HOME  >  2018年以前の助成情報  >  研究助成プログラム  >  2016年度研究助成プログラム  >  財団イベント・シンポジウムレポート  >  助成対象者ワークショップ「社会の新たな価値の創出をめざして」@東京を開催しました(研究助成プログラム)

財団イベント・シンポジウムレポート

助成対象者ワークショップ「社会の新たな価値の創出をめざして」@東京を開催しました(研究助成プログラム)

情報掲載日:2016年5月11日


プログラム研究助成プログラム
カテゴリNOctg01 ctg07

ワークショップ会場の様子

4月16日、新緑まぶしい東京大学本郷キャンパスの赤門に隣接する情報学環・福武ホールで、研究助成プログラム助成対象者ワークショップ「社会の新たな価値の創出をめざして」を開催しました。6組の助成対象者が2組ずつ3セッションに分かれ、助成プロジェクトの紹介と、どのように「社会の新たな価値の創出」という研究助成プログラムのテーマに取り組んでいるのか、また取り組もうとしているのかを報告しました。それを受けて、選考委員長の桑子敏雄氏(東京工業大学 教授)をはじめとする4名のコメンテータを中心に質疑応答が行われ、「価値の創出」とは何か、研究活動がどう社会に貢献しうるのか等について活発な議論が展開されました。

報告する橋本栄莉さん

個人研究プロジェクトの直井里予さん(京都大学東南アジア研究所 機関研究員)と橋本栄莉さん(日本学術振興会 特別研究員)は、それぞれミャンマーと南スーダンを追われた難民の若者について報告しました。新しい土地で「より良く生きる」ために、ときに積極的に伝統の知を組みかえながら、不慣れな慣習や考え方、新しい他者と真摯に向き合っている若者や若者グループについて詳細に考察されていました。
直井さんはこれまでにタイの難民キャンプで暮らすカレン族の少年を8年に渡り調査し映像に収めてきました。報告では、その彼が第三国定住でアメリカに移住したところから映し出され、カレンとしてのアイデンティティやコミュニティの形成の場が、流動的に、難民キャンプからカレン族が集まるインディアナポリスの教会へと移っていく様子や、少年が将来のために家族と別れる選択をし、アメリカで生活の基盤を築こうとする様子が丹念に描かれていました。映像からは、新しい土地で主体的に生きようとする若者の姿が垣間見られましたが、しかし難民として受け入れられる彼らは「統合」ではなく「他者」というレッテルを貼られる対象であり、それが生き難さやカレン・アイデンティティを希求する要因の一つであることが示唆されていました。

橋本さんは、ウガンダの難民定住地で形成されているヌエルの若者組合に着目していました。ヌエルの人々は、チエンと呼ばれる大きな木を「家」や自分たちの「帰る場所」として捉え、いつもその周りに集まり、さまざまな問題について話し合っているそうです。若者たちは自分たちのルーツを大切にしながら、新しい環境にいかに柔軟に対応していくべきかを率先して話し合い、新しい価値となる規範やシステムをつくり出して、コミュニティの再建に努めているといいます。

ワークショップの参加者からは、難民が発見する価値と、それを新たな価値として学びとろうとする研究者がいて、「二重の価値の創出」があるというコメントがありました。また、コメンテータからはプロジェクトを通して得た知見をどう活かし政策提言などにつなげていけるか、といった先を見据えた問いもありました。それらに対してお二人は、「脆弱な難民」というイメージが先行しがちであることに懸念を示し、実際はそれとは程遠いことを認識する重要性を強調されていました。橋本さんによれば、難民たちは行政組織や国際支援団体による一方的な民族・地域の区画や固定化が、紛争を生み長期化させる要因になっていることを理解しています。彼らが自分たちの「生」のために、あるいはコミュニティのために、自ら価値を創造していくプロセスに、支援する側も寄り添うことが必要だと感じさせられました。

質問に答える陣内秀信さん(右)と堀尾作人さん(左)

また、共同研究プロジェクトの報告には、日本国内の地域コミュニティ形成に関するものがありました。そのうち陣内秀信さん(法政大学大学院デザイン工学研究科 教授)と堀尾作人さん(同 大学院生)のグループは、群馬県の桐生がかつて水の都であった特徴を活かした地域再生に取り組んでいることを報告しました。桐生は絹織物の産地として有名ですが、水力を織物産業に用いていたこと、またそれが日本独自の技術によるものだったことはあまり知られていません。「水のまち桐生」というイメージは、地元の方たちの間でもほとんど共有されていなかったそうです。しかし、ワークショップなどを重ねるうちに、身近にあった水路や水車の記憶が呼び起こされているといいます。

陣内さんによれば、そもそもまちの成り立ちには「水」が大きく関わっているものですが、産業化・工業化の時代に水が汚染され、地域の水利用の歴史は忘れ去られていきました。しかし、ポスト工業化時代のいま、地域の水は再び美しさを取り戻しつつあり、「水」を軸としたまちづくりが世界的にも注目されているそうです。ワークショップの参加者からは「集合的記憶」を掘り起こすことで、地域に歴史を形成する力が生まれ、経済活動や産業とは違う地域のアイデンティティや誇りが生まれるとして、コミュニティ形成に関する期待を込めたコメントがありました。また他方で、単なる「水都」の復活ではなく、時代に合った水利用が必要だという意見もありました。このプロジェクトは、市民団体や行政を巻き込んで「水のまち桐生」の見直しを図り、地域の特徴を活かした地方都市再生のモデルを提示することを目標としています。先に紹介した個人研究とはまた違ったアクション・リサーチと言えますが、「より良く生きる」ために、あるいはコミュニティのために、価値を創造するというプロセスには多くの共通項を見出せるのではないかと感じられました。

さて、今回のワークショップは4月14日から続く熊本地震の影響が心配されるなかで開催されました。コメンテータの桑子選考委員長は、私たちが地球という小さな惑星のなかで、地震をもたらす地球内部の活動や洪水をもたらす大気の変動など自然の脅威に常に晒されながら、同時に人間同士の争いを経験し、さまざまな課題に取り組んでいることに言及されました。「社会の新たな価値の創出」とは、そうした極めて複雑で困難な現実にたいして、どのような展望を導きだせるか、未来に向けた概念や価値体系、パラダイムをどう提示していくかを探究することです。今回のワークショップの報告は、いずれも既存の価値に果敢に挑み、人々の暮らしや地域コミュニティの再生のために必要となる価値を発見したり、創り出そうとするものでした。トヨタ財団研究助成プログラムは、世界を俯瞰する力をもち、既存の考え方に捉われることなく、私たちがめざすべき価値を明らかにし、その研究成果を社会に広く共有されるよう努める意欲的なプロジェ クトを応援しています。

最後に、2013年からはじまった本ワークショップも今回で5回目となりました。まだまだ試行錯誤のなかで企画・ 運営をしておりますが、回を重ねるごとに多くの方にご参加いただき、今回は定員60名を優に超えるお申し込みをいただきました。そのため多くの方には参加 をお断りする事態となりましたが、7月9日(土)には京都においても同趣旨のワークショップを開催します。まだお申し込みが可能ですので、参加をご希望の 方はこちらをご覧ください。

このページのトップへ