業としてではない、ある市や小学校がもつ特徴や強みが浮かび上がってきたり、ふだんは無視されがちな人や組織が主人公になり、新たな考え方が生まれてくる活動としての国際協力のあり方です。

日本から出発したこのプロジェクトですが、近い将来、日本の行政や小学校にもこのプロジェクトを紹介し、チリやイギリスの人々の活動からの新たな学び合いが生じれば、と考えています。

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