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24 「『共に生きる』私たちの映像記録」愛知県名古屋市「相生山徳林寺」を訪ねて

徳林寺
徳林寺

取材・執筆:沖山尚美(トヨタ財団プログラムオフィサー)

「共に生きる」私たちの映像記録

[訪問地]
愛知県名古屋市「相生山徳林寺」
[助成題目]
2020年度国際助成プログラム「日本に居る外国人留学生のヴィジュアル・エスノグラフィー 包摂的な社会の創造に向けて相互理解を深め共感を育む
[助成対象者]
ディペシュ・カレル/Kharel Dipesh。映像人類学者・映像作家。フィールドワークを基に数多くの執筆や映像制作を手がける。2018年東大総長賞受賞。上智大学の日本学術振興会特別研究員、および東京大学の研究員として、東南アジアと南アジアから日本への移民や留学生を映像に記録する活動を行う。2017年度にも助成対象となっている。

2022年4月初旬。うららかな日差しに春の花が咲きこぼれる徳林寺の境内で、お釈迦様の生誕を祝う「花まつり」が行われていました。紙と竹で作られた白い象(胎児のときのお釈迦様の化身だそうです)を囲んで、地元の人々が竹細工など手作りの小物や軽食などの露店を出しています。ベトナムのスープやコーヒーのお店もあります。

新型コロナウイルス感染症の拡大以降、徳林寺には、技能実習生や留学生として来日したものの、ビザの更新ができなかったり職を解雇されるなどして行き場をなくし、帰国を希望するも渡航制限により自国に戻ることもかなわず困窮していたベトナム人などが一時的に身を寄せていました。

ベトナムスープのお店
ベトナムスープのお店

この日に上映されたディペシュ氏によるドキュメンタリー映像「徳林寺の空の下~別れと出会い~」は、徳林寺に一時的に滞在する人々が、日本での経験や故郷の家族に対する思いを抱えながら共同生活を送り、住職や地域の人々と交流しながら過ごす様子を「エスノグラフィー・ドキュメンタリー」と言われる手法で撮影したものです。この作品はまだ制作途上で、上映会などを通じてコメントやフィードバックを得てブラッシュアップを続けています。

本プロジェクトは、この作品を移民労働者の受入国である日本と送出国であるベトナムやネパールなどで上映し、ディスカッション等を行うことを通じて、国籍や宗教の違いを越え、一人ひとりが相互理解や共感を育む包摂的な社会の創造に向けて考えることを目的としています。

ドキュメンタリー映像「徳林寺の空の下~別れと出会い~」

境内に夕陽が差し込むころ、上映会が始まりました。会場となった本堂の大広間には50名を超える人々が集まり、部屋に入りきらずにふすまの外から立ち見をする人もいます。

徳林寺に身を寄せている元技能実習生のベトナム人夫婦は、子どものために出稼ぎに来たものの、日本の技能実習先でのいじめや待遇の低さに耐えられず、実習を継続できずに期待していた収入を得ることができませんでした。それどころか来日のために工面したお金を返せなくなり、多額の借金まで抱えてしまいました。故郷の子どもたちは祖母に託して置いてきましたが、2歳の子どもはビデオ通話をしても母親の顔がわかりません。上の子はもうすぐ小学生になりますが、地元に残る親戚の多くもコロナ禍で職を失ったため、誰も入学準備をしてあげることができません。他にも日本の受け入れ企業からの理不尽な扱いに耐えかねて技能実習先を飛び出し、公園で二週間寝泊まりしていた人もいます。

ここにいる人は誰もが心に痛みを抱え、難しい問題を背負っています。まるでその人個人の問題だけではなく、家族や親戚、さらには社会の問題まで背負いこんでいるようです。

しかし、この映像で彼らの置かれた境遇以上に印象に残るのは、縁あってこの徳林寺でともに過ごす人々が、住職や地域の人々とさまざまなものを分かち合って暮らす日常の姿でした。それは、ベトナム語や日本語の歌を口ずさみながら境内の畑を耕したり、共同で食事の準備をして食卓を囲む日々の生活や、地域の日本人とともにサッカーをしたり、誰かの誕生日を祝うという喜びの風景です。

彼らを受け入れ見守る徳林寺の高岡住職は、「彼らは一人ひとり深い悲しみを抱えている。しかしここにいて、みなで働き、食事を囲んでいるつかの間は、その悲しみを忘れ、一人の人間に戻ることができる」と言います。

