公益財団法人トヨタ財団

活動地へおじゃまします!

14 「日本とタイの介護実践者の学びあい」タイ東北部コンケン県を訪ねて

歓迎のダンスに招かれて
歓迎のダンスに招かれて

取材・執筆:利根英夫(トヨタ財団プログラムオフィサー)

活動地へおじゃまします!

タイ国コンケン県ウボンラット郡クンダーン村

2月中旬、タイを訪れました。向かったのは首都バンコクから北へ約450キロ、イサーンと呼ばれる東北部に位置するコンケン県。コンケン空港から賑やかな街の中心を抜け、車で約1時間かけて到着したのは、ウボンラット郡のクンダーン村です。250人ほどが暮らすこの村は、昨年11月から国際助成プログラムが助成しているプロジェクト「心豊かな『死』をむかえる看取りの『場』づくり─日本国西宮市・尼崎市とタイ国コンケン県ウボンラット郡の介護実践の学び合い」のタイ側の中心地です。

日本でもタイでも、高齢者の介護・看取りを支えてきた「家庭」や「地域」の枠組みが揺らいでいます。そのなかで、血縁・地縁だけに頼らずに高齢者の暮らしを支えるにはどうすればよいのでしょうか。また、人々が親しい人たちと穏やかに死を迎えるためには、どのように看取りの「場」を作っていけばよいのでしょうか。

本プロジェクトは、日本とタイで介護に関わる実践者、医師、僧など多分野の方が、互いの現場を行き来し、実践的に学びあうことを目的としています。今回は、日本側メンバーによる同地への訪問に同行し、高齢者のお宅やお寺、病院などを訪れました。

[訪問地]
タイ国コンケン県ウボンラット郡クンダーン村
[助成題目]
心豊かな「死」をむかえる看取りの「場」づくり─日本国西宮市・尼崎市とタイ国コンケン県ウボンラット郡の介護実践の学び合い

プロジェクトのきっかけ─家族に囲まれるタイの高齢者

村のお宅をまわる道中
村のお宅をまわる道中

プロジェクト代表者の古山裕基氏はコンケン県の孤児院でボランティア活動をした後、コンケン大学の看護学部で学び、病院だけでなく、農村や都市部のコミュニティでの看護を経験してきました。その後故郷の兵庫県尼崎市に戻り、介護に携わるなかで日本の状況に疑問を持ったことが、本プロジェクトのきっかけでした。

生活支援が必要な日本の高齢者は、介護保険の範囲内で行われる介護サービスを受け、最期は病院で死を迎えることが多くなってきています。しかし、必ずしもその過程が高齢者自身の望むものになっていないケースを目の当たりにした古山氏は、高齢者が長く暮らした自宅で家族に囲まれて笑顔で過ごすこと、そして親しい人々に看取られて死を迎えることが当たり前のタイとのギャップを痛感します。

タイでも高齢化が進んでいます。全人口のうち65歳以上が占める割合は2015年には約10%(日本は約26%)。これが2050年には21%を越えると予想されています。少子化も同時に進んでおり、2013年には出生率が1.5となりました。少子高齢化や若者の都市への移動等によって、「家で看取る」ことが普通となっている地域の常識も、今後は変化していくと考えられます。

今回、日本からは古山氏のほか、家族を介護する当事者を支えようと兵庫県西宮市でNPO「つどい場さくらちゃん」を運営する丸尾多重子氏、町医者として同県尼崎市を中心に高齢者宅への訪問診療も行っている長尾クリニックの長尾和宏氏、浄土真宗如来寺の住職で相愛大学の教授も務める釈徹宗氏などが参加。タイ側のメンバーである医師のタンティップ氏、同村のウタサーハ寺の僧であるウィリヤ師のほか、行く先々で村人や病院スタッフなどから温かな歓迎を受けました。

