選考委員長 城山 英明
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」の選考について
トヨタ財団では、2018年度から「先端技術と共創する新たな人間社会」という特定課題を設けてきました。AIのような先端技術が出てくるなかで、社会でそのような技術をどのように扱っていったらいいか、そのような技術によってどのような社会的課題を解決するのか、将来的には人間社会のあり方はいかにあるべきか、といった先端技術のユーザーサイドからの視点を踏まえた研究を支援するのが目的です。今年度は4回目の提案募集になりますが、幅広い22件の応募を得て、最終的に5件のプロジェクトを採択しました。
採択されたプロジェクトは、大きく3つのタイプに分けることができると思います。
第1のタイプは、具体的な現場における先端技術の利用可能性と課題を検討するものです。その中でも健康関係のもの、特に広い意味でメンタルヘルスに関わる実践的なプロジェクトが3つ採択されました。D21-ST-0010荒川清晟(株式会社Michele 事業開発マネージャー)「コロナ禍におけるXR技術を活用したテレワーク時のメンタルヘルス対策」、D21-ST-0013櫻井昌佳(一般社団法人 ZIAI 代表理事)「テクノロジーを活用した“誰一人取り残さない新しいメンタルヘルスケア”」、D21-ST-0003野村理(弘前大学大学院医学研究科救急・災害医学講座 助教)「医療従事者のバーンアウトを根源的に予防する感情測定モバイルラボ」の3つです。
1つ目のプロジェクトは、テレワークにおけるメンタルヘルス対策という今日的な重要な課題に対して、テレワーク中のストレスを視線、会話、しぐさなどを通して測定し、テレワークの環境向上に役立てることを目的とした提案です。
2つ目のプロジェクトは、コロナ禍で顕在化したメンタルヘルスケアの対応を改善する仕組みとして、カウンセリングの会話等を人工知能で解析してツール群を開発し、カウンセラー不足を補うとともにカウンセリングの質の向上も図ることを目的とした提案です。この2つのプロジェクトは、メンタルヘルスを対象とする点、企業やNPO等に所属する若手が主たる担い手になっているという点で共通性がありますが、1つ目のプロジェクトが焦点を絞って特定の技術の活用を志向しているのに対して、2つ目のプロジェクトがメンタルヘルス対応における「サービスギャップ」を埋めるというシステムレベルでの課題の解決を志向している点で、対照的でもあります。
3つ目のプロジェクトは、医療従事者のバーンアウトの予防、ウェルネスの確保といった現代医療システムにおける重要な課題に対して、医療従事者の感情データをウェアラブルデバイスで測定し、バーンアウト兆候の早期認識、早期対応を行うことを目的とするプロジェクトです。システム構築だけではなく現場における活用も組み込まれています。また、この手法の適用対象は医療従事者のバーンアウトに限定されるものではなく、一般社会におけるメンタルストレスの管理にも活用が期待されます。
第2のタイプは、先端技術を社会に導入していく際において、社会における市民の関心・懸念に配慮しつつ技術導入を進めていくための手法自体に関する研究です。D21-ST-0015北崎允子(武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科 准教授)「市民共創でデザインする未来のパーソナルデータ利活用のあり方」がこれに該当します。このプロジェクトでは、AI等に代表される新しい技術を社会に導入する際に、市民の抵抗感を低減し、かつプライバシー等にも配慮して進める方策として、最初から完成品を導入するのではなく、市民と共同で徐々に納得感のあるかたちで導入する方策として、リビングラボの手法を現場において、様々な企業等とも連携して展開していくことを目的としています。このプロセスは、アートと科学技術の連携という意味でも興味深い側面を持っています。
第3のタイプは、先端技術が社会に入ってくる際に惹起する、基本的な哲学的課題に体系的に取り組もうとする研究です。D21-ST-0012宮原克典(北海道大学人間知・脳・AI研究教育センター 特任講師)「人間と人工主体の共存のあるべき姿を学際的に問うための新たな枠組み『人工主体学』の構築に向けて」がこれに該当します。このプロジェクトは、AI・ロボットの社会的導入に伴う基本的な哲学的課題である人工主体性、人と人工主体の共存条件について研究しようという野心的なものです。また、文系研究者を中心としつつも、理系研究者、スタートアップ起業家も含めた多様なメンバーによる研究チームを構築している点にも特色があります。
本年度も、昨年度に引き続いて、具体的な現場における先端技術の利用可能性と課題を検討する、第1のタイプのプロジェクトの採択が多かったと思います。ただし、その対象は従来の医療・福祉といった分野とは若干異なり、広義のメンタルヘルスという課題に着目した研究が多かったことが特徴です。これは、コロナ禍における社会課題を反映していると思います。また、今年度は、このような現場型のプロジェクトとともに、技術の社会導入手法に関するプロジェクトや先端技術が惹起する基本的な哲学的課題に分野横断的なチームで取り組む研究が採択されたことも特徴です。全体としては採択プロジェクトのバランスは良かったのではないかと思います。
ただし、先端技術と社会の課題はより幅広いものであり、今後は、より多様なプロジェクトが提案され、採択されることが期待されます。そのような多様な提案の応募を促すためには、募集するプロジェクトの規模や性格を多様化することも、今後の1つの方向性かもしれません。