国際助成プログラム
2012年度 アジア隣人プログラム 選後評
選考委員長 三好 皓一
2012年度 アジア隣人プログラム(特別企画)
トヨタ財団は、1974年の設立以来、アジアを主な対象とした国際助成プログラムを実施し、2009年度からは「アジア隣人プログラム」の下でアジア各地での課題解決を目指した実践的なプロジェクトを助成してきた。この間に、アジアは世界の経済成長の中心と言われるようになり、また、これに伴い日本とアジアの関係は「先進国」日本から「途上国」アジア各国への垂直的な支援という図式から、貧困などを含む共通の課題に対してともにどう向き合うかというものに変化がみられるようになった。さらに、2011年3月の東日本大震災とその傷跡は、人々に相互の関係の重要性を再認識させることになり、日本が国際開発活動に関わることの意味を根本から問い直すものとなった。
このようなアジアと日本の変化を踏まえ、事務局では従来からの実践的なプロジェクトの支援から一歩踏み出し、これらの活動の経験と蓄積された知見をもとに「未来への展望」をテーマとして「アジア隣人プログラム」の1年限定の特別企画を行うこととした。
特別企画は、これまでアジア各地で課題解決のための実践活動に取り組んできた人たちが経験交流として一堂に会し、これまでの実践活動を振り返えるとともに、この結果をもとにアジアと日本の未来に対する展望や提言を報告書としてとりまとめ、新たなアジア隣人と日本の関係や互いに必要なものを提示することを目的とした。経験交流、未来への展望のテーマとしては、「変わりゆく日々の暮らし」、「個人を支える社会のかたち」、及び「多文化共生社会への試み」の助成領域を設定した。
応募状況
本年度の応募件数は106件(2011年度は245件)となり、数の上では昨年度より56.7%の減少となった。応募の傾向としては、日本人の応募件数(53件)が外国人の応募件数(53件)と同数となった(2011年度は日本人88件、外国人162件)。これは本年度の特別企画が、これまでの実践活動型のプロジェクトを対象としたものではなく、これまでアジア各国での長年に亘る様々な実践活動の取り組みをもとにした経験や知見を取りまとめ、活かしていくことを対象とする特別企画としてのプロジェクトの特性に起因すると考えられる。
助成領域では、「変わりゆく日々の暮らし」が58件ともっとも多く、次いで「多文化共生社会への試み」に26件、「個人を支える社会のかたち」に22件の応募があった。
選考結果
選考委員会では、「趣旨との整合性・現実性」、「課題設定」、および「期待される『展望』の内容」を重視して、総合的に評価を行った。特にこれまでの実践活動の内容を自ら検証しアジアと日本にとって価値ある、また先駆的な提言をもたらし得る取り組みを高く評価した。その結果、助成候補として19件を採択した(助成対象一覧)。応募総数から見た採択率は17.9%となり、昨年度の9%を上回った。
助成領域では、「変わりゆく日々の暮らし」が11件、「多文化共生社会への試み」に5件、「個人を支える社会のかたち」に3件と、応募の多い領域順での分布となった。また、代表者が外国籍の案件が5件である。
採択されたプロジェクトは、いずれも実践活動を踏まえた経験の交流を企画しており、実践的な活動の経験を概念化してアジアや日本発の知見や提言を提示し得るものと考える。しかし選考過程の中で、全体を通して経験交流の部分に比べて『未来への展望』作成の部分に弱さがみられるとの指摘もなされた。実践活動を概念化し「未来への展望」の作成過程を通して、アジアや日本に将来にとって価値ある、また先駆的な提言について真剣に議論され、広く発信されることを期待したい。
なお、財団のプログラム・オフィサーは、特別企画の意義の説明、プログラムの応募の相談、プロジェクトについての追加資料の取集など、本特別企画における助成プロジェクトの選考の大きな助けとなった。ここにあらためて感謝したい。
採択案件紹介
以下に本年度の採択案件のうち、各助成領域からプロジェクトを一件ずつ紹介する。
1. 変わりゆく日々の暮らし
「Post Natural Disaster Management Practitioners Workshop for Asia」 |
Sabur, Mohammad Abdus(Asian Resource Foundation) 250万円 |