日本が失ったもの?─暮らしに根ざす仏教

村のお寺でいただく食事風景の一コマ。もち米を手づかみでいただきます。右端の男性が古山氏
村のお寺でいただく食事風景の一コマ。もち米を手づかみでいただきます。右端の男性が古山氏

ウボンラット郡の高齢者のお宅をまわるなかで、日本側のプロジェクトメンバーから口々に出てきたのは、「日本がいつの間にか失ってしまった暮らしがここにはある」という点でした。祖父母、両親、子どもの3世代が同居し、両親が働くあいだは祖父母が孫の面倒を見る。子どもが老いた親の世話をする。隣近所や向かいの人が互いに世話を焼く。もちろん、生活するうえで足りないものや、煩わしい人間関係といった不満はあると思いますが、そこには「地域コミュニティ」の暮らしがありました。

また、特に印象深かったのは、仏教が生活に根ざしていることでした。仏教を中心に暮らしが営まれている、といったほうが正確かもしれません。タイ国民はその9割が仏教を信仰しているといわれ、人生で一度は出家することが望ましいとされています。僧は社会のなかで大いに尊敬を集めているのです。

毎朝托鉢にでかける僧たちに村人は料理をお供えします。輪廻転生を信じる在家の信者─つまり一般の村人─はそうしたことによりタンブン(徳)を積み、来世の幸福を祈ります。料理はまず僧がいただき、村人は残ったものを自らの食事としていただくのです。自然に多くの村人がお寺に集まり、車座で食事をとります。バンコクなどの都市部では見られなくなった習慣とのことですが、我々が訪ねたクンダーン村では日常の風景のようです。お寺が集会所の役割も果たしています。

僧は托鉢のためだけに村人のもとを訪ねるわけではありません。ウィリヤ師以下、ウタサーハ寺の僧たちは、村の保健ボランティアと一緒に村人の家庭や病院を訪ねています。日々の生活の悩みを聞くだけでなく、健康相談も兼ねているのです。宗教的な支えになるだけでなく、医療者とも連携して人々に寄り添っていると感じました。

日本側メンバーの釈徹宗氏がウィリヤ師と対話するなかで、日本のお寺は人が亡くなった後、ご遺族の悲しみをケアすることが仕事の中心とおっしゃっていたのが印象的でした。また、宗教者と医療者の連携について、医師の長尾氏とともに大きな関心を寄せていたようです。

タイには「認知症」も「介護」もない?─家族と地域で支え合う

タイと日本の僧(釈徹宗氏)による対話
タイと日本の僧(釈徹宗氏)による対話

高齢の方の多くは生活習慣病、特に高血圧と糖尿病を患っていらっしゃいました。長尾医師によれば、日本の高齢者も同様の傾向で、おそらくは米食や、西洋化による糖分の摂り過ぎが関連しているのでは、とのこと。また、糖尿病は認知症リスクを高めることが指摘されており、タイにも認知症の方が相当いらっしゃるだろう、という見方でした。しかし、タイでは「認知症」は「加齢による自然なこと」と捉えられ、治療の対象とは考えられていないそうです。したがって、同国に認知症の方がどれほどいらっしゃるかは定かではありません。また、「認知症」と同様、「介護」も広く知られておらず、それに付随する治療やサービスも普及していません。

医療面に関して言えば、通常の診察だけでなく、手術や医薬品の費用まで含めて、30バーツ(約100円)(!)で医療が受けられるという制度があります。さまざまな課題が指摘されていますが、タイ版の皆保険制度として多くの国民が低負担で医療が受けられる仕組みになっています。しかし、地方農村部ではクリニックや病院が遠く、訪問診療も一般的ではないため、地方の高齢者が医師の診察を受けるのは月に一回程度、ということでした。

介護サービスがないため、今回訪問したすべてのケースで、ご家族(特に娘さんやお嫁さん)が高齢者のお世話をしていました。なかには、母親の深夜の徘徊などでご苦労されている娘さんもいらっしゃいました。そのような高齢者を受け入れる施設はないのですが、お話をうかがっていると「老いた親の面倒は家族が見ることが当然」という意識が強いことがわかります。しかし、家庭での介護とはいえ、必ずしも介護の悩みを孤独に抱え込んでいるとは限らないようです。

