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財団イベント・シンポジウムレポート

助成対象者ワークショップ「社会の新たな価値の創出をめざして」@京都を開催しました(研究助成プログラム)

情報掲載日:2016年7月29日


プログラム研究助成プログラム
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ワークショップ会場の様子

7月9日、早くも蝉が鳴きしきる京都大学の稲盛財団記念館にて、同大学の地域研究統合情報センターとトヨタ財団の共催による助成対象者ワークショップ「社会の新たな価値の創出をめざして」を開催しました。このワークショップは、研究助成プログラムの目的や基本的な考え方について、既に助成を受けている対象者が再確認を行い、更に今後応募を検討される方が理解を深めることを目的とし、3年前から年2回開催しているものです。当財団担当者からの趣旨説明の後、6名の助成対象者が2組ずつ3セッションに分かれ、それぞれのプロジェクトを通じ、どのように「社会の新たな価値を創出」するのかについてご報告いただきました(当日のプログラムはPDFファイルでご覧いただけます)。前半の2セッションは今年の5月に助成を開始したばかりの4プロジェクト、最終セッションは助成開始から1年が経過した2プロジェクトの報告です。

報告する呉永鎬さん

始めのセッションでは、グローバル化する現代において、異なる国や地域にバックグラウンドを持つ人びとが、共に働き学ぶ社会をどのように作っていけるのかを研究する2つのプロジェクトにご報告いただきました。
近年日本社会で増加する移住労働者を、送り出す側の視点で考えることで社会の同質性・定住を規範とする考え方に楔を打ちたいと、プロジェクトを立ち上げた崔博憲さん(広島国際学院大学情報文化学部 准教授)から、研究者が移住労働者を支援する組織と共に調査を行うことで、より実態に沿った支援スキームの構築を目指したいとの報告がありました。
呉永鎬さん(世界人権問題研究センター 専任研究員)は、日本において、戦後から1960年代にかけて、外国人学校が公費で運営されていた事実に着目し、その史的研究を通じて、外国にルーツを持つ子どもたちの学びと育ちを保障しうる今後の日本の教育制度のあり方を検討するプロジェクトについてご報告いただきました。
いずれのプロジェクトも、他者や隣人との共生のあり方を巡って様々な立場からの意見がある中で、その難しさに果敢に立ち向かう意欲的なプロジェクトであるという評価がありました。一般にこのようなテーマに取り組む場合、制度や政策の在り方を問う研究が目立ちますが、その際も、当事者のアイデンティティ形成や弱者に対する差別など、目に見えにくい問題に配慮して研究を行うことが重要であるとのコメントもありました。

報告する山田真寛さん

次のセッションでは、言葉とアイデンティティ形成のあり方に関わる2組の共同研究プロジェクトよりご報告いただきました。
初めに、山田真寛さん(立命館大学衣笠総合研究機構 専門研究員)が調査対象の一つである与那国語でプロジェクトの紹介を行い、日本では劣った「訛り」として扱われがちな地域言語について、世代間での理解度や地域言語同士の距離についての客観的な尺度を設けることで、言語の固有性・多様性を認め、人びとが誇りを持ってアイデンティティを保持することに貢献したい旨が報告されました。
佐藤貴仁さん(慶應義塾大学総合政策学部 非常勤講師)らのプロジェクトは、日本語教育の研究者が中心となり、日本語を母語として身に付けた植民地期台湾の住民や、南米に移住した日系移民の方々などのうち、異なる言語環境に置かれてもなお日本語で人生を全うしようとする人びとへの聞き取りを行い、言葉がもたらす人生の豊かさを解明することを目指しています。得られた知見をもとに、生徒の文化的背景を考慮せず形式を重視しがちだという現行の言語教育を問い直したいとの報告がありました。
ディスカッションでは、言語と文化は切り離せないものだと思われがちだが、2つのプロジェクトの報告を聞き、多様な関係性に気づかされたというコメンテーターから、言語と文化の関係性を必ずしも一律に捉えずにプロジェクトを進めてほしいという意見がありました。また、誰のための研究なのか、誰に向けてどのように成果を発信するのかという質問が投げかけられました。これに対しては、選考委員長自らが中心となって創刊された『実践政策学』(http://www.union-services.com/pps/index.htm)というジャーナルが紹介され、既存の枠組みでは評価されにくい「新たな価値の創出」に関する成果を投稿するひとつの場として活用してほしいとのお話がありました。

報告する牛島健さん

最終セッションでは、工学を専門とするお二人の研究者に都市の制度設計や開発評価手法について取り組む2つのプロジェクトについてご報告いただきました。両者とも開始から1年が経過していることもあり、プロジェクトを実際に運営した経験をもとにした具体的な報告や質疑応答が展開されました。
インドネシアのスラムで生活環境改善に取り組む牛島健さん(北海道立総合研究機構北方建築総合研究所 研究職員)は、スラムの個々人の生活は意外に快適だが、全体としては汚水の垂れ流しやごみ問題など、快適な環境につながっていない点に注目し、個人の部分最適と全体最適のミスマッチを修正するような制度設計の提案を目指しています。地道な調査から物質やお金のフローを可視化し、政策提言に向けたツールを試作しているプロジェクトの中間状況の報告などが行われました。
手塚哲央さん(京都大学大学院エネルギー科学研究科 教授)らは、インドが大規模に進めるスマートシティ開発に対し、水資源などの需要や供給に関する定量的なデータのみを考慮するのではなく、人びとの価値観や生活様式を考慮することが重要であるという考えから、新たなスマートシティ開発の評価指標の提案を目指しています。インドの研究者と共に調査を実施し、その結果を現地でシンポジウムを開催するなど積極的に成果を発表していることなどが報告されました。
ディスカッションでは、持続可能な社会の実現には、研究室の中でデータ分析に多くの時間を割く工学系の研究者でも、政策担当者の目線だけでなく、住民に寄り添った目線で現場を捉える必要があり、そのために、これからのエンジニアとして住民が議論する場所の提供に是非取りくんでほしいという意見が出されました。
また、インド研究を行っている参加者の方からは、インドの民主主義の可能性は歴史的に多様な立場からの対話が延々と活発に、プロセスとして続いているところに見出され、ひとつの全体最適解を導くという考え、多様な意見を集約するという方法では不十分ではないかとの指摘がありました。その上で、多様な情報を共有できるインフラが整ってきた今、一つの解を導くのではなく、様々な立場や意見を反映させた市民参加型の都市設計が実現できないだろうかという意見が出されました。工学という専門分野を超え、「ポリス」がどのようにあるべきかという根本的な話につながる興味深い視点でした。

3つのセッションを通じ、研究者が具体的な研究対象を捉えつつ、社会における研究の位置づけがどうなっているのか、研究者の立ち位置がどこなのか、研究対象を超えて普遍性のある知見をどうやって発信することができるのかといった大きな問題が見えてきました。これ以外にもプロジェクトを運営する上での様々なヒントも共有されました。例えば、政策提言をどのように行っているのかという問いに対し、研究成果を分かりやすく可視化し、政策担当者と面会の機会を得た際に短時間でポイントを紹介できるようにするといったものや、広報戦略を念頭に置き、新聞記者がすぐに記事にできるような文章を記者に手渡すなどといったものです。一方で、単純な可視化が誤解を招く危険性も指摘され、成果の発信方法の難しさが共有されることとなりました。
今回のワークショップで共有された気づきが、助成対象者のプロジェクトの一層の推進力となり、助成プログラムに対する参加者の理解を深め、「社会の新たな価値の創出」に貢献することを期待します。

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