研究助成プログラム
2018年度研究助成プログラム 選後評【特定課題】
選考委員長 城山 英明
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
研究助成プログラム【特定課題】の選考について
トヨタ財団研究助成プログラムでは「社会の新たな価値の創出をめざして」という幅の広いテーマでプロジェクトを募集してきましたが、2018年度から「先端技術と共創する新たな人間社会」という特定課題を設けました。AIのような先端技術が出てくるなかで、社会でそのような技術をどのように扱っていったらいいか、将来的には人間社会のあり方はいかにあるべきか、といった研究を支援するのが主たる目的です。たとえば新しい技術にはどのようなプラスがあるのか、どのようなリスク、懸念すべき事項があるのかといった様々な社会的な影響に関するアセスメントを行うというのが一つのあり方です。あるいは、先端技術を使って社会的課題をどのように解決していくのか、また解決していくためにはどのようなことに配慮し、どのような仕組みを作らなければいけないのか、社会のあり方がどう変わっていくべきなのか、といった研究もありえます。先端技術と社会がどのように共存していくかというテーマは、グローバルに同時進行的に研究が進められているテーマです。このようなコミュニティに入っていって共同で研究を進め、発信していくことは重要なことです。また、このような活動を担う若い担い手を支援していくことも重要です。以上のような問題意識に基づき、今年度は初めての提案募集を行ったところ、幅広い56件の応募を得て、最終的に7件のプロジェクトを採択しました。
採択されたプロジェクトは、大きく4つのタイプに分かれると思います。
第1のタイプは、先端技術が社会に導入される際の具体的な倫理的法的社会的課題を検討する研究者・実務家のプラットフォーム構築を目指すものであり、D18-ST-0051寺田 麻佑(国際基督教大学教養学部・准教授)「先端技術を活用する社会制度の展開と課題に関する立法課題の研究―人工知能の活用と社会の受容・法・技術と倫理―」、D18-ST-0008江間 有沙(東京大学・特任講師)「人工知能の倫理・ガバナンスに関するプラットフォーム形成」が該当します。
第2のタイプは、介護・福祉といった現場における先端技術の利用の分析に基づき課題を検討するものであり、D18-ST-0005小舘 尚文(University College Dublin, Assistant Professor)「介護ロボットの社会実装モデルに関する国際共同研究~人・ロボット共創型医療・介護包括システムの構築に向けて~」、D18-ST-0028髙岡 昂太(産業技術総合研究所人工知能研究センター・研究員)「福祉分野における自治体のデジタルトランスフォーメーション促進の課題整理」があります。
第3のタイプは、先端技術と社会・人間との関係の方向性を基本的な概念の検討を通して明らかにしようとするものです。D18-ST-0043熊澤 輝一(総合地球環境学研究所研究基盤国際センター・准教授)「人間と計算機が知識を処理し合う未来社会の風土論」は風土という切り口を通して、D18-ST-0040西條 玲奈(京都造形芸術大学・非常勤研究員)「ケアの倫理から見る人とソーシャルエージェントの関係性とその社会的含意」は人間の感情・愛情の対象のあり方という切り口を通して、このような課題に取り組んでいます。
そして第4のタイプは、先端技術のもたらす社会的課題にNPOとして実践的に取り組もうとするものであり、D18-ST-0058楊井 人文(特定非営利活動法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)事務局長)「インターネット上の誤情報拡散を抑制するファクトチェック・ネットワーキング・システムの構築」は、インターネットやSNS上に流れる情報がファクトかどうかをチェックするシステムの提案、実際の事例への適用を試みています。
先端技術と社会に関するプロジェクトは様々な機関によって実施されています。そのような中で、この研究助成プログラムで採択されたプロジェクトには、短期的に対応を求められる実践的政策課題に取り組むだけではなく、基本的な課題に取り組み、将来の社会システムのあり方や新たな社会的価値に道筋をつけるような研究を行っていただきたいと期待しています。そのためには、単に個々のプロジェクトを進めるだけではなく、プロジェクト相互の議論を促すような機会も設定していきたいと思います。また、今年度は、先端技術の中でもAIといった情報技術に対象がやや偏っているような気もします。今後は、よりバランスのとれた研究プロジェクトのポートフォリオを構築していくために、ライフサイエンスのような分野や、あるいは情報技術の応用分野としても福祉・介護以外のより幅広い分野での研究提案も期待したいと思います。