水道管で作った手製歩行器。実際に使い方も見せていただきました。左は長尾氏
水道管で作った手製歩行器。実際に使い方も見せていただきました。左は長尾氏

村人のお宅に行くと、軒先で何人もがお茶を飲んでいたりして、「誰が家族?」という状況に出くわします(ドアも開けっ放しだったりします)。それだけ開放的にご近所付き合いがなされており、結果的に高齢者やその家族が独りになることが少ないようです。血縁者だけに重荷を背負わせない、地域ぐるみでお世話をする、という様子を見て、日本側メンバーから、日本も昔は似たようなものだったのだが、という声が聞かれました。

高齢者自身が望むことを、自分でできるだけやってもらう。どうしてもできない部分は、家族、親族、地域の人々が支える。クンダーン村で実践されていることは、日本が進める「地域包括ケア」そのものではないか……訪問を続けるなかで、日本側メンバーは、地域コミュニティの重要性を再認識したようでした。一方で、このような「古き良き仕組み」は日本には二度と戻らない、いかに新しい形でコミュニティを再び機能させるかが大事だ、という問題意識があらためて明確になっていったようです。

丸尾氏は、「交じり合う」という意味の造語「まじくる」という言葉を使います。「つどい場さくらちゃん」は介護を必要とする本人、その方を介護する介護者、医師や看護師などの医療者、行政の担当者、学生など「介護」というテーマに関心のある人々が、垣根を取り払って「まじくる」集い場となっています。丸尾氏の手料理を食べながら、生活の中での悩みを皆に相談することで、それぞれが学べるだけでなく、何よりも介護を受けるご本人とその介護に携わる方の安らぎにつながっています。

コンケン滞在中、丸尾氏はこう言っていました。「お坊さんもご近所さんもまじくってごはん食べとる。さくらちゃんと似たようなもんやなぁ」。多様な人々が「まじくる」、「つどい場」をつくることが、コミュニティ再生のきっかけになるのかもしれません。

今後に向けて─死を通して生を考える

地域の保健ボランティアと共におばあちゃんと語る丸尾氏
地域の保健ボランティアと共におばあちゃんと語る丸尾氏

このプロジェクトでは、医療や介護、技術や制度を切り分けず、宗教や死生観といった人間の内面的な部分まで含めて現実の暮らしを見つめ、その延長にある「死」というテーマをも正面から扱っています。日本とタイの医療従事者、介護当事者、宗教者、時には市民や行政の担当者も交えた対話を重ね、「心豊かな死」とは何かを互いに考え、それを通して生きることを考えます。

4月上旬には、コンケン県からタンティップ医師とウィリヤ師が来日する予定です。介護当事者が集う丸尾氏の「つどい場さくらちゃん」をはじめ、長尾氏、釈氏など、さまざまな方との交流と対話を行います。その後、再度の日本側の訪タイとタイ側の訪日を経て、秋には公開シンポジウムの開催を予定しています。また、本プロジェクトによる交流と対話の様子は映像作品として取りまとめられ、日本・タイの両国で公開される予定です。ここから生まれた知見が、両国の地域コミュニティにどんな影響を与え、どのように拡がっていくのか、期待しています。

バンコクには高層ビルが立ち並び、一部では日本の地方都市以上の発展ぶりが見られ、オフィス街や地下鉄の駅を行き交う人々の様子も、東京で見るそれとほとんど変わりがありません。しかし、のどかな風景と生活が残るクンダーン村をはじめ、行く先々で笑顔の歓待を受け、タイがなぜ「微笑みの国」と呼ばれるのか、わかった気がします。

旅のアルバム

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公益財団法人トヨタ財団 広報誌JOINT No.21掲載
発行日:2016年4月15日

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