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研究助成プログラム

桑子敏雄選考委員長に聞く 「人間のより一層の幸せ」のために

聞き手:大庭竜太(トヨタ財団プログラムオフィサー)

はじめに

 トヨタ財団では、2011年度より「よりよい未来を築く知の探究」というメインテーマのもと、共同研究については「社会の新たな価値の創出をめざす研究」(A1)、「社会的課題の解決に資する研究」(A2)という2つの領域を設定して、研究プロジェクトの募集を行ってきました。

 歴史的に大きな転換期にあるといえる現代において、すでに顕在化している課題の解決に実践的に寄与する研究(A2)のみでなく、それと同時に、現代社会をかたちづくる制度や仕組み、暮らしや文化の基礎となる価値観そのものを根本的に問い直す研究(A1)の必要性を強く感じているからです。

 すなわち、この2つの領域は、実践的な即応性のある研究とともに、地球規模の広がりや世代を超えるような長い時間軸を持つ課題に対して、その枠組みや考え方のもととなる社会のあり方や人間の生き方自体の研究も不可欠であるという思いから設定されたものです。「よりよい未来を築く知の探求」には、この2つの領域が車の両輪のようにともに必要と考えています。

 しかしまた、この2年を振り返ると、それ以前のテーマ設定と異なり、研究領域を2つに分けて設定したことで、多少わかりにくい点が生じたということも事実としていえるでしょう。応募希望者に対し、プログラムの趣旨をご理解いただくための当財団の説明がまだ不十分だった面もあるにちがいありません。

 そこで、改めてそのテーマ設定の趣旨と、トヨタ財団研究助成プログラムが期待する研究のあり方や心構えのようなものを皆様とともに考えてみたいと思います。プログラム3年目となる今年度の公募に先立ち、ことに「新たな価値の創出」というテーマをめぐって、どのような認識に立って募集や研究を行うのがよいか、桑子敏雄選考委員長(東京工業大学大学院教授)にお話をうかがいました。

選考委員長としてこの2年間の選考を振り返ってみて、今どのように感じていらっしゃいますか。

桑子 この間の経験を踏まえていうと、まず、もう一度2つの領域がどういうものかということを明確にしておく必要があると感じています。

 時代の大きな転換点である今、過去から未来の流れのなかで現代が抱える問題をしっかり見据え、これからの社会が直面するだろう困難な課題に対して、私たちはどう向き合っていったらよいかという基本的な考え方を原理的な面にまで辿って見定めていくことが重要です。A1「社会の新たな価値の創出をめざす研究」の領域は、この認識から設けられたと理解しています。こうした研究は、非常に抽象度が高い視点からも研究できますが、私が期待しているのは、現実に起きている時代の変化をしっかりと捉え、今私たちが真に目指すべき「価値」とは何かということを明らかにすることです。

 他方、今目の前で起きている問題を解決するためには、抽象度の高い理論的な研究では間に合わないということもあります。そこで、A2「社会的課題の解決に資する研究」の領域を設定しているわけです。私は、そのどちらか一方ということではなく、2つの研究領域をプログラムの両輪にしているところがトヨタ財団の助成の特色だと思っています。

「価値」ということについてもう少し詳しく聞かせてください。

桑子 「価値」とは人々が求めている、あるいは求めるべきもののことです。古代ギリシャの哲学者アリストテレスによれば、人々の「欲求」の対象となるもの、人々に行動を起こさせる原因となるものすべてと考えてよい。つまり、人間というものは、まだ存在しないことやモノであっても、その実現を「欲求」するということもあるわけです。こうあってほしい、こうありたいという欲求を、アリストテレスは「願望」と呼んでいるんですね。目の前の現実にあるものだけではなくて、真に求めるべき「願望」の対象をしっかり見据えていくということが重要です。アリストテレスは、人間の最終的な願望の対象を「幸福」であると考えています。

