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選考委員長 末廣  昭

2016年度「アジアの共通課題と相互交流:学びあいから共感へ」選後評

トヨタ財団は、1974年の設立以来、東南アジア諸国を中心に国際助成を展開し、2009年度からは「アジア隣人プログラム」を通じて、アジア諸国・地域が直面する具体的な課題の解決を目指すプロジェクトを助成してきた。

そうした中、アジア諸国・地域は、経済発展と国民の生活向上を着実に実現すると同時に、他方では、少子高齢化の進展、経済的不平等の拡大、自然災害の頻発など、日本と共通する問題にも直面するようになった。そのため、2013年度からはプログラムの名称を、「アジア隣人プログラム」から「国際助成プログラム」に変更し、タイ、フィリピン、インドネシア、ベトナムと日本に対象地域を絞り込み、未来を見すえた政策提言型のパイロット・プログラムを実施することとした。次いで、2015年度の国際助成プログラムでは、それまでの基本認識を継承しつつも、次の5点で新しい方針をとった。

第一に、プログラムの目的を「2国以上の地域実践者による国を越えた現場訪問・相互交流の実施」に置き、「学びあい」の趣旨を明確にしたこと。第二に、共通テーマを高齢化社会、多文化社会の2領域に絞り込み、相互交流と政策提言を助成の必須の条件としたこと。第三に、対象地域を東南アジア4カ国と日本から、中国・韓国など東アジア7カ国・地域と、東ティモールを含む東南アジア11カ国の計18カ国・地域に拡充したこと。第四に、実践的プロジェクトを支援する観点から、助成内容は対象テーマに関する「現状レビュー」(調査・分析)にとどまらず、ビジュアルでインパクトのある成果物の作成(Tangible Output)を重視したこと。第五に、プロジェクトの質の向上を実現するために、助成期間中にメンバーの間で生じた意識や行動の変化を記録し(「変化の記録」)、財団に提出することを要請したこと。以上の5点である。

ところが、対象テーマを高齢化社会、多文化社会の2領域に絞り、かつ地域実践者の現場訪問と相互交流を必須の条件としたことから、2015年度は応募件数が68件にとどまり、かつ、プロジェクトの企画も、斬新さやリスクを避け、オーソドックスな内容に向かう傾向が見られた。その一方、アジアでは現在、食文化、映像、音楽、演劇などの分野で、伝統の見直しと新しい文化・芸能の創出の試みが始まっている。そして、社会メディアの発展もあって、「アジアに共通する文化の創造」とも呼ぶべき、新しい動きが生じている。こうした動きは、地域社会が直面する課題に、人々が共感をもって取り組んでいくための共通の基盤を提供するものであろう。

そこで、2016年度は、テーマ(アジアの共通課題と相互交流:学びあいから共感へ)と対象地域(東アジアと東南アジア)は、従来の方針を継承しつつ、対象領域を、(A)多世代・多文化を包摂する地域コミュニティ、(B)新しい文化の創造:これからのアジアの共通基盤の構築、(C)オープン領域、の3つに拡充することとした。

3つのうち領域Aは、これまでの高齢化社会や多文化社会に関連するプロジェクトを含むものである。次に領域Bは、食文化、アート、映像、伝統芸能など、アジアの豊かな未来像を提示する意欲的なプロジェクトを期待して設定した。最後に領域Cは、2つの領域に含まれないか、両者にまたがるような課題で、財団ではなく応募者自身が領域を設定し、提案することを念頭に置いた。なお、課題解決のための諸活動と相互交流、インパクトのある成果物(作品)の作成と発信、「変化の記録」の作成と提出というガイドラインは、2015年度と変わっていない。いずれにせよ、対象領域の見直しによって、応募者とテーマの多様化を図り、プロジェクトを実施する国・地域が広がることを目指した。