本プロジェクトは、アジア地域におけるARFのネットワークの下で災害マネジメント・プログラムに携わる責任者、担当者を招聘し、その経験と知見を共有するとともに発信するためにワークショップを開催するものである。ワークショップでは、(1)自然災害に対する対応及び課題と教訓、(2)持続可能な地域コミュニティの構築に向けた自然災害復旧プログラムの策定と実施、(3)社会組織間ネットワーキングと資源の共有化、及び政府・国際機関との協力に係る経験、(4)ワークショップ参加組織の将来に向けての協力のメカニズムの展開、の4つのテーマを定め、参加者の経験や事例の共有に努めるとともに、「未来への展望」として報告書を取りまとめることとしている。自然災害への取り組みは、近年重要性を増しており、今後もその趨勢は続くものと考えられる。現時点でアジア各地での広がりのある実践者の参加を得て防災マネジメントの活動の経験を取りまとめ、今後の参考にしていく本件は時宜を得た有意義な試みであると考える。 |
2. 個人を支える社会のかたち
「障害者の就労機会の創出による社会参加の促進 ―アジアの障害当事者による就労支援と生計創出の先駆的な実践と経験の共有」 |
藤井 克徳(ワーカビリティ・アジア) 260万円 |
世界保健機構(WHO)によれば、世界の人口の15%は何らかの障害を有するとされている。世界の人口の2/3が集中するアジアでは、7億人に及ぶ障害者が生存することを意味する。その大多数は貧困階層にあり、貧困と障害という2重の不利に苦悩している。貧困克服の前提は就労であるが、多くの障害者が、障害を理由として就労機会から排除されている。一方、アジア各国では、障害当事者団体が自ら障害者の就労機会を創出し、また職業訓練を提供し、終了後企業への就職を支援する先駆的、かつ効果的な取り組みを行っている。ワーカビリティ・アジアは、これら障害当事者団体のネットワークで、アジア10か国・地域の22団体が加盟している。本件は、このうち数団体によるワークショップを開催し、各国で個別に行われている実践的な活動を持ち寄り、その有効性と改善すべき問題点を解析し、他のアジアの国においても共有が可能となる事例をまとめるものである。障害者の就労分野での実践事例の編集は初の試みであり、その報告となる「未来の展望」は、今後各国での障害者の新たな就労を切り拓き、就労を通じて障害者の生活向上と社会参加を大いに後押しするものと期待し得る。 |
3. 多文化共生社会への試み
「『開かれた相互扶助』ネットワーク構築プログラム ―アジアの更なる多様性の共存を目指して」 |
菅波 茂(特定非営利活動法人アムダ(AMDA)) 250万円 |
AMDAは、1984年の設立以来、人々の尊敬と信頼を基盤とし、排他性を克服した「開かれた相互扶助」をキーワードに、平和を妨げる紛争、災害そして貧困に対して多くのプログラムを実施してきた団体である。「開かれた相互扶助」によって、アジアの多様性と共存し、社会・文化の相互理解、発生する災害への対応、そしてNGOのネットワークの構築を可能としている。本プロジェクトでは、この「開かれた相互扶助」をさらに深化させることを目的に、AMDAの姉妹団体とのネットワークを基にアジア諸国のローカルNGOの代表者を岡山に招聘し、それぞれの経験、知見を共有し、アジアの更なる多様性の共存の実現に向けた「開かれた相互扶助」ネットワークを構築することを企画している。本件は、「開かれた相互扶助」ネットワークという斬新な理念をもとに、幅広い経験と広がりを期待し得るものであり、この理念を実質化するための努力を期待したい。 |
おわりに
本年度の特別企画は、従来の先進国と開発途上国というとらえ方を修正するよい機会になるのではないかと考えている。都市も農村も日本国内とアジアで変わらない部分が多くみられるようになってきている。アジアの問題を日本の問題として、また、日本の問題をアジアの問題としてとらえる必要が出てきている。本年度の助成領域として取り上げた、「変わりゆく日々の暮らし」、「個人を支える社会のかたち」、及び「多文化共生社会への試み」は、アジアと日本に共通する多くの課題を含んでいる。日本の国内外を問わず、また、アジアの国々を問わず、経済格差、農山漁村再生、高齢化、多文化共生、環境など、互いに真剣に語れる場が必要である。本年度の特別企画である「未来への展望」を通して、アジアと日本にとって共通する課題について共に考え、互いから学びあえる取り組みを導き出せることを強く期待する。