お寺に関わる地域の人が彼らと一緒にお寺の行事や活動を行ったり、食事や交流をしたりして過ごす様子も映し出されています。地域の人からは、「ベトナムの人は働き者で、いろいろなアイデアもあるし、明るく優しい。一緒にすごすのは楽しい」「みんなコロナで仕事がなくなるなど悲しい事情があってここにいると思うけど、ここで出会えて、みんなで集まっているだけで楽しく、幸せを感じる。ここにはいい時間が流れている」「コロナが落ち着いたら、彼らの実家に遊びに行く約束をしている」といった声が聞かれます。

「徳林寺の空の下~別れと出会い~」の映像画面。写真上の左の人物が徳林寺の高岡住職
「徳林寺の空の下~別れと出会い~」の映像画面。一番左の人物が徳林寺の高岡住職。
※徳林寺に身を寄せていたベトナムの方たちはその後、政府のチャーター便などを利用して順次帰国することができました。

ありのままの姿を見て自分で考える

左手奥は、身を寄せたベトナム人らが住職や地域の人と作った、ファビン(ベトナム語で「平和の庭」の意)と名付けられた温室。パパイヤなど熱帯の植物が植えられている。右手は太陽光パネルを載せた雨水タンク。できる限り循環型の生活を目指している。
左手奥は、身を寄せたベトナム人らが住職や地域の人と作った、ファビン(ベトナム語で「平和の庭」の意)と名付けられた温室。パパイヤなど熱帯の植物が植えられている。右手は太陽光パネルを載せた雨水タンク。できる限り循環型の生活を目指している。

トヨタ財団の特定課題「外国人材の受け入れと日本社会」の助成対象者でNPO法人多文化共生リソースセンター東海の代表理事土井佳彦さんは、近隣住民の一人として、また地域の支援団体として徳林寺の活動をサポートしてきました。土井さんの「政府がどれだけダイバーシティ(多様性)やインクルージョン(包摂)を大事にしましょうと言っても、人がそう思わなければ、そうならない。逆に政府が何もしなくても、人々がそうしたいと思えばそうなっていく。インクルージョンは政府だけがやる仕事ではなく、私たち一人ひとりのあり方次第」という言葉も心に響きます。

ディペシュさんは、「ドキュメンタリー映像は、しばしば作り手の意図を色濃く反映し、見る人が何をどう理解すべきかを誘導しようとするが、この映像は私の主張や解釈ではなく、徳林寺で起きていることをそのまますべて尊重したかった」と語り、この作品にはナレーションや効果音は入れず、ありのままを映像にしたといいます。

その効果か、この映画を見た後は、あたかも自分もその場にいて、同じ時間を共有していたかのように感じられました。そのためか、上映後はしばらく頭がぼーっとして現実に戻るのに時間がかかり、すぐにロジカルなコメントをしたり、ディスカッションをするのは難しいと感じました。たぶん私以外の多くの方もそうだったのではないかと思います。

身を寄せていた方たちが地元の人と協力して修繕や増築をしながら住んでいた境内の宿舎。コロナ禍で、多いときには50名以上が滞在していました。食材や衣類など、地域の方々から多くの寄付がありました。
身を寄せていた方たちが地元の人と協力して修繕や増築をしながら住んでいた境内の宿舎。コロナ禍で、多いときには50名以上が滞在していました。食材や衣類など、地域の方々から多くの寄付がありました。

この映像には移民に関する「こうである」という分析や、「こうすべき」といった提言はありません。見る人に、判断するよりまず感じることを促し、そして「共に生きる」とはどういうことかをストレートに問いかけます。何をすべきか、何が必要とされているかという答えを提示するのではなく、自然とそれについて考えさせるのです。

上映会の後、自身も映像に登場する地域の方々からは「こんな風に撮ってくれているなんて知らなかった」「すばらしい映像。これは私たちがすごした時間の宝物。本当にありがとう」「ベトナムの人達が帰国して会えなくなってしまい寂しけれど、この映像のおかげでいつでもあの時間を思い出すことができる」という感謝の気持ちが述べられていました。

この映像は、日本、ベトナム、ネパールの現地やオンラインで既に何度も上映され、さらに映像を見た人から口コミで評判が広がり、NGOや大学の研究者などから自分のところでも上映してほしいという問い合わせやリクエストが届いています。プロジェクトの助成期間はまもなく終了しますが(執筆時点)、その後も上映は続けられ、ベトナム語の字幕を付けてベトナムの大学で上映するなど、国内外での上映会の開催が予定されています。

徳林寺の境内で開催された「花まつり」での一コマ。
徳林寺の境内で開催された「花まつり」での一コマ。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.41掲載
発行日:2023年1月24日

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