公益財団法人トヨタ財団

活動地へおじゃまします!

22「“まち”で生活することの実践 ─「木賃」で若者と地域社会をつなぐ」豊島区上池袋を訪ねて

くすのき荘外観
くすのき荘外観

取材・執筆:武藤良太(トヨタ財団プログラムオフィサー)

活動地へおじゃまします!

「トンネルのむこうは、不思議の町でした。」――2001年に公開された(株)スタジオジブリの大ヒット作品『千と千尋の神隠し』のキャッチコピーが、ふと頭をよぎった2021年夏のある日。そこは、東京都豊島区上池袋。鉄道で言うと池袋駅から北方向に一駅のJR埼京線「板橋駅」までの間に収まるこのエリアは、高度経済成長期に学生やサラリーマンなどの単身者向け木造賃貸住宅(風呂無しのアパートや下宿=「木賃(もくちん)」)が数多く建てられた住宅地です。

今回訪れたエリアにも60~70のアパートが残っており、新宿や渋谷などと共に東京を代表する繁華街である池袋の中心地からわずかな距離にありながら、都会の喧騒や近代的なビル群とは一線を画すこの“まち”で、木賃を活用した地域づくりの実践現場を探検してきました。(トンネルは通りません、あしからず)

[訪問地]
東京都豊島区上池袋(上池袋一丁目~四丁目)
[助成題目]
探求と対話の広場 ―木賃で若者と地域が繋がり思考と実践が循環するコミュニティの創出

「探求→究する家」の活動

プロジェクト拠点「探求→究する家」(北村荘)。入口にちゃんと郵便受けがあることを帰り際に発見!
プロジェクト拠点「探求→究する家」(北村荘)。入口にちゃんと郵便受けがあることを帰り際に発見!

当日は、国内助成プログラム2020年度「そだてる助成」の助成対象プロジェクトの拠点である「探求→究する家(北村荘)」を最初の目的地として訪ねました。

本拠点の運営を担う「ラボラトリ文鳥」の主宰である田辺裕子さんからの案内メールにしたがって東武東上線「北池袋駅」から歩くこと5分強。細い路地を抜けながら、目印に教えていただいた看板の前で曲がると……はて? 行き止まりの先には民家が2軒??? このご時世、見ず知らずのオジサンが自宅の庭先を彷徨く姿を目撃されたときにどうなるかを想像し、念のため田辺さんに電話をして、場所が間違っていないかを確認することとしました。「……そういえば、子どもの頃は隠れん坊で知らない家の庭先に入り込んだりしたなあ」と童心に返りながら木々が生い茂る庭先を抜けると、田辺さんにお出迎えいただき、2020年10月の助成開始後、オンラインでのやり取りはあったものの、気が付けばほぼ1年が経ったタイミングで初めての(リアル)対面となりました。

「探求→究する家」では、田辺さんに加えて、DIYのワークショップ等で中心的な役割を担う倉田慧一さんにもご同席いただき、まずは助成1年目の進捗状況を中心に、現時点までの成果や手応え、今後に向けた展望などをインタビューさせていただきました。

「ラボラトリ文鳥」では、「知的安心感」という言葉を大切にしながら、大きく1.シェアスペースの運営、2.上池袋での地域活動、3.探究学習の実践的研究という3つに取り組んでいます。

そのうち、国内助成プログラムの助成では1.と2.を対象に、拠点の整備と活用、食文化を通して相互理解を深める料理クラブ、地域の記憶と記録を共有知として蓄積していくリサーチ活動、実際に町を歩き郷土史を基にしたクイズなどを通じた交流や学びの「謎解き」などを助成期間中の取り組みとして計画しています。

田辺裕子さん(左)と倉田慧一さんへのインタビュー風景。写真右手前にあるお手製の梅ジュースをご馳走になりました!
田辺裕子さん(左)と倉田慧一さんへのインタビュー風景。写真右手前にあるお手製の梅ジュースをご馳走になりました!

拠点の整備は一段落し、ワークショップなどの取り組みは定期的に実施されているものの、やはり新型コロナウイルス感染症の影響でインタビューなど対面を重視する取り組みは計画の遅れや見直しなども必要になっているとのことでした。

田辺さんからは、「1年目は下準備の段階がメインで、2年目が実践のフェーズ。直ぐに結果が見えるものばかりではないが、“小さな魅力”を分かりやすく伝える言葉と行動を大事にして進めていきたい」という今後に向けた思いや、「『日常的な活動』と『プロジェクト』の間を行ったり来たりする、中間的な部分を表現していきたい。プロジェクト化すると生産性などが優先され探求(究)からは外れていく、しかし、日常的な活動ばかりではアウトプットが少なくなることの課題感もある」という、多様な人の交わりや地域での営みを大切にしながらも、プロジェクトとしての結果や成果をどう生み出していくかについてのリーダーならではの率直な悩みも打ち明けていただきました。

探求→究する家
(1)参加者がそれぞれに選んだワードを用いてディスカッションしながらの「探求活動」について教えてもらう一コマ。(2)今回のプロジェクトの実施内容を整理。(3)約2週間に一度のDIYワークショップも一段落。人や時間の変化でより良い形は変わるため「造りこみ過ぎない」。

活動開始拠点の「山田荘」「くすのき荘」

山田荘
活動開始の拠点である「山田荘」にもおじゃましました!

続いて訪れたのは、「探求→究する家(北村荘)」の先輩? にあたる「くすのき荘」です。

上池袋を舞台に、木賃を活用した地域づくりの取り組みは、「かみいけ木賃文化ネットワーク」という母体で2015年より活動が開始されています。その初代が「山田荘」であり、次いで「くすのき荘」に、そして、2020年度「そだてる助成」の助成も活用した3つ目の拠点となる「探求→究する家(北村荘)」に展開してきています。

私たち一向が「くすのき荘」に到着した際、本プロジェクトの代表者である山本直さんが地域の方(50~60代ぐらいのご夫婦?)からご相談を受けていました。

後から山本さんに伺ったところ、困りごとが解決した報告と別の頼み事の相談だったとのことですが、地域の中でしっかり関係性を築き、多様な世代が立ち寄る場として位置づけられていることが垣間見えた瞬間でした(帰り際には、入口付近で野菜の直売の準備をする若い女性にも遭遇しました)。

「くすのき荘」にて、山田絵美さんから「かみいけ木賃文化ネットワーク」のご紹介をいただく一コマ。
「くすのき荘」にて、山田絵美さんから「かみいけ木賃文化ネットワーク」のご紹介をいただく一コマ。

「くすのき荘」では、山本さんと共に「かみいけ木賃文化ネットワーク」の中心的存在である山田絵美さんから、当ネットワークのこれまでの取り組みや「山田荘」「くすのき荘」とは違った場や機能をめざす「探求→究する家(北村荘)」について改めてお話を伺いました。

居住空間や共同生活の場としての姿や形がある程度固まってきている「山田荘」「くすのき荘」に対して、じっくりと考えたり創作活動に集中したりできる場をめざした「探求→究する家(北村荘)」の取り組みが深まり、かみいけ木賃文化ネットワークの3つの拠点が相互に好影響をもたらしながら、「木賃で若者と地域社会をつなぐ」ことの実現に向けた期待に胸を膨らませつつ今回の探検を終えたいと思います。

公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.37掲載
発行日:2021年10月28日

ページトップへ