 プログラムに則して具体的に言いますと、「新たな価値の創出」というのは、たとえば地球上のさまざまな資源はだれのもので、どう分かち合うか、あるいは逆に、その開発や利用にともなって生じたさまざまなリスクをどう負担し、近代文明がもたらした「負の遺産」をどう処理してゆくのかという課題があります。こうした課題を、立場や世代を超えて考えていかなければならない。これは、地球が人類にもたらす恵みの配分であり、人間が地球と人類自身にもたらしたリスクの負担の配分の問題、この意味で正義の問題です。このような意味で、「正義」にかなった配分の仕方や考え方を原理的に探究する研究があるべきだと思います。そのためには、既存の価値観を問い直し、新たな価値を見出すための研究・活動が求められています。

 私は現在、「社会的合意形成」の理論的・実践的研究に取り組んでいます。合意形成とは、あるテーマに関して人々が平等な立場で、等しく発言の機会を持ち、話合いを進める側は、発言をしっかり受け止めて、合意にまでつなげていくというプロセスを構築することです。どんな立場の人の意見であっても良い意見は重視することが大事で、大人だから重視して、中学生だから軽視するということはしない。

 つまりファシリテーターには、センス・オブ・ジャスティスが必要なのです。これは、合意形成の現場における「価値」のひとつの姿です。

A1「社会の新たな価値の創出をめざす研究」については、中長期的に広い視野を持つことが大事であるという理解でよろしいでしょうか。具体的にどういう点に留意することが大切になりますか。

桑子 第一には時間的な観点が重要です。単なる過去の歴史を見るのでもない、現在だけを見るのでもない、これから先の未来、40年、50年さらには100年先を見据えた研究です。未来といってもまったく想像もできないことを議論するのではありません。私はだいたい40年先をイメージします。40年といえば20代の人が60代になり、社会構造も大きく変わる。日本では人口が大きく減少してゆく。年金問題も出てくるでしょうし、現在存在するすべての原発が廃炉の作業に入っているでしょう。インフラの維持管理も大きな問題となっています。そのような、時の経過とともに大きくなる問題を解決するためにはどうすればよいかということを考えることが重要です。未来といっても現在とつながった、今と地つづきの未来へ向けて想像力をはたらかせてほしい。

 次に、新しい価値を表現するキーワードを提示することが大切です。「正義」や「幸福」というのは昔からある普遍的なキーワードですが、「人類の幸福とは何か」「社会で実現されるべき正義とは何なのか」といった本質的な問いかけが視野のなかに含まれる研究を期待しています。それを今この時代に、具体的に実現していくための必要な考え方を明らかにしていくことが重要なのです。

 もう一点は、新たな切り口や方法論です。特に具体的な問題を取り上げてケーススタディをする場合、「あなたが論じていることは、単なる一例にすぎないでしょう」と言われることがあります。それが他の問題やフィールドにどの程度応用可能であるかが問われるんですね。そのためには、具体的な個別の問題であっても普遍的な観点や一般的な理論とつなぐような切り口や方法論が必要。例のない特殊なケースに注目する研究も普遍的な理論の枠組みの構築へとうまく連結することが大切です。

具体的な事例として先生がいままでに携われたプロジェクトで価値の創出につながった、あるいはつながりつつあるというような事例についてお話いただけますか。

桑子 私がリーダーをしている「ローカル・コモンズの包括的再生の技術開発とその理論化」*という、佐渡島をフィールドにしているプロジェクトでは、地域の人、行政、漁協とともに加茂湖を再生する活動をしています。具体的には、地域再生のための「加茂湖水系再生研究所」という組織をつくってさまざまな調査や実践活動を進めています。同時に湖の再生が生物多様性保全やCO2問題、脱温暖化とどうつながっていくのかということを理論的に考察しています。さらには、生物多様性喪失や温暖化を招いた近代文明のあり方、社会のあり方そのものについて考え、そしてそこから抜け出るための方法論と哲学を構築することも課題です。

