権 修珍(トヨタ財団プログラムオフィサー)
トヨタ財団は、「人間のより一層の幸せを目指し、将来の福祉社会の発展に資する」という理念のもと、1974年に設立された。以来、多様な分野への助成を実施してきたが、その多くは、福祉社会の基盤としてのさまざまな文化活動を対象としている。そこで今回は、文化をキーワードに過去を振り返り、今後のあり方を考えてみたい。
これまで、トヨタ財団は以下の点を重視して助成を行ってきた。
● 文化として固有性があり、助成する意義があるもの。
● 時間経過、自然災害、紛争などによる緊急性が問われるもの。
● 共存・継承につながる持続性があるもの。
● 地域への還元度・寄与度が高いもの。
● プロジェクトの成果をできるだけ多くの人々が享受できるもの。
これらの助成の背後にあるのは、文化を通じた相互理解の実現と深化である。文化は、国や地域、世代を超えた相互理解の共通基盤になりうる。このような認識が、設立初期から現在まで、トヨタ財団の助成内容には色濃く現れていると思う。
その一例が、1978〜2003年度に実施された「隣人をよく知ろう」プログラムである。そのきっかけになったのは、東南アジア現地調査を行っていた国際部門スタッフより「日本の文化をアジアに伝えるだけでなく、アジアの文化を日本に伝えたい」という報告である。このプログラムによって、東南アジアの小説や民話が翻訳され、日本語や東南アジア言語で約520冊が出版された。多様な言語を持つアジアにおいて、文化を通じた相互理解、とくに日本人の東南アジアへの理解度を深めたことが評価されたプログラムである。
また、2005年度に開始した「アジア周縁部における伝統文書の保存、集成、解題」(2009年度からは「アジアにおける伝統文書の保存、活用、継承」)プログラムは、文化の消失とのたたかいである。経済重視の地域開発や政治状況、自然災害などにより、助成の対象となる伝統文書の保存状態は必ずしも良くない。また、その価値が正当に評価されていないため、発掘されてもそのまま放置されることも多い。その際、時間経過、地域情勢といった周辺環境と良い距離を保ちながら、研究者や地域住民が伝統文書の保存作業にいかに効果的に取り組み、社会へ発信していくのかが重要となる。地域文化のよりどころである伝統文書の保存や活用、次世代への継承に取り組むプロジェクトを支援することで、語りうる固有の文化を再生し、相互理解を通じて少数民族のアイデンティティを確かなものにできればと願っている。
トヨタ財団は現在、研究助成プログラム、アジア隣人プログラム、地域社会プログラムという3つのプログラムを通して、さまざまな取り組みを支援している。たとえば、タイにおける壁画保存のように、一ヶ国や地域での取り組み。また、東南アジア諸国間の文化理解に向けた陶芸コミュニティのネットワーク構築のような、国境を越えた形での取り組みなど、多種多様なプロジェクトに助成を行っている(詳細は財団のウェブ・サイトを参照されたい)。
文化活動への助成は、成果を上げるまでにかなりの時間を要するものが多いため、他に緊急な課題があるのではないか、と指摘されることもある。しかし、不確定・不安定といわれる今日こそ、文化活動への助成は重要であると考える。財団の果たす役割として、より良い時代を迎えるため、長期的、かつ世界的視野のもとで、その基盤づくりとなる活動に助成すべきであろう。また、人は誰もが、文化を享受できるコミュニティで暮らし、それを次の世代にも伝えたいと願っている。また、異なった文化を理解することで、不安を解消するとともに選択の幅を広げたいと願っている。今後もトヨタ財団が文化活動をしっかりと支援できるよう、スタッフの一人として努力していきたい。
*本原稿は2009年1月18日に開催された「私の文化遺産再発見─文化遺産を通じて国際貢献を推進するシンポジウム」(主催:文化庁、文化遺産国際協力コンソーシアム、朝日新聞社)で発表した内容を加筆・訂正したものです。
公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.1掲載
発行日:2009年7月14日