HOME  >  2018年以前の助成情報  >  研究助成プログラム  >  2016年度研究助成プログラム  >  2016年度研究助成プログラム 選後評

選考委員長 桑子敏雄

研究助成プログラムの選考について

トヨタ財団の研究助成プログラムは、「社会の新たな価値の創出」をキーワードに、時代の先端を行く研究プロジェクトを支援しようとするプログラムです。
いま現代社会は大きな転換点にさしかかっているように見えます。20世紀はイデオロギーの違いによる対立・紛争、さらには戦争の時代から、イデオロギーの終焉、民族宗教の違いによる対立・紛争へと混迷を深めました。今世紀になって、時代の流れのなかで、自由や平等、多様性といった価値が表舞台から退いていくように見えます。国家も個人も自己利益中心の世界へと落ち込んでいく様子は、高度な文明を誇った古典ギリシア世界が内乱の時代へと落ち込んでいく時代を彷彿とさせています。
民主主義が人びとへの迎合によって変質を遂げようとしていたとき、ソクラテスは、善とは何か、正義とは何かを問いかけ、その厳しい問いの精神によって死に至りました。プラトンは、そのソクラテス的問いの意味、ソクラテス的問いという方法のもつ価値を問いつづけました。
社会の新たな価値の創出という課題は、時代の転換の本質をとらえ、その課題を明らかにし、答えを見いだそうとする真摯な営みを求めています。ソクラテス的問いが問答法という方法意識のもとに展開されたように、社会の新たな価値の創出という課題も、この課題に応えようとするときに求められる方法へのまなざしを必要としています。

本年度の研究助成プログラムの選考委員会では、こうした方法へのまなざしの必要性が特に議論されました。提案された多くのプロジェクトは、本助成の趣旨についてしっかりとした理解にもとづいて計画されていたように思われますが、研究の方法論に対する新たな試みが見られなかったように思われます。
たしかに新しい方法論にチャレンジしようとするときには、研究の成果に対する見通しが困難であるということもありえます。しかし、新しい価値の創出をどのような方法論によって明らかにしようとするかということについても、選考委員会は評価しようと努力しています。新しい方法論を試みることは、既存の課題に対する新しい知見をもたらしてくれると考えるからです。
選考委員会は、広い視野をもちながらも、独自の視点をもつメンバーによって構成されています。評価に当たっては、あらかじめ決められた選考基準に照らして評価するというよりも、それぞれの評価者が指摘するポイントを最大限尊重するという方法をとっています。すなわち、優等生的なプロジェクトではなく、成果がうまく上げられるかリスクはあるけれども、面白い!と思わせるプロジェクトを評価する、という姿勢です。
以上のような観点で、今年度の応募のなかでは、個人研究の方に面白いものが多かったということで選考委員の意見が一致しました。共同研究はともすれば、メンバーの関心を平均化したものになりがちですが、オリジナリティの高いものとするためには、研究代表者のリーダーシップが大切であると思います。トヨタ財団の助成は、若手の研究者に積極的に助成を行っていますが、よりベテランの研究者を含めた共同研究の場合にも若い知性の躍動を求めたいと思います。

本年度採択されたプロジェクトは、大きく「コミュニティ、地域文化」、「家族と社会」、「対話と社会参加」、「高齢者福祉、格差/社会保障」、「医療/健康」、「人の移動、移民/難民」、「平和、和解、共生」、「人と自然、環境/景観」、「科学/情報技術と社会」の9つのカテゴリーに括ることができます。以下、選考委員会において、多数の選考委員から一定の支持を集めたプロジェクトを挙げます。

(A)共同研究助成
D16-R-0611  由井秀樹(立命館大学衣笠総合研究機構  専門研究員)
「母子保健における『標準化像』の形成過程に関する歴史的研究」

本プロジェクトは、日本の少子化対策の重要な領域である母子保健で、母子の標準化像がどのように形成されてきたのか、その歴史的なプロセスを解明し、これまでの母子保健のあり方を批判的に総括するという難しい課題に挑戦するものです。若手の研究者を中心とする意欲的な共同研究のプロジェクトであり、 今後の少子化対策を歴史的な視座の下で相対化して検討する際の基礎的研究として高い成果をあげることが期待されます。

(B)個人研究助成
D16-R-0692  土屋一彬(東京大学大学院農学生命科学研究科  助教)
「なぜありふれた自然環境を守るのか?『関係価値』評価メカニズムの解明」

身近な自然環境について、人と自然の関わりから生成される「関係価値」がどのように認識されるのかという評価メカニズムの解明に取り組む意欲的な研究プロジェクトです。「ありふれた自然環境に対する関係価値」は斬新な視点ですが、質問票調査と衛星画像解析を組み合わせ、それを定量的にとらえようとする研究により、応用可能性の高い知見が得られることが期待されます。

このページのトップへ