応募状況

以上の結果、2016年度の応募件数は211件と、前年度の68件を大幅に上回った。応募領域でみると、領域A(多世代・多文化を包摂する地域コミュニティ)が47件(22%)、領域B(新しい文化の創造)が56件(27%)、領域C(オープン領域)が108件(51%)であった。オープン領域が半分を超えたのは、応募者にとってアクセスしやすい領域であったことによるが、応募テーマ自体は、防災、環境、エコツーリズム、保健医療、障害者支援など、領域Aとも重なる社会関連の分野が多かった。

次に、応募者(代表)の国籍別分布をみると、211件のうち最も多かったのは日本の84件で、以下、マレーシア26件、インドネシア21件、フィリピン12件、タイ9件、ベトナム、中国、韓国、米国の各8件が続く。地域別では、東南アジアが85件、日本を除く東アジアが19件、南アジアが6件、欧米ほかが17件であった。

選考の結果

選考委員会は、対象領域を拡充したことに伴い、2015年度の選考委員4名の体制から、2016年度は選考委員6名の体制に改組した。6名のうち委員長を含め3名が留任、残り3名が新任である。選考にあたっては、例年通り、1. 設定したテーマの適合性、2. 実践面での相互交流の意義、3. プロジェクトの実施体制とメンバー構成の堅実性、4. 成果物や政策提言のインパクトの4つを重視した。それと同時に、新設である領域Bについては、メンバー構成や成果物(作品)の発表形式などについて、案件ごとに柔軟に判断していくことを、選考に先立つ6月末の準備会の場で合意した。

以上の方針にもとづいて、2016年7月29日に選考委員会を開催した。選考の結果、採択プロジェクトの領域別分布は、領域Aが6件、領域Bが6件、領域Cが6件となった。件数が3領域で同じになったのは、意図的に調整した結果ではなく、中身本位で議論を重ねた結果、たまたまそうなっただけである。また、プロジェクトがカバーする国・地域は、13件の日本を筆頭に、以下、5件がタイ、4件が韓国、インドネシア、カンボジア、3件がマレーシア、ベトナム、ラオス、ミャンマー、2件が台湾とフィリピン、1件が中国、香港、東ティモールであった。カバーしていないのは、モンゴル、ブルネイ、シンガポール、マカオの4カ国・地域のみであり、対象国・地域の広がりは、2016年度の大きな特徴であった(全案件が複数国を対象とするため、合計は18より多い)。

なお、選考にあたっては、財団のプログラム・オフィサー(PO)たちが精力的に行った応募プロジェクトの発掘、応募候補者との事前の相談、候補プロジェクトについての追加資料の収集が、大きな助けとなった。200件を超える応募書類を精査する作業は大変であったと思う。ここに深く感謝の意を表したい。

採択案件紹介

以下に本年度の新規採択案件18件のうち、3つの対象領域からプロジェクトを1件ずつ選び、その特徴と助成の意義を簡単に紹介しておきたい。

1. 領域A 多世代・多文化を包摂する地域コミュニティ

金宣吉 特定非営利活動法人 神戸定住外国人支援センター 理事長
「日韓移民ユースエンパワメントのためのディーセントワーク推進プロジェクト」
対象国:日本、韓国
期間:2年間
助成金額:800万円
本件は、日本と韓国において、移住した若者とホスト社会が一緒になって「移民ユース」の実態を調査し、課題を明らかにしたうえで、支援事業を考えるというプロジェクトである。日本側は神戸市長田区(ながたく)の外国人支援センターや兵庫県立大学など、韓国側は関連NGOのほか、延世大学、聖公会大学など、このテーマに実績のある団体や研究者が参加しており、プロジェクトの遂行に問題はない。