 そのためのキーワードはいくつかありますが、一つは「コモンズ」という概念です。人々が共同で使用する資源、たとえば湖という空間とそこに含まれる資源をどう管理していくかということです。コモンズの問題は、昔は、地域内の問題でしたが、今は、地球規模の問題にもなっています。端的にいうと、地球上の生き物すべてにとっていわば共通財、共有資源である「自然」をどういうふうに地球全体を視野においてマネジメントするかという課題です。こうした問題には、近代的な従来の考え方・やり方では、もはや立ち行かなくなっているわけです。このような問題に対するガバナンス(統治)の仕方をローカルとグローバルの両方のレベルで模索し、考え方と方法論を提示していくことが重要です。

プロジェクトの成果としては、どのようなものが期待されるのでしょうか。

桑子 その前にまず大前提として、「プロジェクト」であるという意識をきちんともっていただきたい。価値の創出というのは、目指すべき願望であっていいわけですが、目標に向かっていつまでに何をするかということをしっかり定めることが大事です。もちろんプロジェクトですから成功する場合もあれば失敗する場合もあるでしょう。しかし、うまくいかなかった場合はどうしてうまくいかなかったかということが分かる形で報告書を書いてもらう。そういうプロセスの管理・報告が大切ですね。

 成果の形態としては、論文(著書)でも映像でもよいと思いますが、社会のあり方に対し何らかの貢献をするための成果であるべきです。さらに、その成果を世界に向けて発信することが大事になっていると私は思っています。研究チームにはぜひ若い人たちも加わってもらい、さまざまなメディアや情報ツールをつかって、世界に向けて大いに発信していただきたいと思います。

おっしゃるように、助成を受けて実施される研究の成果が狭い研究の世界のみで完結してしまっては困ります。内側に閉じこもらずに、つねに「外」に向けて成果、時にはそのプロセスを発信していくことが、研究者にはますます求められてくると思います。

桑子 先ほどお話した加茂湖のプロジェクトでは、「ふるさと見分け」という方法を洗練してきました。地域の問題を解決するときにまずは、地域の人、行政の人、子どもたちも含めて、一緒に地域を歩いてまわってふるさとの良いところや課題を認識するということを行います。

 「ふるさと見分け」は「空間の価値構造認識」、英語では「Finding Home Place」ともいいます。地域の問題を解決し、地域をより良くするための「合意形成」の方法のひとつです。最近はfindingだけでなくて、「ふるさと見分け、ふるさと磨き」、英語では「Finding and Adorning Home Place」と言っています。こうした新しい方法をつくって実践していくこと、さらに、こうした方法を海外へも発信することで広く社会に浸透していくのではないかと思います。

 最近は、市民や実務家も交えて議論する場が日本でも海外でも増えています。そういう場で発表することも大事ですね。加茂湖のプロジェクトでも、行政の方々や子どもたちも交えた場で研究の成果を発表する機会を持つようにしています。そうするといろいろ多様な見方ができるようになって、さらに内容が充実していきます。「まなざしのにぎわい」を持つことがプロジェクトにとっても大事です。

これから応募されようとしている方にメッセージをお願いします。

桑子 せっかくこういう特色ある2つの枠組みで公募を行いますので、その趣旨をご理解いただいて、自分たちはどちらに貢献できるのかという認識をしっかりと持っていただきたいと思います。

 企画書では、もちろん研究の内容も重要ですが、どういうメンバーがどんな動機で集まったのか、単なる寄せ集めではなくて、この人たちと一緒にやることでどのような作用が生まれるのかという、プロジェクトにおけるチームの組み方を意識的に考えて応募してもらうことが肝要です。それと、プロジェクトが目標とすることをはっきりと示してほしいですね。メンバー間でしっかりとその目標を共有したうえで応募していただけることを望んでいます。

*科学技術振興機構・社会技術研究開発センターの進める「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」研究開発プログラム の一環として地球規模の温暖化という環境問題に対し、地域社会から解決の道を切り開くという目的をもっている。新潟県佐渡市などでローカル・コモンズの包括的再生と理論化に取り組んでいる。



本インタビュー記事は、2013年4月15日に発行される、当財団広報誌『JOINT』12号に掲載されます。このインタビュー記事以外に研究助成プログラム助成対象者による寄稿記事や2013年度当財団事業計画などを掲載します。購読(無料)を希望される方は、「JOINT」ページをご覧ください。

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