日韓双方が対等の立場でプロジェクトを企画し、さらに若者を「移民ユース」のコーディネーターとインターンとして公募するなど、プロジェクトが何より未来志向的である点が、選考委員の間で高く評価された。また、公募で選ばれた両国の若者たちが、教育と実践のための「フィールドノートブック」を作成し、それを「移民ユースのエンパワーメント政策提言」に発展させていくという活動計画は、ユニークであると同時に、次世代につながる意義を持ち、国際助成プログラムの趣旨に合致すると判断された。

2. 領域B 新しい文化の創造

藤澤忠盛 昭和女子大学 生活科学部 環境デザイン学科 准教授
「アジアの地域・風土性を生かした「デザイン・アート展覧会コンソーシアム」構想」
対象国:日本、カンボジア、タイ、韓国
期間:2年間
助成金額:750万円
本件は、土着・民俗的でもなく、かといって欧米のまねでもない、各国・地域に根差した現代アートの世界を探索し、相互に紹介し、横断的なコンソーシアムを立ち上げようとするプロジェクトである。企画者、制作者、観覧者、研究者、メディアが、相互に協力して共同ワークショップに参集し、皮切りとしてプノンペンで、第1回アジアデザイン・アート・トリエンナーレを開催する。もし実現すれば、先行する福岡アジア美術トリエンナーレと異なる東アジア・東南アジアを活動の場とする展覧会の誕生となる。

今回の応募の中には、ASEANが目指す3つの共同体(政治・安全保障共同体、経済共同体、文化共同体)のうち、もっとも枠組みづくりが遅れている「文化共同体」の構築を念頭に置いた企画がいくつか存在した。本件も将来的には、そうした役割を果たす可能性を秘めている。ただし、メンバーは昭和女子大学の藤澤氏(40代)をはじめ、日本人が中心となっており、プロジェクトを進める過程で、カウンターパートナーの人員を補強していく必要があるとの意見がだされた。

3. 領域C オープン領域

箕曲在弘 東洋大学社会学部 専任講師 / NPO法人APLA 理事
「換金作物栽培地域における循環型有機農業の実践に向けた若手農業リーダーの育成プロジェクト」
対象国:ラオス、東ティモール、フィリピン
期間:1年間
助成金額:430万円
本件は、東南アジア諸国の若手農家リーダーの相互交流を通じて、換金作物栽培における循環型農業の実践を図るというプロジェクトである。代表者は、ラオスでコーヒーのフェアトレードの調査に長年従事し、十分な専門知識を持っている。また、代表者は、この分野の国際協力に関して豊富な経験を有し、ラオスをはじめNGOのメンバーとネットワークを有していることから、プロジェクトの実現性は高いと判断される。

もっとも、東南アジア地域内の若者の相互交流と環境にやさしい農業の発展、この2つを結び付けるという発想は、決して目新しいものではない。ただし、ラオス、東ティモール、フィリピンの間の「協働」が明確にデザインされていること、唯一、東ティモールを対象国に組み込んだプロジェクトであること、報告書と映像による成果の発信も妥当であることなどから、採択とした。

おわりに

2016年度も、前年度と同じように、学術研究を目的とする文部科学省や日本学術振興会(JSPS)の科学研究費事業とは一線を画し、未来志向的で実践的なプロジェクトを目指す、トヨタ財団国際助成プログラムの趣旨を念頭に置いて選考を進めた。なお、今回は社会的諸問題だけでなく、文化・芸能の分野にも領域を広げたことで、選考の過程にもよい意味で緊張感が生まれた。また、応募件数が増えたこともあって、申請内容の質が確実に上がったという感想を、選考委員全員が持った。

ただし、選考委員を驚かすような、自由奔放で時代を先取りするようなアイディアは、残念ながら今回の応募には見出せなかった。その理由は、応募者が財団に対して抱くイメージ(プロジェクトの堅実さの重視など)によるところが大きいが、同時に、「新しい文化の創造」を通じて、財団が何を目指しているのか、十分に伝えていないという側面もある。この点、財団はより明確なメッセージを、次年度以降、HPなどを通じて発信すべきではないかという意見も出された。

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